中2 1月

【決心】

 3学期の始業式の朝。部屋を出る前に鏡で自分の笑顔をチェックした。

 学校に着いて、広樹と綾子を心配させん気持ちで、軽く深呼吸をして教室に入った。教室のドアを開けると、机の上に座ってツレと話しとった広樹と目が合った。

 来るのを待っとった感じで、広樹はドアの方を向いてツレと話しとった。話をしとった広樹が動き始めても、誰も呼び止めんで、アタシに近付いて来るのを見とるだけだった。

「おはよう。帰りに家に寄ってかんか?」

 家に帰っても特別な用事はなかったから、帰りに広樹の家に行く約束をしただけでチャイムが鳴った。

 帰る支度をしとると、アタシの前席に座って広樹が待っとる。今までそんな事をしんのに、緊張するじゃん。

 庭付きの1軒家で1人暮らしをしとる広樹は、いつもツレが来て溜まり場になっとる。なんで広樹が1人暮らしかは聞いとらん。

 広樹の部屋は、階段を上がって3つの部屋があるんだけど、そのうちの2つの部屋を使っとった。大きなテーブルとコタツとテレビとベッドと冷蔵庫くらいしかねぇから余計に広く感じた。

 広樹の部屋には数回来たが、いつも決まって壁にもたれて座った。普段、広樹が何処に座っとるか知らんけど、隣に座ってアタシの顔を見て心配そうな顔をしとった。

 なんでそんな顔をしてアタシを見るの? 

「高梨……ちょっとは落ち着いたか?」

 低い声を聞いて、顔を上げて広樹の顔を見た。心配を掛たない思いで、ちょこっと義故知ない笑いで明るく見せた。

「うん、もう大丈夫」

 義故知ない言い方をしたのか、疑う目付きでアタシの顔をじっと見た。

「何で……最後に……会ってやらなかった?」

 あれ以来、初めてアキラくんの話をした広樹は、言い辛そうな顔をして、声も言葉も顔と比例しとった。

 そんな態度を初めて見て、ちょこっとビックリした。いつも冷静で感情を出さん広樹が、アキラくんのことがあってから、いろんな表情を出しとった。

「会ったら……アキラくんが死んだことを認めることになるじゃん」

 自分の気持ちを素直に言ったが、すぐに後悔をした。辛そうな顔をして、まるで自分が当事者みたいな広樹を見とることが出来んくって、視線を逸らして天井に目を向けた。

「……」

 無言のまま、アタシの顔をじっと見とる。その視線が気になった。

「アタシが会ったら……アキラくんは……帰って来てくれたの?」

 八つ当たりしとることに気付いた。ただ、広樹は一般的なことを聞いとるだけだ。

「ごめん……」

 辛そうな顔をして、広樹は頭を下げて謝った。

 アタシって最低なヤツだよ。

「八つ当たりしてごめん」

 目の前に居る広樹に、思いっきり抱き付いて甘えたかった。そんなことは現実には出来ん。ヒドいことを言って傷付けとるだけだ。大好きな広樹を苦しめとるだけだった。

「……」

 戸惑った表情をして、広樹は黙ってアタシを見とった。

「アキラくんとは別れた。アタシがフラれたの」

 天井を見て大きな声で言った。それは広樹に言わず、自分自身に言い聞かせとった。ちょこっとでも気ぃ抜いたら、涙腺が緩んで涙が溢れ出てきそうだった。

 そんな自分がめちゃんこ虚しく思えた。けど、強がらんと、広樹が心配するのが分かった。

「飛鳥、お前……」

 天井を見とったアタシに、広樹は初めてアタシのことを名前で呼んだ。普段広樹は『高梨』と呼んどったのに、確かに『飛鳥』と呼んだ。

 その瞬間、心臓が激しく動きだした。涙が出ちゃうと思ったのに、あまりの衝撃にビックリして涙も引っ込んだ。

 隣に座っとる広樹に、心臓の音が聞こえちゃうんじゃねぇかと思って心配した。他の人に名前で呼ばれても、何も感じんかったのに、広樹に呼ばれた時、体が硬直したみたいに動けんかった。

 彼氏だったアキラくんは、いつも『飛鳥ちゃん』と呼んどったが、今みたいに激しく心臓が動いとらん。

 何で高梨から飛鳥に変わったのか分からんけど、アタシの中ではそれが大事件なんだよ。

 アキラくんのことを忘れられんのに……アイツを好きになる気持ちは暴走しとった。

「……」

 これ以上、強がった言葉を探せんで黙っとった。会話が途切れて静かな時間が過ぎ、気まずい雰囲気……

 一緒に居ったら、広樹の前で泣いて余計に心配させちゃうことになると思い。

「今日は帰る」

 そう思って出た言葉が、それしか思い浮かばんかった。色々な単語があるのに……それかよ。自分自身がめちゃんこバカだと思った。

 現実から目を背け、アキラくんのことと広樹のことから逃げとる自分自身が嫌になる。

「あぁ」

 短い返事をして、立ち上がって出掛ける準備を始めた。1人で帰れるのに、わざわざ家まで送ってくれた。

 けど、帰り道は喋らんかった。

 家に帰ってアキラくんのことを忘れとらんのに……広樹のことを考えとった。

 アキラくんと付き合ったことを後悔したくなかった。広樹のことが好きでも、アキラくんとの思い出を大切に保管したかった。

 逃げてばかりのアタシにとっては、それがアキラくんに対して出来ることだと思った。他の人はどう思うか分からんけど、今はそれしか思い付かんかった。バカな考えかもしれんけど、広樹が好きで仕方ねぇ。

 アキラくんのことが吹っ切れてから、広樹のことを好きになれと思う人が多いと思う。そんな偽善者は、アタシにはムリなことだ。偽善者になって自分自身に偽って生きとっても精神的に疲れるだけだし、他人に褒めてもらうことを望んどる訳でもねぇ。

 他の人がどう思ってようが、いざとなったら知らん顔するだけじゃん。

 アキラくんの写真や写メを持っとらん。手紙をもらっとらん。けど、メールはしとったが、事故を聞いた時に冷静さを失くして削除しちゃったみたいだ。ただ、一緒に居た時のアキラくんとの思い出を消去したくなかった。

 何度もアキラくんに、付き合うことを断った。そん時、茶色のクリクリの瞳でアタシを見て笑いながら。

「俺のこと嫌い? 一目惚れしん限り最初から、人を好きになることねぇから……飛鳥ちゃんに好きな人が居るのも知っとるけど、その人を諦める可能性がある。俺のことを好きになってくれるのを待っとるから、気にしんでえぇよ。俺は飛鳥ちゃんと会った瞬間から……飛鳥ちゃんに一目惚れだった。俺と会ってくれんと望み叶わんから……」

 断るとその言葉を決まって言っとったで自然と暗記しちゃった。照れ隠しで笑って言っとったが、アキラくんの茶色の瞳は真剣だった。

 会った時は笑かすネタを探して、アタシの笑った顔を写メで撮って笑っとった。そんなアキラくんとの思い出を無理矢理に削除することは出来ん。

 アキラくんとの思い出をずっと忘れることは出来ん。ううん、絶対に忘れたらアカンと思う。

 アタシやアキラくんのツレが忘れたら、ホントにこの世から体だけでなく、アキラくんの存在まで消すことはアタシには出来ん。

 広樹みたいに好きではねぇが、今考えてみればアタシにとって、アキラくんは大事な人だったことに気付いた。それは男としてではなく、人として大事な人だったと思う。

 失ってから気付くのは遅いと思うけど、それは失ってから初めて気付くことが多いんだろう。だから、後悔と言う言葉があるんだと思う。そのときに気づいとったら、そんな単語はねぇと思う。

 これからアタシと関わる人に対してだけは後悔したくから、悪女と呼ばれても守っていこう。ツレにはアタシと同じ思いはさせたねぇ。

 アタシを嫌って離れて行く人は仕方ねぇけど、近くに居る綾子や広樹には絶対に後悔と言う言葉を使って欲しくなかった。

 そんな大それたことは出来んけど、ちょこっとでも減らせるなら、それをやって守ったり言ったりしていこうと思う。

 それは心のアルバムに保管して、広樹のことを好きになる気持ちに素直になることにする。告白はしんけど、広樹の傍にずっと居りたい。



【決心】end

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