【生活の変化】

 今までは学校が終わると、週2、3日のペースでアキラくんに会ってたけど、それ以外は家に帰ってテレビを見たり、音楽を聞いたり、小説を読んで部屋からほとんど出んかった。

 平日でも綾子から電話があれば、家か綾子の家に行ったくらいだ。

 学校が休みの日は、アキラくんと会わんから、綾子と出掛けたり、綾子とマコと涼子で出掛けたりした。

 今でも綾子と出掛けたりしとるけど、広樹と一緒に居ることが増えた。

 毎日の生活が変わって、広樹の部屋に居ることが多くなった。学校が終わると、広樹の部屋に寄って帰っとる。

 どうしてかは、自分でも分からんけど、自分の気持ちに素直に従っとる。

 3学期になってから「時間あんなら、家寄ってけよ」と、広樹が毎日声を掛けてくれた。その言葉に甘えて、広樹の近くにちょこっとでも長く居りたかった。

 アキラ君が居らんくなってから、辛いこともあったけど、こうして広樹と一緒に居れる時間が増えて幸せ。

 土、日は綾子も塾に行っとるストレスで、アタシと出掛けるのを楽しみにしとる。

 みんなが遊びに来ると、数時間後に広樹の部屋は、タバコの煙でモンモンになった。前から興味本意でタバコを吸っとるから、煙で充満するのは慣れた。

 トイレに行って帰ってくると、部屋の中が真っ白になっとるときは、窓を開けて換気しとる。今がその状態だ。真冬でも窓を開けねぇと、流石に目が痛いんだよ。

 普段から、ちょこっとだけ窓を開けて換気しとるのに、間に合ってねぇ。みんな、どんだけのタバコを吸っとるんだ。

 不良の溜り場状態だった。影狼やアッちゃんのチームに顔を出すと、倉庫では同じ状況になっとる。けど、総長が居る部屋は、人数も少ねぇから良かった。

 広樹が毎日ビールを飲んどるから、酒を飲んで気を紛らわそうと思ったけど、酔って気分が良くなる事はなかった。逆にイヤな気持ちが残った。

 何がイヤなのか、自分でもわからんけど、たぶん自分が逃げとる罪悪感が、1番の原因だと思う。

 もう1つイヤなのが、ビールを飲んだ後は、必ず頭が痛くなった。学習能力がねぇのか、毎回同じ事を繰り返してた。

 そんとき、広樹が隣の部屋に連れて行って、冷たいタオルで頭を冷やしてくれて、薬をもらって飲んだ。よぉ〜なるまで、広樹は隣に座ってくれた。

 以前からビールが体に合わねぇのは知ってたから、焼酎を飲んどった。

 いつも広樹のツレが出入りしとって、溜まり場状態の部屋には、柄の悪そうな人たちが来ることも度々あった。

 そんな中、女子はアタシだけだった。普段なら、綾子も一緒に来て遊ぶんだけど、最近は塾に行っとるから来れんのよ。

 広樹の隣に居っても、誰も文句を言ったりはしねぇ。広樹のツレに話し掛けられる事もあったし、お菓子を貰った事もあった。

 アタシも含めて、散々、部屋を散らかして帰ってたのに、広樹の部屋に遊びに来た時には、いつも片付いた部屋になってた。

 どんな時でも、広樹はアタシの傍に居って気ぃ遣ってくれとる。

 人数が増え、1人になりたいアタシのわがままを聞いてくれて、隣の部屋に居ることもよぉ〜あったし、みんなに帰るように言ってくれたこともあった。

 広樹の言葉で、みんなが腰を上げて帰って行くと、騒がしかった部屋は急に静かになった。

 広樹と2人で居ることも多い。2人で居っても緊張して話すことが出来んで、無言でテレビを一緒に見とることが多かった。

 そんな些細なことが幸せだ。どんな気持ちで、アタシに接しとるのか分からん。広樹の気持ちまで分かる余裕など全然なかった。


 3学期から、しばらく経ったある日。

 珍しく広樹の部屋に、謙二(けんじ)が遊びに来た。

 アキラくんのことがあってから、避ける感じで話し掛けてこんかった。

 謙二の気に障ることでもしたんか気になっとったが、自分から話し掛ける事をしんかった。

 それなのに、以前と変わらん態度で、謙二はアタシの顔を見て明るい笑顔をしとったから、笑顔で謙二の顔を見た。

 別に、何もなかったんだと思い、それを見てホッとした。

 今思えば、あの態度は謙二なりに気ぃ遣って話し掛けんかったんだと思った。たぶん、アキラくんのことを広樹から聞いとったと思う。

 謙二は襟足が物凄く長く、いつも前髪をピンでとめとった。 背も高く、目はパチクリしとった。普通の男子とは、ちょこっと変わった格好と髪型をしとった。そんな謙二はKYの為か、彼女がなかなか出来んのよ。

 広樹のツレで、広樹たちのグループに入って一緒に居ることが多かった。

 1年の時に、親の都合で南中からの転校生だった。最初に話し掛けたのが広樹だったから、それからずっと一緒に居る。

 話し掛けてきたりして、仲良くなったツレだった。

 人見知りを知らん謙二は、めちゃんこKYに思われとる。実際にクラスの女子から、話し掛けることもなかったし、用事があっても他の男子に言って、謙二に言っといてもらうことが多かった。それなのに、アタシと綾子は不思議と話すんだよ。

 学校のことを話しとって、笑って他の会話とかもしとると、突然真面目な顔をして謙二は広樹を見てから、アタシに視線を向けた。

「飛鳥、明日学校終わったら、用事あるんか?」

「別に」

「紹介したいヤツがおるんだが、お前のことを気に入っとるみたいだで、1度会ってくれんか?」

 それって、気ぃ遣っとるつもり? それともツレが言えば、そうなっちゃうの? 

「……」

 あんまりにもKYな発言に目を見開いて、返す言葉すら忘れて謙二に視線を向けた。

 それなのに謙二ときたら、満面な笑みでアタシを見とった。

「謙二、飛鳥が今どんな気持ちか分かっとって何言ってんだ!」

  黙って聞いとった広樹も、流石に謙二のKYに苛立って、普段よりちょこっと低い声を出した。

 普段、怒らん広樹が怒っとるよ。ヤバいよ! どうしたら、ええのよ?

「広樹、えぇよ。謙二、紹介して」

 今にも噛み付きそうな顔をしとる広樹の服を掴んで、謙二に苦笑いした。

 その場の雰囲気を良くしようと思って言っちゃった。

  本当は誰とも付き合う気ねぇのに……

「飛鳥、ホントにえぇのか?」

 いつもの低い声の広樹だったけど、言い方はめちゃんこキツかった。

 自分の後ろめたさに、目を合わすことが嫌だった。

 広樹の顔を見ると、思考回路が可笑しくなっんじゃねぇかと、疑う目で見とった。

 今更、勢いで言っちゃったなんて言えんよ。

 アキラくんのことがあってから、広樹がホントに心配しとるのは分かっとる。

 でも、さっきの状況だったら、言うしかねぇじゃん。

 広樹と謙二がケンカする方が嫌だよ。

 目の前で怒った顔をしとる広樹。それに気付かん謙二は、機嫌良さそうにニコニコした顔で見とった。

 謙二、もうちょこっとKYを直そっか。あの広樹の顔を見て、モノを言おうよ。

「明日、ここに連れて来る」

 KYの謙二は、広樹が怒っとることも気付かんで、ウキウキな態度で言った。言葉と態度を見て、謙二がKYを直すことが一生ねぇと思って諦めた。

「分かった」

 気持ちと言葉が反比例しとった。声も自然に小さくなっとった。

 隣で心配した広樹の顔を見て、俯くことしか出来んかった。

「うん、アキラくんのこと……早よ忘れたいし」

 素直な気持ちで言ったアタシは、広樹に対して後ろめたい気持ちがあった。

 ホントは、広樹と一緒に居る時間が長いと、無理やり頭からアキラくんのことを全部削除しようとしとる自分がめちゃんこ嫌だった。

 ちゃう、アキラくんのことを削除するではねぇ。自分が後悔しとることを反省しとらんで逃げとるだけだ。

 広樹がアタシを軽蔑して、当然だと思っとる。

 自分自身で洗脳して正当化しとった。納得出来んのに、納得した感じで居ってバカみたい。

「分かった。タバコ吸ったら送る」

 納得しとらん表情の広樹は、タバコの吸い方もいつもと違った。それに気付かんフリして、その場しのぎで誤魔化しとった。そんなアタシのズルさに、自分でも腹が立っとった。

「うん」

 言いたいことを言うと、謙二は帰った。

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