【衝撃】

 その後、どんな行動をしたか分からんし、記憶にも残っとらん。一時的に記憶喪失や夢遊病にでも、なったんかと思うくらいだった。

 1つだけ覚えとるのは、広樹とアキラくんの関係のことが頭の中でグルグルと駆け巡っとった。そんな難しいことを考えるだけの頭が回らん。

 だから、広樹とアキラくんが記憶に残っとるだけだった。

 もう1つ、何か分からんけど、頭の片隅で何か嫌なことが動き出しとる。

 結局、何も分からん状態で数時間が経ち……気付いたのは電話が鳴った時だった。

 着信音に体をビクッとさせ、机の上に置いとった携帯を見ると、画面には【広樹】の名前だった。

 めちゃんこ嫌な予感が頭を過って、恐るおそる震える指で通話を押した。

「はい……」

 次に言われる言葉に恐怖を感じ、体と声がめちゃんこ震えて出た。気付かれんように、震えを止めようとしたが、余計に震えて電話口でカタカタと音を出した。すでにコントロール不可能で、広樹に気付かれとると思う。

 目の前に広樹が居ってくれたら、思いきり抱き締めてほしかった。たまにしか見せん、あの優しい顔をして不安な気持ちがなくなるまで、抱き締めてほしかったけど、現実には絶対にねぇ望みだ。

『アキラが……死んだ』

 流石に深く沈んだ広樹の声は、言いづらそうな感じで伝えた。

「広樹……冗談でしょ? 冗談だと言って」

「……」

 ちゃうアキラだと信じたかったけど、広樹の言い方を聞いとると、アキラくんだと確信して言っとるのが分かった。

 1番聞きたくねぇ言葉が、頭の中で何度も木霊(こだま)のように繰り返されて、立っとるのがやっとだ。

 椅子に腰掛けて落ち着きたかった。

「……」

 頭の中が真っ白になり、意識朦朧(いしきもうろう)になった。あまりの衝撃に涙すら出ん。

 ホントだと分かったが、次の言葉で『冗談だ』と笑って言って欲しかった。

『高梨、病院に来るか?』

 パニクっとるアタシを察したのか、広樹はいつもの冷静な声に戻っとる。

 期待を裏切って、ちゃうことを言った。それは全然望んどる言葉ではねぇ。

 頭の片隅では、子どもの頃のアタシと綾子とマサ兄とカズ兄とひろ兄が、笑って遊んどるのが浮かんどった。その思い出をずっと封印しとったのに、何で今の状況で出てくるんだよ。

 暴走族なんて大嫌いだ!

 広樹とは絶対に付き合わん!

 けど、ずっと近く居りたい。

 アタシの隣でずっと一緒に居ってほしい。

「……」

『高梨、聞いとるんか?』

 そんなことを考えとったとき、広樹の声が聞こえて、頭の中に浮かんどった昔の思い出は消えた。

 この世からアキラくんが居らんくなったことを確認したくなかったし、認めたくもねぇ。

 怒鳴りもしんで、広樹は優しく問い掛けてくれた。

「行かん」

 その一言が出た言葉だった。いつも広樹と綾子と数人の人たち以外に話す素っ気なく、感情を殺した冷たい言い方をして、気付かれんようにした。

 人の死に恐怖を感じた。身近な人の死が、こんなにおそがいことだと初めて知った。それがよりによって自分の彼氏とは。

 数日前まで元気に笑っとる姿を見て、何でそんなに呆気なく居らんくなっちゃうの。それに紅櫻に入ってて、強かったんでしょ。

 頭の中では、いつも楽しそうに笑っとるアキラくんの笑顔が浮かんだ。アキラくんとの会話が、映画などを巻き戻した感じで流れとる。

 その後の会話は記憶に残っとらんかった。

 気付いた時には、携帯を持った状態で部屋の真ん中で呆然と立ってた。

 式にも行かんと決めた。

 もう涙が出んまで、泣いて泣いて泣きまくった。

 泣いても喚いてもアタシの前には2度と、あの笑顔で現れることはねぇ。

 あの時、頭の片隅で何かが動き出しとるけど、何かが分からん。

 広樹とは絶対に付き合わん。もっと辛い思いする。そんなの……耐えられん。ずっと広樹の傍に居りたい。傍に居ってくれるだけで十分幸せだ。

 アカンことは分かっとったが、現実逃避をして苦しいことから逃げとった。

 実際、広樹が誰を好きだとか、付き合ってくれる可能性があるとは思っとらんのに、広樹と付き合うことを拒否して恐怖感を感じるんだよ。

 アタシの体なのに、気持ちと頭は別の生き物になっとるんだよ。

 いつも笑わせて、幸せな気分だけを残して……アタシの前から消えた。

 ペアリングなのにアタシだけが嵌めとっても意味ねぇじゃん。そんなのペアリングじゃねぇ。

 いつ、動物園に連れて行ってくれるの? 

 まだまだ、やることいっぱいあんのに、勝手に消えんでよ。

 もう1度『飛鳥ちゃん』と呼んでよ。

 頭の中では、広樹と付き合うことは絶対に嫌だと思うことと、アキラくんが消えたことで整理が出来んかった。

 一方通行の失恋って、こんなに納得できん別れなの? 

 もう絶対に好きな人と付き合わんし、ちゃう人と付き合っても深入りする恋愛はしん。

 浮気されて裏切られた方が、数倍ましだと思った。その時は相手に文句を言って、ケンカ別れの方がましだった。

 たった1ヶ月半くらいの付き合いだったし、それに好きとかの気持ちもなかったのに、どうしてそんなに落ち込むの? 

 人の死は確かに悲しい気持ちになるけど、それとはちゃう気持ちがある。それが何かまでは理解しとらん。

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