【クリスマス記念】

 買い物に誘われて店に入ると、クリスマスが近い百貨店の中は、あっちこっちにクリスマスツリーやサンタの置物が置いてあった。雑貨屋さんの前を通ると、期間限定のクリスマス商品が並べてあって、赤や緑の物がぎょうさん並んどったし、可愛いクマのぬいぐるみまで、サンタの格好をしとった。

 何を買いに来たのか分からんけど、アキラくんと手を繋いで通り過ぎて行く店をフラフラ横を向きながら見て歩いとると、急にアキラくんが止まった。

 店を見るとジュエリーショップだった。

 誰かに、プレゼントするんかな? そんな相手が居るなら、アタシと付き合う為に4ヵ月も口説く必要ねぇじゃん。

 ショーケースの中には、キラキラした綺麗なリングや、可愛いネックレスなどが並んどった。そこに入っとる商品を夢中になって見とった。

 顔を上げると、アキラくんが細身で小柄な女性と話をしとった。

 何を話しとるかは聞いとらん。

「飛鳥ちゃん、気に入った物があった?」

 呼ばれてショーケースから、目を離してアキラくんの顔を見ると、笑顔でアタシを見とった。

 さっきまで話しとった小柄の女性の姿はなかった。

 あれ、小柄な女性は? 

 そう思ったら、前から営業スマイルをして、小さな箱を持って歩いてきた。

「お待たせしました。こちらでございますね?」

 小柄な女性が、小さめの箱を開けてアキラくんに見せると、ちょこっと照れ臭そうに顔を赤くして、コクンと頷いた。

 そんな照れ臭そうにする相手が居るのに、その人と一緒に来れば良かったじゃん。

「こちらのお嬢様ですか?」

 営業スマイルをした小柄な女性は、納得した感じで2、3度頷いた。

 何でアタシなの? ちゃうよ。勝手に納得した顔をしんで欲しい。アタシは、買い物に付き合っただけ。

 2人の会話が理解出来んから、首を傾げて2人を見た。

「飛鳥ちゃん、左手出して」

 アキラくんに言われて、素直に左手をショーケースの上に出した。

「ご綺麗な手をしてますね」

 持ってきた小さめの箱から、指輪を出して小柄な女性が嵌めてくれた。

 何でアタシの指なの?  アタシとアキラくんは、まだ付き合って1ヵ月くらいだよ。何の為にアキラくんが、アタシに指輪をくれるの? 

 理解できんで、嵌めてくれた指輪を呆然と眺めとった。しかも、指輪のサイズがピッタリなんだけど。

「飛鳥ちゃん、気に入らんかった?」

 小さな声で聞いたアキラくんは、アタシの肩に手を置いて、心配そうな顔をしとった。今の状況を整理しとったけど、理解出来ん。

 けど、アキラくんと店員さんが、アタシを見とったから、取り敢えずアキラくんの立場を考えた。

「ごめんなさい。ただ、ビックリして呆然としちゃった」

 慌てた言い方をして、不安になっとるアキラくんに笑った。ホッとした顔に戻ったアキラくんは、嬉しそうに笑って小柄な女性を見た。

「これ、お願いします」

「ありがとうございます。ご用意致しますので、少しお待ち下さい」

 軽く頭を下げた小柄な女性は、アキラくんとアタシに笑って、小さめの箱を持ってレジに向かった。

 アキラくんから指輪をもらっても…希望に応えることが出来んのに……もらってえぇのかな? いつでも別れてえぇと思っとるのに、物でどうこうなると思っとるのかな? 

 やっぱり広樹が好き。悪戯して笑ってくれたり、落ち込んどる時に優しい顔をしてくれる広樹が好きなんだよ。

 黒い小さな紙袋を持ってきた小柄な女性は、ショーケースの上に置いた。

「お待たせしました」

 ポッケから財布を取り出したアキラくんは、小柄な女性に1万円札を4枚差し出した。

「4万円お預かりします」

 頭を下げた小柄な女性は、ユーターンしてレジに戻って行った。

 えっ? 

 さっきの指輪……確か2万円しんかったのに、4万円って何でなの? 

 お釣りを持って戻ってきた小柄な女性は、レシートと一緒に渡した。

「4百円のお返しです。ありがとうございました」

 頭を下げた小柄な女性は、笑顔でアタシ達の顔を見た。

 黒い小さな紙袋を持ったアキラくんは、アタシの手を握って歩き始めた。百貨店を出て駅の近くの公園に行った。

 ベンチに座ると、アキラくんは隣に座って、さっきの黒い紙袋を渡された。中には、小さな箱が2つ入ってた。可愛い包装紙に包まれて、赤いリボンと青いリボンで結ばれとった。

「2つ入っとるよ」

 不思議そうな顔をして聞くと、アキラくんは照れ臭そうに笑った。

「あっ、それは俺のだよ。付き合って初めてのクリスマスだから、記念のペアリング」

 顔を赤くして言ったアキラくんは、紙袋から青いリボンの箱を出して指輪を出すと、自分の左の薬指に嵌めた。

 そんなこと言われても困るんだけど……

「飛鳥ちゃん、そんな深く考えねぇで良いよ。飛鳥ちゃんに、好きな人が居るのも知ってる。けど、その人より俺を好きになる可能性もある。それまでこの指輪は、ただの記念品で良いよ。でも、俺と居るときは嵌めて欲しいな。俺の彼氏と言う立場があるからね」

 アキラくんは、アタシの顔を見て笑って言った。 アキラくんが、そう言ってくれるから、素直に指輪を受け取ることにした。箱から指輪を出して、アキラくんと同じ指に嵌めた。

 さっきは指輪を受け取る気ねぇから、ちゃんと見とらんかったけど、本物のプラチナと金のコンビの指輪だった。

 見た目は玩具みたいだけど、中学生のアタシには高価な物だ。高校生のアキラくんが買うのも、高価な物だと思うけど、アタシに気ぃ遣って記念品だと言ったと思う。記念品でそんだけ、奮発するとは思えねぇ。

 アキラくんとの記念のペアリングだ。

 肩書きだけの彼氏だったけど、初めての彼氏からプレゼントを貰うと結構嬉しいんだ。学校では男子から、手紙やプレゼントを貰ったけど、別に名前も知らねぇし、深く関わってねぇから嬉しくなかった。それが広樹だったら、めちゃんこ嬉しいと思う。

 まぁ、クラスメイトでも名前を知らねぇ人、関わる事がねぇ人、話した事がねぇ人がぎょうさん居る中では、アキラくんは名前も話した事も肩書きもあったから、嬉しかったと思った。

 貰った指輪を眺めとったら、いつの間にか時間が経ってた。

「飛鳥ちゃん、遅くなっちゃったね。送って行くよ」

 ベンチから立ち上がって、アキラくんは嬉しそうに指輪を見て笑って、アタシの手を握り歩き出した。

 いつもアタシと歩いとる時に話をしてくれた。アキラくんの話に返事をして聞いとるだけだったけど、1人で嬉しそうに笑って話しとった。

 駅から家の近くまで送ってくれた。家の近くに来ると、立ち止まってアタシを見た。

「飛鳥ちゃん、今度は正月明けに動物園に行こう。年末はイベントで走りに行くから、なかなか会えねぇけど、メールは毎日する。飛鳥ちゃんも友達とカラオケに行ったりするんだよね」

 笑ってアキラくんは、アタシの頭を軽く撫でて帰って行った。

 帰ってから綾子に電話した。今年は、もうアキラくんとは会わんことを報告した。

 カラオケに行く前日から、綾子の家族と一緒に夕飯を食べた。そのまま、綾子の家に泊まる事になった。

 大人はリビングで話をしとったから、アタシと綾子は部屋で話しとった。

「アキラくんとは会わんの?」

「うん、年末は忙しいみたい。でも、年明けに動物園に行く約束した」

「飛鳥、昔から動物園が好きだったよね。ちゃうね、トラが好きなんだね」

「うん、好きだけど……動物園は広樹と行きたいんだよ。でも、ムリだと分かっとる」

「あっ! その左手の薬指」

 左手の薬指を指さした綾子は、指輪をじっと見とった。

「あぁ、アキラくんに貰った。初のクリスマスだから、記念にプレゼントだって」

 指輪を外して綾子に見せた。指輪を受け取って、色んな角度から見とった。

「アキラくん、ホントに飛鳥の事が好きなんだね。高校生だから高価なものは買えんけど、イニシャルまで入っとるじゃん」

 綾子はニコニコ笑って、アタシを見て言った。

 イニシャル? 

 返してくれた指輪をじっくり見ると、確かに【A TO A】と彫ってあった。あの時、イニシャルを彫る時間なんてなかったはずだったけど……それにしてもいつの間に……

「今まで気付かんかった」

 あんだけアキラくんと一緒に居るときに見とったのに、指輪を嵌めてたから気付かんかった。

「アキラくんに興味ねぇから仕方ねぇけど」

 呆れた顔をして、綾子がアタシの顔を見て言った。

「だって、断る理由があ〜へんかったから付き合ったけど、興味ねぇから気付かんよ。言ってくれんから分からんよ」

 呆れた顔のまま、綾子はアタシを見て笑った。呆れたを通り越して、もう笑うことしか出来ん感じだ。

 それにしても、いつイニシャルを頼んだんだ? 

「相変わらず鈍感だよね。これじゃあ、いつまで経っても広樹の気持ちが分からんよね」

 ニコニコ笑っとったけど、広樹の気持ちってなに? 全然、分からんよ。ただ、嫌われとらんことは分かっとる。

「分からんでも、えぇの。広樹とは、今の関係で満足しとる」

 呆れた顔をして、綾子は軽く溜め息を吐いた。いつも広樹の会話になると、その顔をしてアタシを見とった。

 アタシが鈍感なのか? 他の人の気持ちが分かっても、広樹の気持ちは全然分からんよ。

「あの女、飛鳥とアキラくんを会わせといて、携帯番号まで教えといて知らん顔かよ」

「ほだよ。会うだけでえぇと言ったから、仕方ねぇと思って会ってやったのに、携帯番号まで教えといて知らん顔だもんね。4ヶ月もしつこく口説かれて、挙げ句の果て断る理由ねぇから、付き合うことになったんだよ」

 アキラくんと会わせた友達のことを綾子も怒っとったけど、そのことがあってからアタシ達に友達は話し掛けてくることもなかった。その無責任な行動が、余計に腹が立っとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る