【アキラくん】

 夏休みに友達に頼まれて会ったのが、アキラくんとの出会いだった。

 会うだけだったのに、友達が携帯番号を教えたから、道中色々あったが付き合うことになった。それも、ずっと断っとったんだけど……

『会ってくれんかったら、俺の望みが叶わん。取り敢えず付き合って俺のことを知ってから、断ってくれんと納得出来ん。好きな人が居るのも知っとるけど、付き合っとらんから俺にもチャンスが欲しい。付き合ってくれんと土俵にも上がれん』

 何度も言われて、仕方なく付き合うことになった。そこまで言われたら、断る理由がねぇじゃん。取り敢えず、11月中頃から付き合うことになった。

 別に悪い人ではなかったが、広樹のことを好きな気持ちは変わらん。それに、アキラくんの事を全然知らんから、あまり気がのらんかった。

 ううん、付き合う気ねぇから、いつ別れてもえぇと思っとる。だから、アタシが気ぃ遣ったり、ムリする事もねぇから、気楽に付き合っとる。

 その彼氏のアキラくん。取り敢えず、アタシにとっては初彼氏。もうちょこっと詳しく言うと、肩書きが欲しくて付き合った彼氏。アキラくんが。

 この辺りでは、有名な紅櫻(べにざくら)という暴走族に入ってて、年はアタシの2つ上。鋭い茶色の瞳をクリクリとさせ、短髪の栗毛色の髪。女の子から逆ナンされる事が多く、もったいないくらいモテモテの彼だった。

 どこを気に入ってくれたんか、猛烈なアタックをされてから、毎日メールで今日の出来事などを忠実(まめ)に連絡して大事にされとると思う。

 メールの返事をしん時でも『俺が好きで勝手にやっとることだから、気にしんでえぇ』と言ってくれた。

 広樹に対する感情とはちゃうけど、好きなのかな? 

 人としては好きなんだけれど、恋愛ではちゃうと思うんだよ。アキラくんと毎日会いたいとか、電話したいとか全然思わん。

 週に2、3日のペースでアキラくんと会っとる。アキラくんが会いたい時に会っとる。自分から会ってと一言も言っとらん。はっきり言うと、会わな会わんでえぇと思う。

 学校帰りに会っとったから、お互いに制服姿だった。それに土日は会った事がねぇから、私服の好みも知らん。最初に会ったときは私服だったが、興味がねぇから、それも覚えてねぇ。

 知り合いが多いアキラくんは、ちょこっと怖そうな人たちから、話し掛けられとる。一緒に居るときは、あんま話をしんかった。

 駅前にアタシも知り合いは居ったが、アキラくんと一緒に居る時は話し掛けてこんかった。それはアキラくんじゃなくても、周りに人が居ると話し掛けられる事はねぇ。

 携帯もよぉ〜鳴っとった。取り敢えず、携帯には出るんだけど……

「急用か? ……今、デート中だ。あとで掛け直す」

 毎回そう言って、電話を切ってた。

 携帯の待ち受けを見てから、アタシの顔を見て笑っとる。全然興味がねぇから、待ち受けが何かも知らん。

 8時過ぎになると、アキラくんが家の近くまで送ってくれた。もちろん、家を教える事もねぇから知らん。頼んだ友達も家を知らねぇから、教える事もねぇと思う。

 お互いのことを何も知らん。アキラくんの誕生日も血液型も家すらも知らんかったし、アタシも教えることをしんかった。

 ただ知っとるのは、名前と携帯番号と地元の高校だけだ。

 アキラくんのツレも知らんし、どんな態度をしとるのかも知らん。アタシの前で見せるアキラくんは、16歳の純粋な少年だった。それが偽りじゃねぇなら、外見とは全然違って、暴走族に入っとるとは思えんかった。

 午前中で学校が終わって、待ち合わせのコンビニに行くと、すでにアキラくんは待ってた。

 いつもアキラくんが待っとるけど、学校から近いから、今日は待たせる事がねぇと思ったのに……どうして? 

「ごめんね。また待たせちゃった。それにしても早過ぎじゃあ〜へん? ちゃんと学校に行った?」

 ちょこっと疑う目付きで見たが、アキラくんの笑顔に誤魔化された。共通のツレが居る訳でもねぇし、そこまでアキラくんの事を知りたい訳でもねぇから、それ以上言うつもりもねぇ。

「ちゃんと行った。それよりも、何処でご飯食べる?」

「最近、オムライスの店が出来たから、そこに行かん?」

「じゃあ、そこに決定。飛鳥ちゃんの案内で行こう」

 アキラくんは笑顔で言って、アタシの手を握った。いつも歩く時は手を繋ぐんだよ。たぶん、過去の彼女にしてたと思う。

 駅から歩いて10分くらいで店に着いた。ドアを開けると、数人の人が入り口のソファーに座って、順番待ちをしてた。終業式だったから、子供連れのママ友とビジネススーツを格好良く着こなした中年のおじさんグループがテーブルを埋めてた。

「混んどるね。飛鳥ちゃん、お腹大丈夫?」

 座る場所がなかったから、アキラくんはキョロキョロと店の中を見て笑顔で聞いてきた。

「うん、大丈夫だよ」

 終わるのが早いか、数組の席から食事を終えた人達が、満足そうな顔をしてレジに向かうのが分かった。

 平日の昼時だったから、仕事をしとる人が多いのも当たり前だよ。それと重なって終業式だったから、店が混んどる事くらい想定内だった。

 オムライスしかねぇけど、手頃な値段で子供から大人まで好きだから仕方ねぇ。これですんなり座れたら、よっぽど料金が高いか、味に問題があるよ。

「美味しかったね」

 小学生くらいの長い髪をポニーテールした女の子が純粋な笑顔をして、隣に居るスポーツ刈りをした男の子に言った。建前を並べる大人とは違って、素直な感想を述べたと思った。

「うん、卵がフワフワで美味しかった。また、食べにきたいよね」

 慌ただしく片付けとる店員さんが、ソファーで待っとる人を順番に案内してくれた。

 順番がきて、店員さんに案内された場所に座ると、水とおしぼりとメニューをテーブルの中央に置いた。

 色鮮やかで美味しそうな写真を見て、なかなか選ぶことが難しい。後で注文を聞きに来てくれることになったんだけど、目移りして決めれんじゃん。結局、ノーマルのオムライスを頼むことにした。

 店員さんを呼んで注文をしたアキラくんは、周りを気にしとる感じでチラチラと見回しとった。

 高校生の人たちも、店の中で順番を待っとった。

 最近オープンから、みんな食べに来るのは分かっとる。これだけ混んどっても、すぐに座れたから運が良かったのかな。

 テーブルに身を乗り出した格好で、アキラくんは照れ臭そうな顔をした。

「飛鳥ちゃん、ご飯食べたら、ちょっと買い物に行かん?」

アキラくんは、アタシの顔をじっと見て、言いづらそうな感じで言った。

「うん、えぇよ」

流石にご飯を食べて、「はい、さようなら」とは言えんから、何を買いに行くか分からんけど、それまでは付き合ってもえぇと思った。

「飛鳥ちゃん、冬休みはどっか行く予定あんの?」

「友達とカラオケに行ったりするかな」

「……正月明けたら、動物園に行かん?」

「うん、楽しみにしとるね」

 動物園の話をしとると、店員さんが両手にオムライスをのせた皿を運んできた。

 前かがみになってたアキラくんは、ソファーの背もたれまで体を引いた。

「お待たせしました」

 オムライスの皿とサラダが入った器とスープのカップをテーブルの上に置いた店員さんは、営業スマイル満点で軽く会釈をした。気付かんかったけど、ランチタイムだとサラダとスープが付くみたいだ。

 テーブルの端に3種類のドレッシングを見て、サラダにかけた。スープはコンソメスープだった。

 同じものを頼んだから、皿の上を見比べる必要もねぇ。紙ナフキンで包まれたスプーンを手に取った。

 見ためも匂いも食欲をそそっとる。さっきまで、そんなにお腹も減っとらんかったのに、急にお腹の虫が催促してきて待ち切れん感じだ。

「いただきます」

 右手に持ったスプーンを、オムライスに向けた。口の中に入れると、フワフワの卵がとろける感じで、それがまたケチャップライスと絶妙な感じで幸せな気分だった。

「おいしい!」

 自然に出ちゃうくらいだった。

 目の前に座っとるアキラくんの反応を見たが、まだ1口も食べんでアタシを見て笑った。

「飛鳥ちゃんが喜んどる顔を見とると、俺まで嬉しくなるよ。俺も早よ食べるぞ」

 アキラくんは、スプーンを取ってオムライスを口に運んだ。

「ホント、おいしい!」

 その言葉に頷いてから、会話するのも忘れて夢中でオムライスを食べ終わた。

 まだ待っとる人が居ったから、すぐに店を出た。

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