とても可愛い校長先生


 剣と魔法と貴族の世界。

 侯爵令嬢キルシュ、騎士団長の令嬢グランマニエ、伯爵令嬢の幼馴染アマレット。


「と、その前に……この身体をどうにかしないよいけないですね。それに勉強も……」


 このユーリは地頭は良い。しかし、テストはカンニングで一切勉強していない。身体はブヨブヨで少し動いただけで息が上がります。

 17歳の最終学期、大事件が起きます。その時、ある程度の力がないと生き残れないのです。


 まあそれよりも前に殺される事が多いのですけどね。


 ゲーム開始である二年生に上がるまでには状況を改善する必要があります。

 第一の目標はユーリが生き残る事。そして、私がなぜこの世界に転生したのかを解明する事。それは二の次にしましょう。


 ……もう一つだけ気がかりがあります。

 私ユーリの唯一の友人といいますか、仲間といいますか、私と似たような人物がこの世界には存在します。


 ゲーム内では一切詳細を語られないただの悪役令嬢として機能する「アイシャ・ノース」。名誉男爵令嬢である彼女はただただ悪役として機能していました。

 このユーリと共闘して主人公たちと何度も対峙する。


「アイシャさんとは一度お会いしてお話してみましょう」


 アイシャさんが悪役をすることで私ユーリも良くない流れに乗るかもしれません。




 と、その時ノックの音が聞こえた。


「あ、あのユーリ様、旦那様がお呼びでございます……」


 ユーリの父であるザイツ・ハーヴィ。侯爵家の家長。絶大な知能と魔力を持ち、魔力が極小しかないユーリを落ちこぼれとして扱っている。


「ええ、わかりました。すぐ伺います。それと大変恐縮ですが、後でハーブティーがある場所を教えてくれませんか?」


「は、はい、かしこまりました……?」


 呆然としているメイドの横を通り過ぎて父の書斎へ向かおうとすると、メイドが慌てておいかけてくる。




 ***



「貴様、なぜ婚約破棄をした……。ふんっ、まあどうでもいい。また適当に見繕う。貴様を裏口入学させるのにどれだけ苦労したと思っているのだ? どんな手を使っても構わん。名誉主席の座を射止めろ。だいたい貴様は――」


 父からの話のほとんどはお小言のようなものです。怒りの感情、というよりも行き過ぎた心配、過保護、愛情というものを感じ取れます。

 こんな状況(みんなから嫌われている)のユーリにちゃんと向き合っています。

 きっと良い父親なんでしょうね……。

 私の本当の父親もこんな方だったらどんなに嬉しい事だったのに。


「……なんだ貴様、泣いているのか? ……まあいいもう下がれ」


「すみません、父上。私ユーリから提案がございます。現状の私の学力、能力を考えると――――――――」


 私は自分が考えていた事を父に伝える。まずは長期で休学すること、そして侯爵家の領地、軍で修行をしたい事を。


 魔力が少ない自分のために魔法ではない違う力の必要性を。

 偽物の学力ではなく、本物の知識が必要な事を。

 学園の本来の意味を。


 私の全力のプレゼン。父は難しい顔をしていたが、足を揺すっていた。

 何か感情を抑えきれない何かを身体が表している。



「……ふん。貴様が兄のレオンみたいになるとは思わん。……だが、やる気は伝わった。ならば好きにするがいい!! 貴様は生きて帰れると思うな!! 身分など関係ない、ただの一兵卒として訓練してやる!!」


「ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀をして父の書斎を出るのであった。




 というわけで、来週から私はこの領地で修行を行います。ただ、今週は準備期間として学園には通わないといけません。……地面に生えている雑草のようにひっそりと過ごしましょう……。



 ****




「なあユーリの様子おかしくないか? 僕、避けられているような気がするんだけど」


 私、キルシュの隣でパンを食べている女子生徒は騎士団長の娘グランマニエ。

 比較的ユーリと仲がいいけど、最近は喧嘩ばっかりしていた。

 まあ全部ユーリのせいだけどね。


「知らないわよ。あんなデブの事」


「教室でもおとなしいみたいじゃん。ていうか、もう私はユーリと婚約者じゃないからどうでもいいけどね。ていうか超さっぱりしたわ」


 ユーリと婚約を結んでいた伯爵令嬢のアリス。没落気味だから侯爵家との婚約は家の悲願のはずだけど……、ユーリの素行が悪すぎだ。


「うん……、なんか、わかんなけど、あのデブ……、ううん、なんでもない!」


 ユーリは学校に来ても少しだけ教室にいて、すぐにどこかへ行ってしまう。普段なら近くにいる生徒の事をなじったり、暴力振るったり、面倒事ばっかり起こすのに。


「ユーリ、さっき校長室から出てきたよ」


「僕は図書室で勉強してるを見たよ」


 何かがおかしい。そんなのユーリじゃない。あの地震のときも……、昔のお兄ちゃんみたいに……。でも、やっぱりユーリはユーリだし……。


 パンを食べ終えたグランマニエが私にいう。


「ねえ、私もユーリと喧嘩したままって嫌だな。来週ってユーリの誕生日でしょ? ほら、あいつムカつくけど一応幼馴染だからさ、なんかパーティーでもしない」


「うえぇ、ユーリが調子乗ってムカつくだけじゃん。セクハラしてくるしさ」


「……う、ん。試しに、パーティー開いてみてもいいかもね。うん、ちょっと手配してみるよ。なるべくユーリの事が嫌いじゃない人を……」


「ていうか、そんな人いないんじゃない?」


 私はちょっと考えてみたけど……誰もいなかった。ユーリはみんなから嫌われている。自業自得だ。年を追うごとにわがままはひどくなり、粗暴になり、まるで物語の悪人のように……。


「まあ小さいパーティーだったら大丈夫っしょ! ていうかさ、知ってる? 帝都で勇者様が召喚されてたんだって! 絶対超イケメンでしょ!」


「ゆ、勇者様!? え、あ、う、うん、すごいイケメンなのよ……」


 二人は帝都の最新ニュースを会話を始める。もうユーリの事はどうでもいいみたい。

 ……なんだろう、すごく落ち着かない。


 いつからだっけ……、私、魔法が使えないユーリお兄ちゃんを馬鹿にし始めたのって……。




 ****




「さてと」


 とても有意義な一週間でした。

 美熟女である校長先生とハーブティーを飲みながらの談義はとても素晴らしかった。図書室の書物は知識の宝庫でずっとこもっていたいほどでした。


 先生方は初めは私の事を警戒していました。それはもう問題児ですから仕方ありません。

 ですが、人は話すと分かりあえるのです。


 私物を整理し、私は誰もいなくなった教室に一礼します。


「それでは行ってきます。もう少しマシなユーリになって帰ってきます」


 目標は数ヶ月、もしくは二年生になる直前まで。

 それまで私は全力で頑張らないといけません。


「むむ、前方にキルシュさんが立っていますね。誰かを待っている様子です。なるべく関わらない方が身のためですね」


 キルシュさんだけじゃない。私はこの一週間グランマニエさんやアリスさん、それにアマレットさんと会わないように調整して学校を通っていました。


 問題は起こってからでは遅いんです。問題は起こらないのが一番良いです。


「裏口から出ますか……」






 裏口に向かうと、校舎裏から何やら声が聞こえてきました。


「お前っ、お前がハヤト君に色目使ったんだろ!! たかが名誉男爵家のくせによ!」


「貴族ヅラするんじゃないわよ!! このっ、この!!」



 私はその場面を見た瞬間、感情が一切飛びました。

 身体が勝手に動く。


 二人の女子生徒が馬乗りになって一人の女子生徒を殴っていた。


「やめなさい……」


「いって!! てめえ、私が誰だかわかってのんのか!!」


 気がつくと私は女子生徒の髪を掴んでいた。女子生徒は振り向きざま私に向かって手をかざし、炎の玉を発射させる。


 魔法、と言われるものだ。記憶にはあるが初めて見るもの。

 私の肩を焦がす。肉が焼ける嫌な匂いが発生する。その全てがどうでもいいです。


「私はハミルトン子爵令嬢……あっ……、ハ、ハーヴィー様……、え、な、なんでハーヴィー様がここに!?」


 もう一人の女子生徒は私の顔を見て走って逃げ出した。悪名もこんな時に役に立つ。


「失礼、君も消えてくれませんか?」


「は、はい……、そ、その、う、ぐっ」


 私はどんな顔をしているのでしょうか? ハミルトン令嬢が悪魔を見るように怯えている。そして走って逃げていった。


 残されたのは私と少女。

 多分、私はこの状況が許せなかったのでしょう。

 明らかないじめの現場。


 倒れている少女が咳き込んでいる。その目は仄暗い。


 と、その時頭に閃光が走った。これがどんな感情かわからない。何が起きたかわからない。

 少女に恋をする? それはありえない、私は同年代じゃないと恋愛対象として見れないです。


 もしかして、この少女は……。


「アイシャ男爵令嬢……?」


「ひゃ、ひゃい……、そ、その、ありがとうございます。えへへ、私、無能だから仕方ないんです……」


 あのアイシャです。ですが、性格が微妙に違います。アイシャはこんな媚を売るような喋り方をしていません。

 何故か無性にイライラしてきました。何に対してでしょうか? わかりません。


「私はユーリと申します。あなたは……」

「ま、待ってください! ユーリ様、肩が焼けて……、今回復魔法を」


 私が断る前に魔法が発動する。アイシャの身体が光ったと思ったら、私の肩のやけどが一瞬で治りました……?

 アイシャは能力が低いわけではない?


「あっ、そ、その、内緒です。こ、今回は成功したから良かったです。あの、私、魔力が多すぎてうまく使えなくて暴走するんで……」


 私は考える。

 もしかすると、アイシャはまだ間に合うかもしれない。この子は悪役としてゲーム内全員から憎しみを向けられていた。

 私の場合、もう手遅れかもしれない。積み重ねてきたヘイトが何を起こすかわからない。


 魔力がうまく使えないなら、訓練をすればいい。

 なら、私と一緒に領地で修行をすれば、もしくは――



「……少し私の話を聞いてくれませんか?」



 これが私とアイシャとの初めての出会いであった――

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悪役子息は嘆きの悪役令嬢を救う うさこ @usako09

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