記憶の窓に手をかけて~一ページ目~

虹空天音

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 パチパチと、火花の音が聞こえてくる。忘却炉の中で、たくさんの本が燃やされているせいだ。少女は本棚の間を歩き、本すべてを点検している。そしてふと、一つの本に手をかけた。

 少女は神だ。とは言っても、周りの神からは見捨てられている。落ちこぼれとして、「記憶の管理」という職業だけを残され、忘却炉と大量の記憶を与えられた。今日も、少女は、人々の記憶を確認してまわる。

 少女はそのまま、見つけた本を、忘却炉の中に投げ入れようとした。もう、この記憶の持ち主は他界している。本棚の中には必要ない。本を焼くことで、その煙が天に舞い上り、魂が天国に逝ける。

 しかし、少女は手を止めた。この記憶に、後悔が沁みついているように感じたのだ。今まで絶対に開くことなく、そのまま炉の中に投げ入れていた本のページを、少女は開けた。


 俺はずっと待っていた。親友のことを。

 あいつは誰よりも勇気があった。戦いがおこっている最中、「必ず帰ってくる」と約束して、自分の作戦を提案しに行った。それでも戦地へ行くのだから、危ないに決まっている。

 だけど、あいつは必ずと約束したんだ。絶対に帰ってくるって。そして帰ってすぐに、勝利のニュースを聞けるはずだと。

 でもあいつは、無謀だった。勇気があれど、無謀だったんだ。

 一人で行くのと、俺がつき、仲間を呼び、そして作戦を伝えるのとでは全く成功率が違う。でも、俺はそれを言い出せなかった。

 怖かった。あいつが死ぬのよりも、自分が死んでしまうのが。それがたまらなく怖くて、気が狂いそうだった。戦争が始まってから、ずっと。

「いいんじゃないか」

 そう言ってしまったんだ。いいわけないのに。俺は、親友に嘘を吐いた。親友は帰ってこなかった。

 それをずっと後悔していた。でも、親友が戻ってくるはずがない。あの時に、俺が戻れるはずもない。気づけば、戦争は敵国の勝ちで終わり、俺は捕らえられた。そして、長い捕虜生活の末、処刑された。

 俺は、何がしたかったんだろうか。


 ――記憶を辿り終え、少女は息をついた。特に表情を変えるわけではない。だが、本をいったんその場に置き、無我夢中で何かを探し始めた。

 そして、見つけた。まだ確認していない本棚から、一つの故人の本を。確認して、やっぱりこれだと思い直した。そして、二つを腕に抱える。

 忘却炉の前まで、やってくる。いつも繰り返す作業。だが、今回は重みが違った。本を投げ入れる。

 炉についた煙突から、たちまち煙が出始めた。二つの煙だ。天へ、昇っていく。下ではない。二人とも、天国へ逝ける。

 それを、少女は長い間、見つめていた。


 <天国本棚>

 親友は俺を許してくれた。俺と親友は、同じ時に、同じ天国へたどり着けたのだ。そして、あの時のことを謝った。本当は気づいていたのに、と。

 だけど、あいつは怒らなかった。「大丈夫」と笑った。

「ほら、地獄行きになってない時点で、お前は悪人じゃない。ただ……」

 あいつはにやりと笑った。

「……長く話してなかったな。じゃ、少しの罰として、一緒に話そうぜ。時間はいくらでもあるんだ。たっぷり、な」

 俺は驚いた。だけどすぐに、あいつらしいな、と笑う。

「それじゃ罰にならねーよ」


 少女は今日も記憶を管理する。時に、悩む魂を救いながら、いつまでも。



     終

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記憶の窓に手をかけて~一ページ目~ 虹空天音 @shioringo-yakiringo

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