第030話 良いこと
「我の慧眼は素晴らしいな。あの店の店主も感謝していることだろう」
「そうですね」
「サクヤ様は博識なだけでなく、発想力まで素晴らしいと思います」
ギルドを出た俺達はご機嫌なサクヤ様をヨイショしていた。
「しかし、我の失敗はこれであそこに行きにくくなったことじゃな」
「繁盛しているみたいですしね」
「少し経てば落ち着くと思いますよ」
まあ、よく考えたら既存のメニューにパスタを混ぜただけだしね。
「うむ。当分は別のところに行くかの。他の店も美味いし、問題なかろう」
「そうですね」
そろそろ別のところに行っても良い気がするな。
王都の店をすべて回ったわけではないが、サクヤ様の転移でいつでも来れる。
ジュリアさんがもう少し慣れたら移動を考えるか……
ちょっと考えながら歩いていると、カーティスさんの研究室の前までやってきたので扉をノックした。
「カーティスさーん。俺です。ハルトです」
声をかけると、中からバタバタという音が聞こえてくる。
そして、扉が開いた。
「おー、来てくれたか」
カーティスさんは手を広げ、歓迎の意を現す。
「こんにちは。依頼があるそうで」
「うむ。実はそうなのだ。ところで、そちらは?」
カーティスさんがジュリアさんを見て、首を傾げた。
「あ、妻です」
「ジュリアと申します。夫がいつもお世話になっております」
やっぱり良いところのお嬢様だなー。
「そうか。私はカーティスだ。まあ、よろしく頼む。立ち話も悪いし、入ってくれ」
俺達はカーティスさんに促され、中に入ると、並んでテーブルにつく。
カーティスさんも俺達の対面に座った。
「カーティスさん、依頼の話の前に本をお返しします」
サクヤ様から本を受け取り、テーブルに置く。
「ん? そういえば、貸してたな」
「先週、返しに来たんですけど、いなかったんですよ。2週間も借りててすみません」
「いや、構わん。それに先週はずっと城の方に行っていたからどのみち無理だったな」
貴族だし、職場は城なんだろうな。
「大変ですね」
「そうでもない。まあ、君に頼んだ例の魔石の報告に行っていたんだよ。実は今回の依頼はそれに関係することなんだ」
何だろ?
「と言いますと?」
「一から話そう。君に魔法を込めてもらった魔石は上手くいったので報告に行ったんだ。すると、陛下が大変気に入ったんだよ」
「そうなんですか?」
「中途半端に威力ある魔法ではなく、弱い火と水を出す程度の魔法にしたのが良かった。要は野営の時の種火や水確保で重宝するんだよ。火を起こすのも一苦労だし、水は重いから持ち運びが大変なんだ」
なるほど。
「喜んでもらえたら嬉しいです」
「うむ。陛下は大変評価し、ぜひとも召し抱えたいとおっしゃっていた」
えー……
「すみません。旅をしていますし……」
「わかっている。それは私の方で断っておいた。だが、代わりに褒美を出すから他の魔法も込めてくれないかと頼まれたんだ。それで君に指名依頼を出したんだよ」
断ってくれるのはありがたい。
「ありがとうございます。近いうちにまた出ようと思っていたんです」
「そうかね? また色々と頼みたいと思っていたのだが……」
「まあ、旅も道楽の旅なんで定期的にここにも訪れようとは思っています」
サクヤ様の転移があるし、本を借りたい。
「それは良かった。それでなんだが、どんな魔法を込められそうだ?」
うーん……野営ねー……あっ!
「ジュリアさんが穴を掘る魔法を使えますね」
「穴? 何だね、それは?」
「そのまんまで地面に穴が開きます。この前は倒した狼の残骸を埋めるのに使いました」
「ふむ……ゴミ処理に使えるか。落とし穴にも使えそうだな。いや、伏兵もか……なんか活用法がどんどんと浮かんでくるし、すごいような気がしてきた。ぜひとも頼みたいな」
伏兵……塹壕も作れそうだな。
「ジュリアさん、いい?」
「えっと、魔石に魔法を込めるというのは?」
「魔石に魔法を使えばいいだけだよ」
難しいことじゃない。
「でしたらできると思います」
「できるそうです」
ジュリアさんが頷いたのでカーティスさんを見る。
「うむ、ありがたい。君らは夫婦で良い魔法使いのようで将来が明るいな」
「そうじゃろ。岩見家も安泰じゃ」
サクヤ様がうんうんと頷いた。
「良いことだな。他にはないかね?」
他……ジュリアさんに穴掘り魔法をお願いするから俺か……
さすがにサクヤ様の転移はないし。
「えーっと、何でしょうかね? 風魔法? いや、シンプルに回復魔法でいいか」
「おー! 君は回復魔法まで使えるのか! それは素晴らしいな!」
回復魔法って難しいのかな?
「切り傷を直す程度ですよ?」
「十分だ。外ではそれが致命傷になる」
破傷風になっちゃうしね。
「じゃあ、その2つでいきましょう」
「頼む」
カーティスさんが頷いた。
「あ、それとまた本を借りていいです? すごく面白かったです」
「ああ。本ならいくらでも持っていくと良い」
「ありがとうございます。では、作業に入ります」
「うむ。魔石はこれだな」
カーティスさんがテーブルの上に魔石がたっぷり入った木箱を置く。
「わかりました」
「やりましょうか」
俺達は魔石を手に取り、魔法を込めていく。
そして、2人でカーティスさんの本を見て回った。
「魔法展開における魔力消費をいかに減らすかだって」
「威力重視ではなく、数とスピード、要は手数を増やすことを重視するわけですね。こちらは魔力を増やす方法とあります。興味がありますね」
「色々と研究されている方なんだよ」
かなりすごい人だ。
「奥方の方も片手間で魔法を込められるのか…………それに仲の良さそうな夫婦だな」
「お似合いじゃろ。性格や趣向がそっくりじゃ」
「まあ、良いことだろう。お茶でも飲むかね? 実は南の国から仕入れた珍しいフルーツティーがあるのだ」
「もらおう」
俺も欲しい。
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