第026話 ええ子じゃのう


 北門から王都に戻ると、周囲が茜色に染まりかけていた。


「5時前か……」


 時計を見ると、すでに夕方だった。


「金をもらったら飯にしようぞ」


 ちょっと早い気もするが、そうするかな。


 俺達は町中を歩いていき、冒険者ギルドに戻ってくる。

 そして、中に入ったのだが、先程より多くの人がおり、受付に並んで待っていた。


「夕方は多いんですね」

「仕事から帰ってきた者達じゃろ。仕方があるまい」

「ネイトさんのところに並びましょう。幸い、他の列より少なく見えます」


 実際、少ない。

 理由は簡単で他の列の受付は若い女性だからだ。


「そうだね」


 俺達はネイトさんの受付に並び、他の冒険者さん達を眺めながら待つ。

 筋肉隆々で強そうな人から駆け出しっぽい若い人まで様々だ。

 そうやって待っていると、俺達の番になった。


「おかえりなさい。どうでした?」


 ネイトさんが聞いてくる。


「狼は倒しましたよ。ただ、3匹いました」

「3匹ですか……それはこちらのミスですね。申し訳ございません」


 ホント、丁寧だな。


「いえ、依頼料ってどうなるんです?」

「単純に3倍になります。これに迷惑料、手間などを含めまして、金貨2枚に致します」


 儲かっちゃったな。


「証明とかないんです?」

「魔石は?」

「あ、これです」


 3つの魔石をカウンターに置くと、ネイトさんがチラッと見る。


「確かに狼の魔石です。あとで兵士が処理に行きますし、大丈夫でしょう」


 あっ……


「すみません。放置はマズいかと思い、穴を掘って埋めちゃいました。逆にマズかったですかね?」

「いえいえ。むしろ、助かります。魔石の方はどうされますか? 魔法ギルドに所属している方はそちらで売るケースが多いですが……」


 ボーナスの可能性もあるしな。


「魔石は個人的に使おうかと思っています」


 手を汚さずに魔石を採取する練習ね。

 あまりジュリアさんにそういう仕事をさせたくないし、本腰を入れようと思う。


「かしこまりました。では、金貨2枚になります」


 ネイトさんが受付に金貨を置いたので買っておいた異世界用の財布に入れる。


「ありがとうございます」

「いえいえ。それとこちらが冒険者ギルドのパーティーカードになります」


 ネイトさんが今度は青いカードを置く。

 手に取り、表、裏と見てみるが、やっぱり何も書いてない。


「ありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。また仕事をなされますか?」

「とりあえずは帰ってまた考えます」


 どっちみち、来週になっちゃうし、それまでに相談しながら考えておこう。


「かしこまりました。先ほども説明致しましたが、旅に出る際はお声がけいただけると幸いです。配達の仕事をお願いしたいのです」

「わかりました。では」

「はい。お疲れさまでした」


 依頼料を受け取り、用件が済んだのでギルドを出た。


「5時半か……ジュリアさん、せっかくですし、夕食を食べていきませんか?」

「ぜひ」


 ジュリアさんが笑顔で頷く。


「ハルト、あそこに行かんか? 魔法ギルドの職員が言っていた青船亭とやら」


 チェスターさんが勧めてくれた魚介の煮込み料理か。


「ジュリアさん、魚介の煮込み料理でもいい?」

「はい。楽しみです」

「よしよし。では、参ろうか。えーっと……あっちじゃな」


 サクヤ様がチェスターさんに描いてもらった地図を眺めながら指差す。


「繁華街でしたね」

「じゃの」


 俺達はサクヤ様を先頭に繁華街の方に向かった。

 繁華街は夕方なだけあって多くの人がおり、賑わっている。


「異世界とはいえ、こういうところはどこも賑わうものなんですね」


 ジュリアさんがキョロキョロと辺りを見渡す。


「だね。会社で飲み会とかあるの?」

「確か歓迎会の時に夏の慰労会と忘年会くらいって聞きました」


 最近は飲み会が減ってるからな。

 その流れは田舎にも来ている。


「課とかは? 同僚から誘われたりしない?」

「あー……誘われましたけど、断りましたね」


 そうなんだ。

 まあ、お酒に慣れてないしな。


「無理せずに断るのは良いことだと思うよ」


 断れずに無理をする人も多いからな。

 特に優しい人に多い。


「ええ。お付き合いしている人がいますって言って断りました」


 あ、そういう誘いだったか……ん?

 お付き合いしてる人って俺?

 それともそういう断り文句だろうか?

 あ、いや、俺でいいんだ。


「ここじゃな。着いたぞ」


 青船亭と書いてある看板が立てかけられた建物の前にやってきたが、すでに良い匂いがしている。


「お腹が空いてきますね」

「だね。入ろう」


 俺達は店の中に入った。

 すると、すでにお客さんは結構いたが、空いている席もチラホラと見える。


「らっしゃーい! 空いている席にどうぞ!」


 厨房の方にいる大将が大きな声でそう言うので窓際の席に座った。

 そして、メニューを見ながら煮込み定食に決め、注文する。


「銀貨1枚は安いのう」


 3人で銀貨3枚になる。

 狼が1匹で銀貨5枚だから狼を1匹狩れば晩飯代は出る。


「冒険者って本来ならこれに朝食、昼食代もかかりますし、宿代もかかるんですかね?」


 実家住みの場合を除く。


「そう思うと今日の成果でトントンくらいか? 狼を倒せない者は大変じゃの」


 ルイナの町で倒したゴブリンは討伐料がなく、魔石代だけだったが、あれほど倒しても同じような値段だったし、きついかもしれない。

 その点、魔法ギルドはちょっと魔法を込めただけで金貨10枚もらえた。


「あ、ジュリアさん、討伐料をあげるよ。1匹はジュリアさんが倒したし」

「いえ、ハルトさんが持っていてください。私が1人でこちらに来ることはありませんし、単独で行動することもないですから」


 それもそうか。


 俺達がそのまま話をしながら待っていると、ウェイトレスが煮込み定食を持ってくれたので食べだす。


「美味いのう……牛の煮込みと違って出汁を重視しておるの」

「なんでこんなに美味いんでしょうねー?」


 正直、酒が欲しくなる味だ。

 でも、ジュリアさんを送らないといけないので飲めない。


「ブイヤベースに近いと思います。これは何にでも合うでしょうね」


 ブイヤベースは知らないけど、確かに米にでも合いそうだ。


「ハルト、パスタを頼んでくれ」


 ん?


「まだ食べるんです? どれにします?」


 この店にもパスタはあるし、結構な種類がある。


「素パスタじゃ。残った汁に絡める」

「シメのパスタです?」


 鍋かな?


「そんな感じじゃ」


 ふーん……食いしん坊な神様だな。

 まあ、本来なら食べなくても問題ない神様なのに毎日食べているし、食が好きなんだろう。


「すみませーん」

「はいはーい」


 手を上げて呼ぶと、ウェイトレスがやってくる。


「素パスタをもらえません?」

「素パスタ?」

「煮込み料理があまりにも美味しかったんで残った汁にパスタを絡めるそうです」

「あー、なるほど。少々、お待ちを」


 ウェイトレスが厨房の方に向かったのでそのまま待つ。

 その間に話をしながらパンやサラダを食べていると、ウェイトレスさんがパスタを持ってくれた。


「大将がメニューが一品増えたからタダでいいそうです」


 試したわけね。


「ありがとうございます。はい、サクヤ様、どうぞ」

「見ておけー。絶対に美味いからの。我の神眼は確かなんじゃ」


 いや、美味いんだろうなーというのはわかるよ。


 サクヤ様は煮込みにパスタを混ぜていく。

 そして、一口食べた。


「見てみい! 美味いぞ!」


 サクヤ様は満面の笑みだ。

 女児アニメを見ている時と一緒。


「見てもわかりませんって。ちょっとくださいよ」

「ほれ、食え。よく考えたらそんなに食えん」

「でしょうね」


 サクヤ様が皿をずらしてきたので小皿に移していく。


「はい、ジュリアさんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 ジュリアさんに小皿を渡すと、自分の分の小皿にもパスタを移し、サクヤ様に返した。

 そして、一口食べたが、予想通り美味かった。


「美味しいですね」

「本当に美味しいです」

「じゃろ? 我の目は誤魔化せん」


 サクヤ様がドヤ顔を浮かべる。


「サクヤヒメ様は万能でいらっしゃるんですね」

「まあの!」


 ジュリアさんは持ち上げるのが上手だね。

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