第010話 進展? ★


 健診を終え、エレベーターで2階の受付まで戻ると、ジュリアさんがソファーに座って待っていた。


「あ、こんにちは」


 ジュリアさんが軽く頭を下げ、挨拶をしてくる。


「こんにちは。待たせちゃってごめんね」

「いえ。この後は予定もありませんし、お話しできて嬉しいです」


 うーん、良い子なんだよなー。


「良かったら1階の喫茶店で話さない?」

「ぜひ」


 ジュリアさんが頷いたので1階に降り、コーヒーを頼む。

 なお、喫茶店には俺達しかおらず、余計に緊張しそうだった。


「仕事はどう?」

「うーん、入ったばかりですから覚えることで必死です」


 ジュリアさんは先月まで大学生だった。

 俺は大学在学中の彼女とお見合いをしたのだ。


「あまり無理したらダメだよ?」

「はい。気を付けます。ハルトさんはどうです?」


 ルーチンすぎて何もないんだよなー……


「俺はいつも通りかな?」

「そうですか……えーっと、この前会った時にキャンプするって言ってましたよね? 何か良いことでもあったんですか? 今日もですけど、どこか楽しそうに見えます」


 さすがに異世界に行ってるとは言えない。


「まあ、ちょっと生きるのが楽になったってところかな」

「そうですか……」

「………………」

「………………」


 うん、会話が止まった。

 いつもなのだが、用意した会話を終えると、途端に話がなくなるのだ。

 えーっと、話題、話題……




 ◆◇◆




「どう?」


 私はハルト君を健診をしていた村田君に聞く。


「進展は見えないな。というか、お見合い初日な感じがする」


 村田君は微妙な表情でハルト君とジュリアちゃんを見下ろしていた。

 このビルは吹き抜け構造になっているので上から喫茶店を見下ろせるのだ。


「2人共、コーヒーを飲むペースが早いわねー……」

「これだけ離れているのに緊張感が伝わってくるな」


 確かに……


「正直、厳しい2人だものね……ジュリアちゃんは女子高、女子大のお嬢様だし、男性と2人で話すのに慣れてない。ましてや、相手は岩見家の当主様だし」

「やりにくいわなー……かつてはめちゃくちゃ仲が悪かった両家だ」


 岩見家と浅井家はこの辺りで活躍していた魔法使いであり、その歴史は長い。

 そして、そんな両家の仲は良いわけがない。

 はるか昔は血みどろの争いをしており、和解したのはここ数十年の話だ。


「あとはやはりコンプレックスかしら?」

「だろうな。岩見の家は衰退してかつての栄光は見る影もないが、魔法使いとしての血は濃く残っている。そんな中で最高の魔法使いだろ、あれ」


 村田君がハルト君を見る。

 ハルト君は魔力も魔法の腕も並ぶ者はいないレベルの魔法使いだ。

 長い歴史を持つ岩見家の中でも最高傑作と呼ばれている。

 一言で言えば、天才なのだ。


「かたや浅井はねー……」


 ジュリアちゃんを見る。


「権力を選び、魔法を疎かにしちゃったもんな。おかげで魔法使いとしては見る影もない」


 この町を支配していた両家はかたや家の存続が危なく、かたや魔法使いとしての存続が危なくなっている対称的な両家なのだ。

 だからこそ、浅井は危機感を覚え、自分のところの娘を岩見に頭を下げてまで嫁がせ、子孫を得ようとしている。

 これは浅井の当主に頼まれて、組合が仲介したことだが、浅井が岩見に頭を下げるというのはこれまでの歴史を考えればとんでもない譲歩である。

 和解したとはいえ、仲が良くなったわけではないのだ。


「ジュリアちゃん、魔法の腕はあるけど、魔力がハルト君の半分もないものね……ハルト君の方はやっぱり家?」

「だな。衰退してアパート住みなのが気になっているみたいだ。当主がゆえに婿入りはできない。でも、浅井のお嬢様を受け入れる状況にないって思っているんだろう」


 婿入りはありえないわね。

 岩見の神が絶対に許さない。


「でも、ハルト君、結婚しないと本当に家が潰れちゃうわよ?」

「する気はあると思うぞ。浅井さんのことも気に入っているっぽい。でも、関係が進まんな」

「そりゃ進まないでしょ。全然、連絡を取ってないみたいだし、2人共、猫を被りすぎ」


 ハルト君だって、ジュリアちゃんだって普通にしゃべれるし、時には饒舌になる普通の子だ。

 でも、2人で会うと、こうなっちゃう。

 理由は簡単。

 お互いに嫌われないようにしているから。


「なんか中学生カップルを見ているようだな……」

「中学生でももっとあると思うわよ……」

「知ってるか? あれ、30歳と23歳のカップルだぞ」


 そんな2人を見ている38歳の私達。

 カオスね。


「手助けする?」

「グダグダ言ってないで夜に居酒屋にでも行って、酔わせた後にホテルでも連れ込めって言いたい」

「それはどうかと思うけど、それくらいの気概は欲しいわね……」


 ジュリアちゃんだってハルト君のことはよく思っている。

 じゃなきゃ、わざわざハルト君の健診日を聞いて、鉢合わせを狙おうとしない。

 自分で聞けよとは思ったけど。




 ◆◇◆




 俺はジュリアさんとなんとか話題を繋げながら会話を繋いでいた。

 とはいえ、そろそろきついのは確かだ。

 微妙に年齢が離れているし、共通の話題がないのが厳しい。


「あー、そろそろこんな時間だね」


 ふと時計を見ると、もう昼前だった。


「そうですね。帰りましょうか」


 いつもと同じ流れだ……

 ちょっとマズいかも。


「あの、良かったら今週のどこかで映画にでも行かない?」

「映画ですか? それは良いですね。ハルトさんはいつが空いてます?」

「ジュリアさんの仕事終わりでもいいし、土日でもいいよ」


 土日は異世界に行きたいけど、仕方がない。


「でしたら金曜の夜にでも行きませんか? 映画でしたらショッピングモールですよね? そこで待ち合わせをしましょう」


 この町の映画館はショッピングモールにしかない。


「そうだね。映画見て、晩御飯でも食べようよ」

「はい。ありがとうございます」


 俺達は約束をすると、組合のビルを出て、別れた。

 そして、急いで家に帰ると、お昼寝をしていたサクヤ様を揺する。


「サクヤ様、起きてください。大事な話があります」

「んー? もう帰ったのか? そんなに慌てて何かあったのか?」


 サクヤ様は布団から起き上がると、水を飲みながら聞いてくる。


「ジュリアさんと映画に行くことになったんですけど、どうしましょう?」

「寝ぼけておる我に寝ぼけたことを聞くなよ。勝手に行け」

「大事なことですって。どの映画を見たらいいんでしょうか?」


 神様、アドバイスを。


「自分で調べろよ……ハァ、今は何をやっておるんじゃ?」


 そう聞かれたのでスマホで検索し、サクヤ様に見せる。


「ふーん。おぬしはどう思う?」

「このドラマが映画になったやつか恋愛ものですかね?」


 CMで見たことがあるし、流行っているのだろう。


「見たいのか?」

「全然。アニメが見たいです」


 異世界大冒険もの。


「じゃあ、それを見ろよ」

「相手は浅井のお嬢様ですよ?」

「おぬしも岩見の当主様じゃろうが」


 少女を神と崇める30歳独身男ですよ?


「30歳の男がアニメを見たいって引きません? しかも、デートですよ?」

「おぬしらが想像できんくらいに長く生きておる我だって、日曜の朝はアニメを見とるわい。がんばえーって言っとるわい」


 それはそれでどうなんでしょう?


「男友達とならアニメ見ようぜって言えるんですけどね」

「まあ、おぬしの気持ちはわからんでもないぞ。好きな異性によく見られたいというのは当然のことじゃからな。じゃがな、相手はお見合い相手であり、上手くいったらこれから結婚して共に暮らそうとしておる娘じゃぞ。よく見られたいと努力するのは立派じゃが、その結果、実際に暮らしてどうするんだ? 一生、アニメも見んし、ゲームもせん気か? そんな自分を押し殺した夫婦、長くは持たんぞ?」

「確かにそうですね」


 隠すことでもないかもしれない。

 サクヤ様がおっしゃっていた通り、自分が好きなのだから堂々とするべきだろう。


「自分を見せろ。それで引かれたら仕方がないから次に行け。組合にでも頼んで見繕ってもらえばよいじゃろ。もしくは、異世界で見つけよ。輩に絡んで困っている娘を助ければイチコロじゃろ」


 ジュリアさんとはお見合いをして、半年近くになる。

 村田さんも方向性くらいは示せって言ってるし、そうするか。


「じゃあ、金曜にアニメが見たいって言ってみます」

「そうせい、そうせい。上手くいったら金曜は帰ってこんでいいからな」


 いや、帰るよ。

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