第009話 何の診察だろう?


 翌朝、ちょっと遅めに起きた俺は朝食を準備し、サクヤ様と共に食べだす。


「組合じゃったか? 我も行こうか?」

「大丈夫ですよ。留守番を頼みます」

「わかった。行ってこい」


 朝食を終え、着替え終えると、家を出て、車に乗り込んだ。

 そして、組合がある駅前に向かう。


「土曜は混んでるなー……」


 さすがは土曜だと思いつつも、なんとか20分程度の時間をかけ、駅前にあるビルに到着した。

 駐車場に車を停め、降りると、複数の車が停まっていたのだが、その中の白い車をじーっと見る。

 そして、ビルを見上げた。


 このビルは組合が持っているビルの1つであり、5階建てだ。

 1階は喫茶店になっており、誰でも利用できるが、値段がとんでもなく高く、コーヒー1杯が3000円もするという商売する気がないことで有名な店だったりする。

 ただ、それにはもちろん、裏がある。

 ここは魔法使いが交流する場であり、魔法使いは10分の1の値段で提供されているのだ。


「来てるよなー……」


 ぽつりとつぶやくと、ビルの中に入る。

 そして、エレベーターで2階に上がると、受付の方に向かった。


「山中さん、こんにちはー」


 受付に座っているアラフォーの女性に声をかける。


「こんにちは、ハルト君」


 山中さんが笑顔で挨拶を返してくれる。

 この人はもう20年近くここで働いており、子供の頃からの付き合いになる。


「定期健診です」

「休みの日なのにごめんなさいね。今、村田君が来るから」

「はい」


 村田さんというのもここの職員だ。

 まあ、この山中さんもだが、全員、政府の人間であり、俺達を管理する側の人間ではある。


「ハルト君、ジュリアちゃんも来てるわよ」


 知ってる。

 車があったもん。


「ジュリアさんも定期健診ですかね?」

「そうね。終わったらデートでもしてきたらどう?」


 デートか……


「向こうも忙しいんじゃないですかね? それにせっかくの休みの日を潰すのは申し訳ないですよ」


 ジュリアさんはどっかの会社でOLをしていると聞いている。


「…………お付き合いされてるのよね?」


 そこが微妙なんだよな……

 お互いにだけど、告白したわけでもされたわけでもない。

 お見合いってどうやるんだろう?


「ど、どうなんでしょうか?」


 微妙……


「こっちに聞かれても……せめて、1階の喫茶店くらいには誘ったら?」

「で、ですね。遭遇したらそうします」

「遭遇……」

「――やあ、岩見君」


 エレベーターからこれまたアラフォーの男性が顔を出した。

 この人も子供の頃からの付き合いになる村田さんである。


「こんにちは」

「うん。早速だし、乗ってよ。4階に行くよ」


 村田さんに促されたので止めているエレベーターに乗り込んだ。

 そして、村田さんが4階のボタンを押すと、扉が閉まる。


「何の話をしていたんだい?」


 村田さんが聞いてくる。


「ジュリアさんが来てるって話です」

「あー、浅井さんね。何? この後、デートだったりするのかい? だったら早めに終わらせようか」

「いや、特には……」


 俺の答えに村田さんが神妙な顔をしていると、4階に着いたのでエレベーターを降り、近くの部屋に入った。


「……ねえ、変なこと聞いていい?」


 席につくと、村田さんが採血の準備をしながら聞いてくる。


「どうぞ」

「浅井さんと結婚しないの? お見合いをしてからもう半年だよね? 破談になったとも聞かないけど、上手くいったとも聞かないんだけど……」

「そこは何とも……」


 だって、その半年間、何も起きていないんだもん。

 進展もしてないし、会うのをやめるわけでもない。

 ただただ、関係性がまったく動いていないのだ。


「ふーん、まあ、君もだけど、浅井さんも奥手だしねー……でも、浅井さんのところの親は何も言わないのかね?」

「どうなんでしょうかねー?」


 何の連絡もない。


「君のところの神様は?」

「結婚しろ、子供を見せろ、ですね」


 しまいには異世界でもいいから相手を探せっていうことになった。


「ふーん……デートとかしてる?」

「この前、食事に行きましたよ。金ないんでイタリアンですけど」


 チェーン店じゃないだけでも評価してほしい。


「昼? 夜?」

「夜ですね。仕事終わりでしたし」


 金曜の夜だった。


「その後は?」

「帰りました」


 ジュリアさんも車なため、現地集合、現地解散。


「そう……ちなみに、それっていつ?」

「3週間前ですかね?」

「3週間前がこの前……? それから会ってないの? 君、先週が誕生日だったよね?」


 さすがに管理しているから知っているだろう。


「先週、偶然会いましたけど、そうですね。まあ、向こうは俺の誕生日を知らないでしょう」


 言ってないし。


「え? 浅井さんのこと嫌い? 僕は美人で可愛らしい子だと思うけど」

「それは俺も思いますよ」


 少なくとも、見た目に不満は一切ない。

 むしろ、あの柔らかい雰囲気は好みだ。


「ごめん……男性が好きとか?」


 なんでだよ。


「昔、あんたからAV借りたわい」


 高校生の時。


「だよねー……うーん、じゃあ、彼女が怖いんだ」

「それは……あるかもしれませんね。向こうはガチのお嬢様ですんで」


 格差がすごい。


「あー……向こうも同じようなことを思っていると思うよ?」


 なんでだよ。


「ないと思いますけどね。あのー、もしかして、向こうは断り待ちなんですかね?」

「いや、浅井家からの申し込みでしょうが……あのさ、その辺も含めてちゃんと話しなよ。ちょっと待ってね……」


 村田さんが立ち上がって電話の方に向かう。


「あー、秋山さん? そこに浅井さんいる? …………あー、そう。悪いけど、受付で待つように言ってくれる? 岩見君が来てるから」


 遭遇確定。

 心の準備が……


「そこまでしなくても……」


 そのうち誘うつもりだったが、まだシミュレーションができていない。


「縁談については別に断っても良いし、受けても良いと思うよ。でも、大事なことだからすぐに答えを出せとは言わないけど、方向性くらいは示してあげようよ。女性なうえに申し込みをしている浅井さん側は動きようがないよ?」


 それもそうだな……


「わかりました。1階の喫茶店で話してみます」

「そうしな。はい、腕出して。採血するから」

「はい」


 よし、何にせよ、話してみよう。

 前向きに行って、ダメそうなら断ればいいんだ――って痛たた……注射痛い……

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