第008話 夜の旅(ズル)


 家に帰ると、地図を読み込んだり、買ってきた靴を履いて散歩に出かけたりした。

 夕食はルイナの町で食べ、店を出ると、北門から出て、少し歩く。

 そして、ある程度進んだところで家に戻ると、暗くなるまでテレビを見続けた。


「そろそろ行くか?」


 サクヤ様がそう言ったので時計を見ると、9時を過ぎていた。


「どうすればいいんです?」

「車に乗れ。そのまま転移する」

「わかりました」


 俺達は部屋を出ると、駐車場に止めてある車に乗り込む。


「では、行くぞ」


 助手席に座っているサクヤ様が頷くと、一瞬で転移した。


「何も見えませんね」


 夜とはいえ、駐車場には街灯があったので辺りが見えていたのだが、今は何も見えない。


「こっちの世界では町の中ならともかく、外には街灯なんかないからな。ライトを点けよ」


 サクヤ様にそう言われたのでエンジンをかけ、ヘッドライトを点ける。

 それでもまだ暗かったのでハイビームに切り替えた。


「これならまだ見えますね」

「そうじゃな。街灯は魔物が出にくいとはいえ、気を付けて進めよ。修理代もバカにならんじゃろ」

「ですね。では、出発します」


 アクセルを踏み、スピードに気を付けながら進んでいく。

 多少、揺れるが、これくらいなら問題ないだろう。


「今さらですけど、時差とかないんです?」

「ないと思っていいぞ。そういう世界を選んだからな」


 世界っていくつくらいあるんだろう?


「ありがとうございます。昼夜逆転だと体内時計が乱れそうになりますもんね」

「じゃな。あとは倫理観や常識がなるべく近いところを選んだ。野蛮な世界に行っても危険なだけじゃしの」


 それは嫌だなー。


「いい所に連れてきてもらい、ありがとうございます」

「よい。我も楽しみじゃ」


 ご飯、美味しいしね。


「毎日、1時間ちょっとくらい進めば今週中には着くと思いますよ」

「ええの。土曜から王都じゃ」

「あー、土曜はちょっと用事があるんで日曜ですね」


 外せない用事がある。


「そうかい……ジュリアとデートか?」

「いえ、そういうわけではないです」

「そうか……のう、ジュリアが嫌いか?」

「そんなことないですよ。嫌う要素がありません」


 すごく良い子だし。


「じゃあ、結婚しろ」

「上手くいくと思います?」

「知らん。それを見極めるための期間が今じゃ。おぬしらはなーんもしてないようじゃがな」


 ごもっとも。


「どうすればいいですかね?」

「誘え。とにかく会って話をしろ」


 ですよねー……


「次からはもうちょっと話そうと思います」

「そうしろ。おぬしは話せる方だし、そのしょうもない劣等感を捨て、普通に話せ」


 しょうもないのはわかっている。


「どうやって捨てればいいんです?」

「おぬしは我が岩見家の当主ぞ? たかが浅井の小娘に何を臆する? ましてやこの縁談も向こうが頭を下げて頼んできたことだろう。どーんと構えよ」


 この縁談は組合を通して、浅井の当主から来た話だ。


「亭主関白な感じです?」

「そこまでは言わん。キャラに合わないことをするとぼろが出るぞ」


 それもそうか。


 俺達はその後も話をしながら進んでいく。

 特に魔物や動物と遭遇することもなかったし、人の気配もない。


「野宿の人とかいないんですかね?」

「地図を見る限り、あちこちに宿場町があるようだ。そこに泊まっているんだろう。野宿なんか魔物に食べてくれって言ってるようなものじゃろう」


 それもそうか。


「サクヤ様も運転してみます? この世界なら法律はありませんよ?」

「足が届かん」


 さいでした……


「今日はこの辺にしときますか」


 すでに1時間以上は走っている。


「いいんじゃないか? 順調だし、明日は仕事じゃろう」


 サクヤ様が地図を見ながら頷いたのでゆっくりとブレーキを踏み、車を停めた。

 そして、ライトを消し、エンジンを止める。


「では、戻りましょうか。お願いします」

「ん」


 サクヤ様は再び頷くと視界が駐車場に戻った。


「明日はあそこに転移してまた進むってことでいいです?」

「そうじゃの。少しずつ進んでいこう」


 部屋に入ると、サクヤ様、俺の順番で風呂に入り、就寝した。


 翌朝、早めに起き、まだ寝ているサクヤ様の朝食と昼食を準備し、会社に向かう。

 そして、朝から会議をし、終わったら通常業務をこなしていった。

 仕事を終えると、まっすぐ家に帰り、サクヤ様とルイナの町で夕食を食べる。

 夕食を終え、家に戻ると、昨日と同じように9時すぎに異世界の街道を車で進んだ。


 今週はそんな感じで過ごしていくと、金曜の夜になった。

 この日も真っ暗な異世界をハイビームのヘッドライトを頼りに走らせていく。


「あれかの?」


 サクヤ様が地図と見比べながら前を見る。

 俺の目にも遠めだが、うっすらと灯りが見えていた。


「多分、距離的にもそうだと思います。ようやく着きましたね」

「うむ。楽しみじゃな。明日は用事じゃったな?」

「ええ。明後日に行きましょう」

「では、帰るか」


 俺達は転移をし、家に帰った。

 そして、先に風呂に入ったサクヤ様が俺の前に腰かけたのでドライヤーを取り、濡れているサクヤ様の髪を乾かしていく。


「明日は予定があるんじゃったか? 何じゃい?」

「組合に顔を出します。いつもの定期健診ですよ」


 月に一回、魔力測定や健康診断があるのだ。


「あー、あれか。一日かかるのか?」

「どうでしょう? 早めに終わったら王都に行くだけでも行きたいですね。土日しか行けませんし」


 平日は仕事があるのだ。


「そうじゃのう……まあ、生きていくためには仕方がないか」

「ですね。じゃあ、俺も風呂に入ってきます」


 サクヤ様のドライヤーを終えたので風呂に入る。

 そして、風呂から上がると、テレビを見ながら過ごし、就寝した。

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