第007話 樹莉愛


 昼食を食べ終え、建物と建物の間の小道に戻ると、転移をしてもらい、家に戻る。

 すると、布団に寝ころびながら漫画を読んでいる金髪の女性がいた。

 俺の中で美しいと評判のノルン様である。


「あっ」

「あ」


 ノルン様と目が合う。

 すると、ノルン様は何かの紙を取り出し、床に置いた。

 そして、横に積んである漫画を持ち、一瞬で消えてしまう。


「何でしょうかね?」

「漫画を読んでおったの……」


 うん。

 そして、持っていかれた。


「まあ、漫画くらいならいくらでも持っていっていいんですけどね」


 そう言いながらノルン様が置いていった紙を手に取る。


「何じゃ?」

「地図ですね。俺達がいたところはフロック王国のルイナの町らしいです」


 地図を見ると、ホリーさんが言っていたようにルイナの北が王都となっている。


「ほーん……精巧な地図じゃのう」


 向こうの世界の地図の精度のレベルはわからないが、この世界でも十分に通じるぐらいに精巧だ。


「これをくれるために来たんですね。ありがたい限りです」

「いや、絶対に漫画を読みたかっただけじゃぞ」

「まあ、なんでもいいですよ。必要なものですし、ありがたくもらっておきましょう。それよりも買い物に行きましょうか」

「そうじゃのー……」


 俺達は軽くシャワーを浴びた後、近所のホームセンターに向かった。

 そこで必要になりそうなものを見ながら靴を選ぶと、ナイフのコーナーを見る。


「高いんですねー」

「まあのう……靴は実際に見た方がいいからここで買ってもいいが、ナイフはネットで買った方が安くないか?」


 確かにそうかも。


 スマホを取り出し、調べてみる。


「あー、ネットの方が良いっすね。安いし、これとかかっこよくないですか?」


 サクヤ様にスマホ画面を見せた。


「男はいつまで経っても子供じゃのー。どれも一緒じゃい」

「じゃあ、かっこいい方が良いですね」

「好きにせい。おぬしの金じゃ……ん? 魔法使いがおるぞ」


 スマホ画面を見ていたサクヤ様がキョロキョロと周囲を見渡す。


「え? そうなんです?」

「だから魔力を感じられるようになれっての。向こうはこちらに気付いておる。近づいてきてるぞ」


 え? そうなの?


「うーん……」


 なんとか魔力を探ってみようとしたが、さっぱりわからない。


「――ハルトさん」


 ふいに声をかけられた。

 女性の声だが、聞いたことがある声だ。


「あー……」


 振り向くと、長い黒髪を髪留めでまとめた若い女性が微笑みながら立っていた。

 春らしいクリーム色のニットとロングスカートが似合っており、どことなく品がある立ち姿をしている。

 顔も可愛らしく、スタイルも良い。

 特に女性らしい曲線は目を引かれるものがある。

 30歳平社員の俺とは格差がヤバすぎる人だ。


「どうも。お買い物?」

「ええ。ちょっと色々と切らしてしまいましたので……あの、こちらの方は?」


 女性がサクヤ様を見る。


「あ、サクヤ様だよ」

「し、失礼を……!」


 女性は買い物かごを置くと、膝をつこうとした。


「ちょ、外だって!」


 女性の腕を取り、慌てて止めた。

 止めなければこんなところで這いつくばるつもりだったのだろう。


「ハルト、誰じゃい?」


 状況をよくわかっていないサクヤ様が首を傾げる。


「ほら、浅井さんのところの……」

「あー、見合い相手か」


 そうだけど、口に出さないでほしいな……


「浅井ジュリアと申します。お初にお目にかかり、光栄です」


 ジュリアさんは立ったままだが、深々と頭を下げた。


「う、うむ……我のことは気にしないでいいから2人で話すといい」


 サクヤ様はそう言うと、そっぽを向く。


「ジュリアさんはお休み?」


 何を話していいのかわからないのでアホな質問をしてしまった。


「ええ。日曜ですので……」

「そ、そうだよね……」

「………………」

「………………」


 会話が終わっちゃった……


「あ、あの、ハルトさんも買い物ですか? キャンプでもするんです?」


 今度はジュリアさんの方が聞いてくる。

 まあ、買い物かごの中にはアウトドア用の靴が入ってるし、ナイフのコーナーの前にいるしな。


「そんなところだね。最近、運動不足なもんでちょっと動こうと思って」

「いいですね。私もウォーキングとかしてます」


 へー……


「暖かくなってきたしね」

「ですね。あ、この前はありがとうございました」


 この前?

 あ、夕食を一緒に食べたんだ。

 2週間前だけど……


「いえ、こちらも付き合ってもらって嬉しかったよ」

「そんなことは……」

「………………」

「………………」


 また会話が終わっちゃった……


「あ、買い物中だったね」

「そうですね……急に声をかけてごめんなさい。では……」


 ジュリアさんは笑みを絶やさずに買い物に戻っていった。


「ふぅ……」

「おぬし、中学生か?」


 ジュリアさんがいなくなると、サクヤ様が呆れたような顔になる。


「違いますが?」

「いや、誘えよ。お茶でもしませんかって誘えよ。何をリリースしておるんじゃ?」

「せっかくの休みなのに迷惑じゃないですか。しかも、買い物中ですよ?」

「向こうはおぬしの魔力を見つけて、わざわざ声をかけに来たんじゃぞ? さっきの場面は絶対におぬしが誘う場面じゃ。向こうは我がおるから誘えん」


 神様を放っておくことになるからな。


「すみません……」

「まあよい……それよりもジュリアって本名か? 浅井は外の血を入れたのか?」


 そう思っちゃうよね。


「いえ、本名ですし、ご両親も日本人の純日本人です。お母さんがはっちゃけちゃったらしいです」


 樹莉愛と書く。


「現代の子じゃのー……歴史ある浅井家の娘なのに……」


 まあね。

 かつてのクラスメイトにも絶対に読めない変わった名前の子はいた。

 でも、歴史ある魔法使いの家の人でああいう名前なのはジュリアさんだけだ。


「俺は良い名前だと思いますよ」

「まあ、響きは悪くないのう」

「ですよ。じゃあ、これを買って帰りましょう。ナイフはネットで買います」

「ん」


 俺達はレジに持っていき、精算すると、家に帰った。

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