第002話 すみません


「この世界にも神様がいらっしゃるのですか?」

「当然、おる。この世界は一神じゃがな」


 神様が1人で管理されておられるのか……


「簡単に許可を得たみたいですけど、軽い神様なんですかね?」

「まあ、神なんてそこまで人に興味がなかろう。我だって岩見の一族以外にはそこまで興味がないしの」


 そんなもんか……


「くすぶってるって何です?」


 さっき俺のことをそう言ってた。


「くすぶっておるじゃろ。最高の才能と実力を持つ岩見家当主のおぬしが安アパートでテレビゲームじゃろ? 気付いていないかもしれんが、この町に帰ってきてからのおぬしはため息が尋常じゃないくらいに多いぞ?」


 すみません……

 でも、俺も最近、サクヤ様のため息が多いなーって思ってました。


「そっすか……」

「まあ、良いではないか。この世界の神が快く受け入れてくれたからの。とりあえず、あっちの方に行ってみるか」


 サクヤ様が正面を指差す。


「わかりました。サクヤ様、帰れるなら靴を取ってきてくれません?」


 さっきまで部屋でゲームをしていたから当然、靴は履いていない。


「そういえば、我も裸足じゃの……ちょっと待っておれ」


 サクヤ様はそう言うと、あっという間に姿が消えてしまった。


「サクヤ様も急だな……」


 まさか異世界に連れてこられるとは思っていなかった。

 こっちの神様とやらにマニュアルをもらったと言っていたし、さっき思いついたわけはないだろう。

 さすがに彼女いない歴30年のリアル魔法使いは焦ったのかもしれん。


「――待たせたの。ほれ」


 サクヤ様が俺の前に靴を置いてくれる。

 だが、そんなことより……


「何っすか、その格好……?」


 サクヤ様はさっきまで白い和服姿だったのに今はゲームとかでよく見る軽装の服に着替えていた。

 しかも、腰にはサクヤ様の身長に合った剣もある。


「ノルンにもらった」

「誰?」

「この世界の神じゃ」


 あ、ノルン様と言うのか……


「サクヤ様だけです? 俺の分は? RPGでも最初に王様が剣をくれたりしますけど……」


 ノルン様ー。


「ほれ、ノルンからもらったノルンソードじゃ」


 サクヤ様がどこからともなく鞘に入った剣を取り出し、渡してくる。


「強いんですかね?」


 神様の名前が入ってるから強そうだけど……

 なお、ネーミングセンスについては不敬になるので触れない。


「えーっと、ちょっと待て……ふむふむ、ノルンの体重のように軽く、ノルンの心のように決して折れない剣らしいぞ」


 サクヤ様がマニュアル本を読み込みながら頷いた。


「ちょっと見せてくださいよ」

「ほれ」


 サクヤ様からマニュアル本を受け取ると、パラパラとめくっていく。

 しかし、絵がついてあるものの、肝心の文字が読めなかった。


「何っすか? 読めねーですよ?」

「それは神文字じゃから人には読めんぞ」


 神様文字なんてあるんだな……


「というか、異世界ってことはこの世界の文字も読めなくないですか? それどころか言葉も通じないような……」


 ダメじゃない?


「安心せい。ノルンがその辺はカバーしておる。ちゃんと文字の読み書きも言葉も通じるし、さらには未知の病原菌のワクチンも打っておる」


 いつの間に……

 まあ、ありがたいことではある。


「ノルン様にあざますって言っておいてください 」

「うむ。剣を振ってみ?」


 サクヤ様に促されるまま、剣を抜くと、振った。


「確かに羽のように軽いですね。それに気品と神々しさを感じます」

「おぬしは神相手によいしょするのが上手いのー」


 生まれた時からあなたがそばにいましたので。


「ありがたくいただいておきましょう。正直、剣を使ったことなんてないですが、あんなバケモノがいる世界なら必要でしょう」

「うむ。おぬしは最高の魔法使いじゃし、我もついているから問題ないと思うが、念の為じゃな」


 危なくなったら帰ればいいもんな。


「とりあえず、人里に行きましょうか」

「じゃの。行くぞ」


 俺達はまっすぐ歩き出した。


「どんぐらい歩くんですかね?」

「そんなに町から遠くない場所がスタート地点なはずじゃがのう……神は大ざっぱなところがあるし、なんとも言えん」

「ですかー……」


 そのままサクヤ様と30分くらい歩いたと思う。

 すると、石材で舗装された道に到着した。


「おっ、街道じゃな」

「みたいっすね……」


 いや……あれ、何だろう?


「マニュアルによると、街道に着いたらイベントがあるらしいぞ」

「へー……あの人ですかね?」

「多分な……」


 俺達の視線の先には座り込んでいる金髪の女性が見える。

 その人は一言も発していないが、じーっとこちらを見ていた。


「行けと?」

「チュートリアルイベントじゃろ」

「じゃあ……」


 座っている女性のもとに向かう。


「あの、大丈夫ですか?」


 女性に声をかけたのだが、めちゃくちゃ美人だ。

 しかも、どこか神々しさを感じるし、古代ギリシャとかで神様が着てそうなペプラムを着ていた。

 というか、人間じゃないような……


「足をケガしてしまいました。このままでは魔物の餌になってしまいます」


 オークがいたしな。


「これがイベントですか?」


 サクヤ様に確認する。


「うむ。回復魔法で治してやれ。ついでに言うと、そいつがノルンじゃ」


 でしょうね……


「足を治しましょう」


 ノルン様の足に手を掲げ、回復魔法を使った。


「おー! あっという間にケガが治りました! ありがとうございます!」


 なんか聞いたことあるようなセリフ……?


「いえ、治ったなら良かったです」

「これはお礼です」


 すぐに立ち上がったノルン様が色の違う硬貨を3枚渡してくる。


「金貨、銀貨、銅貨ですか?」

「はい。適当な食事と宿屋に泊まれるくらいの金額です。ちなみに、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚ですね」


 帰れるから宿屋には泊まらんな。

 飯は……どうだろ?

 美味いのかね?


「ありがとうございます……」

「あと、町は西の方ですね」


 ノルン様が左の方を指差す。


「あ、はい……あれ?」


 街道の先を見ていたのだが、振り向くと、ノルン様の姿がなかった。


「帰ったぞ」

「暇なんすかね?」

「先週、おぬしのラノベを持っていっておったぞ」


 あー、だからさっきのセリフになんか既視感があったのか。

 というか、いつの間に……


「お金をもらいましたね」

「それの説明じゃろ。あとは町の位置か……思ってたより遠い位置にスタート地点を設定してしまったからフォローのために出てきたんじゃろうな」


 そんなところかね?


「わかりました。では、行きましょう」

「うむ」


 俺達は街道を西に歩き出す。


「お美しい方でしたね」

「我に不満か?」

「何を言いますか……サクヤ様に適う者などおりません」


 実際、可愛い。


「それを浅井の娘でもいいから人間の女に言ってやれ……」

「それができたら苦労しませんね……」


 この歳まで独り身ではないと思う。


「ハァ……」


 ハァ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る