週末のんびり異世界冒険譚 ~神様と楽しむ自由気ままな観光とグルメ旅行~

出雲大吉

第001話 30歳の誕生日プレゼント


 この世には魔法というものがある。

 魔法は本当に素晴らしい。

 火を出せるし、水も出せる。

 空も飛べるし、ケガだって治せる。


 魔法は本当に素晴らしい異能の力だ。

 しかし、実際、これらを使うかと言ったら使わないし、使えない。

 火はライターやコンロで十分だし、水も蛇口をひねれば出てくる。

 空なんか飛んだら大事件だし、平和な日本では滅多にケガなんてしない。


 この世に魔法があるということは魔法使いがいるということだ。

 しかし、科学が発展した世では役に立たないし、普通の人に見つかったら大騒ぎになるので使うことも制限されている。

 つまり、魔法使いはこの世には必要ないということである。


 かつては多くの魔法使いがおり、活躍していたと聞く。

 だが、今は徐々に衰退している。

 それはウチもそうであり、かつては魔法使いの名家と呼ばれた岩見家の第80代当主である俺も魔法とは縁のない仕事をしていた。


「ハァ」


 今日は土曜だというのに出勤している。

 周りには誰もおらず、俺一人である。

 月曜に大事な会議があるらしく、急遽、上司に月曜までに資料を作っておいてほしいと頼まれたので土曜出勤しているのだ。

 とはいえ、もう終わりそうなので午前中で帰れそうだった。


「つまんないなー……」


 俺は最初、生まれ育ったこの町を出て、東京で就職した。

 理由は簡単で田舎より都会の方が良いと思ったから。

 しかし、高卒で東京に行った俺に待っていたのは厳しさだけだった。

 まず、受かったところが早々に倒産した。

 そして、そこから次がまったく見つからず、ようやく入社できたところはいわゆるブラック企業だった。

 それでも頑張って働いたし、体力、気力にも自信があったので必死にしがみついていた。


 しかし、1本の電話で自分が限界だったということに気が付いた。

 その電話は両親が交通事故で亡くなったという電話だった。

 悲しかったし、泣いた。

 この歳になっても泣けるんだなと思ったし、何年も会ってなかったことと死に目に会えなかったことを激しく後悔した。

 だが、それ以上に安堵を感じたのがショックだった。

 両親が死んだことより、会社を辞め、地元に帰らなければならないという安堵が勝ったことでわざわざ地元を離れ、何をしているんだろうという脱力感が一気に襲ってきたのだ。


 そして、俺はすぐに会社を辞め、地元に戻って再就職した。

 地元は県庁所在地とはいえ、地方の田舎であり、再就職先は地元に根付いた中小企業である。

 ブラックということはないし、残業も多いわけではない。

 今日は特別だが、土日もちゃんと休めている。

 でも、給料は良くない。

 しかも、田舎はやることもなく、会社と家の往復する退屈なルーチンワークだった。


「帰るか」


 資料も作り終えたので戸締りをし、会社を出る。

 そして、近くにあるコンビニで昼食を買うと、車に乗り込み、自宅に向かって車を走らせた。


「あー、普通車買いてー」


 運転しながらぼやく。

 俺の乗っている車は中古の軽自動車である。

 正直、軽とはいえ、維持費が結構な負担だが、地方では車が必須なのだ。


「つまらん……」


 赤信号で止まっている間、多くの人が横断歩道を歩いていた。

 地方とはいえ、県庁所在地。

 土曜の昼ともなれば人も多くなる。


「ハァ……帰ってゲームでもしよ」


 信号が青に変わったのでアクセルを踏み、自宅を目指した。




 ◆◇◆




「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディアハルトー、ハッピバースデートゥーユー……」


 目の前には銀色の長い髪をした白い和服の少女がご機嫌に誰もが聞いたことある歌を歌いながら買ったケーキにロウソクを刺していた。

 そして、指を向け、魔法でロウソクに火を点けると、満面の笑みでこちらを見てきた。


「ふー」

「30歳、おめでとー……なのじゃ」


 息を吹きかけ、火を消すと、少女が拍手をする。


「ありがとうございます……」

「おぬしもこれで立派な魔法使いじゃな!」


 ネットのスラングとかけているのかな?


「どうもです……」

「めでたいことじゃのー。我も自分のことのように嬉しい。おぬしもついこの間までこーんなに小さかったのにのう。時が流れるのは早いものじゃ」

「そうですね」

「うんうん…………で? 嫁さんは? 跡取りは?」


 可愛らしい少女の笑顔が真顔に変わった。


「いや、特には……」

「おぬしはこの岩見家の当主じゃろ!」


 岩見家……

 借家のワンルームですけど……

 築20年のアパートですけど……

 家賃3万5千円なり。


「すみません」

「そうか……まあ、食え」


 勧められたので買ってきたコンビニ弁当を食べだす。


「もう魔法使いの時代じゃないと思うんですよ。だからまあ、いいんじゃないですか?」


 ウチも完全に衰退しきってるし。

 岩見家言うても両親亡き今、俺しかおらんやん。

 しかも、30歳独身で安月給。


「ハァ……それはそれで仕方がないことじゃろうと思える。この国はたかが100年近くでものすごく発展した。それは喜ばしいことだし、便利になったのは良いことじゃ。栄枯盛衰という言葉があるように時代と共に魔法使いが衰退していくのも仕方がないことじゃろう」


 神様なのに頭が柔らかいな。

 さすがは見た目少女。


「でしょ? 俺も魔法は好きですし、いまだに研究や修行は欠かしていません。ですが、使う時がないです」

「まあの……タンスの角に小指をぶつけた時くらいか?」


 魔法はちょこちょこ使えるから便利と言えば便利だ。

 だが、必須のものではない。


「ですです。だから諦めましょう」

「そうか……じゃがの、子の将来を危惧することが変なことか? 岩見家の守護神たる我がおぬしの嫁さんや子供を熱望することがおかしいか?」


 まあ、そこは……


「いえ……ですけど、実際に彼女もいませんし、安月給でこんなワンルームに住んでいる30歳に期待されましても……」


 もう無理じゃない?


「だから高校時代に彼女を作っておけって言ったんじゃ。なのに、おぬしときたら魔法やゲームばっかり……いや、魔法の修行をすることは良いことなんじゃが……」


 若い頃はそんなことより遊びや魔法の勉強に夢中だったのだ。

 結果、俺は思春期というか、女性に興味を持つのが遅かった。


「すみません……」

「ハァ……あれはどうじゃ? なんか浅井の娘とお見合いしとったじゃろ?」


 あー……


「微妙です……もう半年になりますかね? まだお見合いをしています」

「……どういうことじゃ?」

「さあ?」


 俺にもわからない。


「進展してないってことか? 好みじゃなかったとか?」


 そういうわけではない。


「浅井さんのところって大きいじゃないですか? 家とかびっくりしますよ。そんなとことのお嬢様ですよ? 格差が……」


 浅井家は岩見家と同じこの辺りで活躍していた魔法使いの名門である。

 そして、何人もの議員さんや知事なんかも出した政治的にもお偉いさんの家でもある。


「そんな娘をこんなアパートに嫁がせるのは厳しいか……」

「しかも、安月給ですしね、俺」


 先輩にちょろっと聞いたが、昇給は期待してはダメらしい。


「出世は?」

「ちょっと厳しいかと。それに出世してもそこまで給料は上がらないっぽいですね…………サクヤ様にもご迷惑をおかけします」


 嫁さんどころか神様を住まわせる家じゃない。


「我はよい。ほれ、ケーキも食べろ。嬉しいか悲しいかはわからんが、おぬしの誕生日じゃ」

「はい」


 弁当を食べ終えたのでサクヤ様に勧められるがままケーキを食べだす。

 そして、ケーキも食べ終えたので片付けをし、テレビゲームを始めた。


「面白いかー?」


 サクヤ様が万年床となっているせんべい布団に横になりながら聞いてくる。


「まあ…………30歳独身の男がゲームしててすみません」

「好きなことなら堂々とせんかい。我にはまったく面白さがわからんがな」


 サクヤ様はあやとりとかトランプが好きなのだ。

 あと見た目通りに女児アニメ。

 たまに映画とかに付き合ってあげてる。


「面白いですよ。俺もこういう風に魔法を使いたいです」


 RPGをしており、勇者が火の魔法を使って、敵を倒したところだ。


「使えよ」

「町中で使ったら事案です。組合の人に怒られちゃいますよ」

「ふーん…………のう、良いところに連れていってやろうか?」

「遊園地はこの前、連れていってあげたじゃないですかー。あれも安くないんですよ?」


 延々とコーヒーカップに乗せられ、吐きそうになった。


「今度は我が連れていく。金もかからんぞ」

「どこです?」

「異世界」


 サクヤ様がそう言った瞬間、視界が変わった。

 目の前にあったテレビがなくなり、視線の先には風で揺れている草が見えている。

 というか、丘の上の草原だ。


「はい? あれ? 俺の家は?」


 何もなくね?

 草原に座っている俺と寝転がっているサクヤ様しかいない。


「あれは借家じゃろー」


 いや、そういうことではなく。


「ここは?」

「異世界じゃ。楽しそうじゃろ?」

「何もねーですけど……」


 見渡す限りの草原だ。

 どこ?

 絶対に日本じゃないことだけはわかるが……


「地球ではない別の惑星とでも思え」

「へー……さすがは神様ですね。よくわかりません」


 転移かな?


「すごかろう?」

「ええ。ところで、何かがこちらに走ってきますけど……」


 なんか二足歩行のでっかい猪が3匹がこちらに向かってきている。

 しかも、殺意がここまで伝わってくる程に強い。


「魔物じゃな」

「見た目的にオークですかね?」

「名前までは知らん」


 ふーん……


「家に帰りましょうよ」


 向こうさん、殺す気満々じゃない?


「ここなら遠慮なく魔法をぶっ放せるぞ。ほれ、イオナズ〇を見せてみい」

「イグニッションですって」

「自分でイオナズ〇ができたって言っておったじゃろうが」


 高校生の時ね。


「魔法を使っていいんです?」

「使わないと死ぬぞ?」


 いや、サクヤ様が家に帰してくれればいいんだけど……


「イグニッション……」


 首を傾げながらも前方のオーク達に指を向け、魔法を放つ。

 すると、まばゆいまでに光り輝き、一気に大爆発が起きた。

 当然、こちらにも爆風が飛んでくるが、結界で防ぐ。


 爆発も治まり、土煙が晴れてくると、前方の草原に大きな穴ができていた。

 もちろん、そこにオークの姿はない。


「さすがは岩見家最高の魔法使いじゃ」

「一分の一じゃないですか」


 俺一人だし。


「いや、歴代の当主を見てもおぬしに勝る者はおらん」

「どうも……」


 多分、亡き親父にも爺ちゃんにも……いや、全員に言ってるな。


「気分はどうじゃ?」

「すっきりしましたね。高校の時に作った魔法ですけど、実際に使ったのは初めてです。でも、やっちゃってよかったんです?」


 動物虐待どころか爆殺しちゃいましたけど……


「魔物は人を襲うから駆除対象じゃ。世界平和に貢献したのう」


 人を襲う……つまりこの異世界とやらには人がいるのか……


「で? 異世界とやらに連れてきてどうしろと?」

「楽しかろう? リアルなゲームじゃぞ」


 魔物がいて、魔法を使える世界……

 リアルRPGか……


「確かに楽しいですね。魔王でも倒せばいいんです?」

「そんなもんはおらんと思うぞ。じゃが、この世界は広いし、魔法も普通に認知されておる。おぬしはこの国から出たことがないし、未知なる世界を旅するでもいい。もしくは、思う存分にこれまで修行してきた成果を試すでもいい。好きにせい。誕プレじゃな」


 この誕プレは魅力的だ。

 俺だってあの町から出たいと思ったから都会に就職したし、何なら世界中を飛び回って旅がしたいと思っていた。

 ただ、現代における魔法使いは政府に管理されており、魔法の使用は当然ながら移動すらも制限されている。

 以前は海外は無理でもまだ町から出るくらいはできた。

 しかし、岩見家の当主となった俺はもはやそれすらも許されない。

 もちろん、旅行だったり、用事がある場合は申請すれば許可が降りることもあるが、基本的にはこの町にいなければならないのだ。

 だが、この異世界は当然、そんなの関係ない。


「俺のためにそこまで……」


 なんて愛らしい神様なんだろう。


「うんうん。ついでに嫁さんでも探してくれ」


 あ、そっちか。

 でも、それってより無理な気がする。

 異世界の人間をどうやって連れ帰るんだよ。

 というか、魔法使いを管理している政府に何て報告すればいいんだ?


「まあ、その辺はおいおいで……それよりもありがとうございます」

「うむ。では、行くとしよう」


 寝転がっていたサクヤ様が立ち上がった。


「どこに?」

「異世界の町じゃな。何をするにしてもまずは人里に行かないといかんじゃろ」


 まあ……


「あのー、その前に帰れるんですよね? 明日は日曜なんで休みですけど、月曜からまた仕事なんですけど……」


 資料を作ったのは俺だから会議に出席しないといけない。


「安心せい。帰ろうと思えばいつでも帰れる。帰りたかったら我に言え」

「わ、わかりました」


 そう言って、俺も立ち上がる。


「さて、人里はどこかな?」


 サクヤ様がキョロキョロと辺りを見渡した。


「え? 知らないんです?」

「知らんぞ。マニュアルに書いてない」


 サクヤ様が何かの本を取り出す。


「何ですか、それ?」

「異世界じゃからな。この世界の神にくすぶっているウチの子を連れてきてもいいかと聞いたら『いいよ!』って言ってくれたのじゃ。その時にこれをもらった」


 ツッコミどころが多いな、おい……





――――――――――――


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