第6話 ふつうの色鉛筆
「これください」
レジに出されたのは水彩色鉛筆。
お客さんは70代女性。
店に入り、真っ直ぐに色鉛筆コーナーに行き、ささっと色鉛筆を眺めて12色を手に取り、すぐにレジに来た。
臭う。
臭うぞ。
貴女がほしいのは、実はコレではないであろう?
「水彩色鉛筆ですが、よろしいですか?」
「え? 何か違うんですか?」
やはり。
水彩色鉛筆と気づかずに手にとっていたようだ。
「水彩色鉛筆は塗ったあと、水で伸ばして水彩画みたいにできるんです。普通の色鉛筆みたいにも塗れますけど、思ってたよりちょっと薄く感じるかもしれません」
「そんなのいらないいらない! 普通の色鉛筆でいいの! 入院したおばあちゃんが使うのだから。頭の体操! ボケないようにね!」
そうだろうと思った。
真っ直ぐ目当ての商品に向かう人は用足しに来た人だ。
自分の趣味じゃなさそうだから、詳しくなくて間違ったものを手に取る可能性は高い。
12色は初心者向け。
入院したお年寄りの趣味にと家族が買いにくるパターンは本当に多いから、そうかなと思ったらやっぱりそうだった。
一緒に色鉛筆コーナーへ行く。
「普通の色鉛筆と言えばuniですね。子どもでも塗りやすい芯の柔らかさで、軸も持ちやすいですし」
入院しているお年寄りの力ならそれくらいがいいだろう。
僕自身は芯が硬いのも好きだけど。
ガリガリ塗れるから。
「じゃあそれいただくわ」
「値段も水彩は高いですからね。油性の1.5倍です」
「あらあホント! 言ってもらえて良かったわぁ! 全然知らなかったから!」
一生の趣味が一つ増えるかもしれないのに、知らずに合わないのを買って楽しくないとかもったいない。
せっかく生まれいでた色鉛筆セットたちも使われないままだと可哀想だなと。
そんな気持ち。
♢♢♢
40代くらいの熊っぽい男性が色鉛筆を買いにきた。
真剣に色鉛筆コーナーを見ているから、自分のを買うんだろう。
「どの色鉛筆がいいんでしょうか?」
「普段から使っていますか?」
「いや、初めてでして」
水彩色鉛筆の話も一応するが、ぬりえをする人のほとんどが油性色鉛筆をほしがる。
「海外のものは色が日本人らしくなくて、日の丸の赤や朝顔の紫みたいなのが無かったりします。凝っている人はテーマで色彩を揃えたセットを買ったりしますが。これが空の色に合わせたセット、これがゴッホの絵の色彩に合わせたセット。普通に始めるなら、やっぱりuniかなと思いますが」
「へえ、色々あるんですね。初心者なので、uniから始めようかと……」
(12色を手に取るお客さん)
「12色だと、すぐ物足りなくなるかもしれません。それなりに塗るようになるとやっぱり24色の方が……。色鉛筆は色を混ぜて作ることもできるんで確かに少ない色でも楽しめるのですが、それはなんか逆にセンスがないと、っていう……」
「そうなんですね。じゃあ24色にします」
(支払い後)
「いやホント、ここで買えて良かったです。本当に」
uniはどこでも売っているが、だからこそこのお店で買えて良かったと言われるのは嬉しい。
あと、初心者だからといって、その世界の深さに触れさせないというのは違うと思って、いつも余計なことまで話してしまう(これは教育屋の癖)。
もし、沼ったらここで見たものを思い出して買いに来てくれるかもしれないし。
まあ、彼は本気の目で色鉛筆を見ていたから、その本気に答えたまでですけどね……!
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