ぶんぐてん

千織

第1話 ふつうのシャーペン

僕は長らく塾で働いていたので、教育に関してはどんな質問がくるか、それに回答したときに相手がどんな反応をするかには大体見当がつく。


今は文具店で働いているが、文具店で聞く質問はなかなかに難問だ。


とある中年の女性客との会話……



「普通のシャーペンがほしいんですが、どれがいいですか?」


レジに来て、こう言われた。


”普通”のシャーペンってなんだ?


すごい哲学的に聞こえる。


とりあえず、シャーペンコーナーに連れていった。



「筆圧強いですか? 強ければ、グリップは柔らかくない方が」(ドクターグリップを見せながら)


「うーん、細いのがいいわね」


「(筆圧の質問はスルーされてしまった。ドクターグリップの軸は太いから、細いのがいいってことね) 細くていいなら、クルトガはどうでしょう。常に芯が尖ってるので、書くのが疲れませんよ」


「濃さはどれくらいですか?」


「(”濃さ”はシャーペンの話じゃなくて、シャープ芯の話だけど) 芯は最初から入っているのは全部HBです。試しに書いてみますか?」


お試しのシャーペンで書いてもらう。


「……薄いかしら」


「じゃあ、次に濃いのはBになりますね」


「それのお試しはありますか?」


「芯のお試しは(普通どこでも)ないですね。大体HBで十分だと思いますが。Bは小学生中学年くらいの筆圧ですから」


「そうなんですね。でもこれ、うちで使ってるデザインとはちょっと違うんで、もっと普通のがいいんですけど」


「(うちで使ってるやつと言われましてもw)じゃあ、こちらはどうですかね。お値段がちょっと安くなりますし」


「ああ、これ、ウチにあるやつと似てる。この色の違いは何ですか?」


「(似てるんだw) 0.5と0.3の違いです。普通は0.5です」


「試し書きしてみたいんですけど」


「0.5は今まで書いていただいたやつと同じです。0.3はお試しはないですね」


「0.3の方が芯が濃いですか?」


「(そういう発想?!) 太さと濃さは関係ないですね。0.3のHBも0.3のBもありますんで」


「どっちがいいと思いますか?」


「(僕が決めるの?) 迷うくらいなら0.5のHBをおすすめします(0.3だと合わない可能性があるしね)」


「そうですか。じゃあこれをいただきます。芯はどれがいいですか?」


「あまり違いはないので、お値段ですかね。一番安いのはこちらです」


「使い切れますかね?」


「(それはわからないなw) 受験生でも一年かけて使い切れるかどうかなんで、あまり書かない大人なら一生もつかもしれません」


「ちょっと使って、すぐ使わなくなるかもしれませんね。使い切れますかね?」


「(すごい心配してるw) 芯の少量販売は見たことないんで、これを買うしかないですね」


「やっぱり0.3のBの方がいいかしら」


「(今までの流れ全部覆されたwww) 0.3だと軸が変わりますね。あと、最初に入ってるのはどうしてもHBです」


「じゃあそのHBは無駄になってしまいますね」


「その一本だけはどうしても……(1本も無駄にしたくないのか……っていうか1本分くらいはHB使ってもよくない?w ダメなの?)」


「じゃあ0.5のHBを買ってみます」


「(急に戻った!!!www)」


シャーペンと芯、合計550円のお買い上げ。



「今の人、普通のシャーペン買うだけですごかったですね」


と、社員さん。


「はじめてのシャーペン的な? (でもうちにあるって言ってたなw)」



話が噛み合ってなくても着地する不思議さ、心の中のツッコミがとまらない面白さ。


ちなみに実際はもう少しやりとりは長くて、「シャーペンの軸が太いものには0.5が入っていて、軸が細いものには0.3が入っている」という思い込みがあって、話が成り立っていなかったというw


まあ、あれだ。


人間もシャーペンひとつも奥が深いよね、っていうことですw

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