ひまつぶし ドーナツをクッキングする
遭難から3日目のこと
「ねえ、クイン、フードプリンター用の素材ってどんぐらいストックがあるの?」
『50㎏ほどです』
端末にグラフが表示される。
「だいたい何日分?」
『一食600gだと仮定して一日3食、2人で2週間程度です。ですが非常食もありますので食料的には3カ月は持つはずです』
非常食はあんまり美味しくないチューブ状のやつだ。
「まずいねぇ...」
☆☆☆
フードプリンターとはその名の通り食べ物を3Ⅾプリンターの要領で生成する機械だが、当然、生成するためには素材が必要だ。ビタミンやタンパク質、脂質といった食べ物の構成有機化合物をペースト状にしたものが素材で、生成時にレーザーで熱を加えたりしてナノ単位で食品を生成する。味も食感も風味も温度も形も本物の食品に限りなく近い。
いまの食卓に並ぶのはほとんどがこういったフードプリンターで生成されたものだ。ただ、プリンターである以上、レシピは買わないといけなく、あまり給与が良くない私は安っちいレシピで我慢していた。なぜなら、私は料理ができるからだ!。フードプリンターの普及と発展、そして5つ星級の料理が簡単に生成できるようになったことで自ら料理する人は現代ではほとんど見かけない。それでも2700兆の銀河系市民のうち、400億人は料理をするのだ。
保存技術が進んだ現代において野菜や肉は数億年経っても腐らないほど防腐加工がされており、料理用の野菜や肉、卵も銀河内では広く流通していた。貨物船が運ぶものの大半はこれらの食材であった。
ローディー・デイス号は私にとって家であり、当然、料理用の食品もたくさん置いてあった。
キッチンに行き、冷蔵庫を見てみる。今にも崩れそうなぐらい食材が詰め込まれていた。
「食べ物については少なくとも、今心配することではないかな」
じー。
何か視線を感じる...。振り返ると、コフィがカウンターの端っこに隠れてこちらを覗いていた。顔みえてるのでバレバレだけど。
「見てみる?」
たぶん、冷蔵庫やキッチンが珍しいのだろう。一般にはなかなかないものだ。てくてくと駆けてくると、キッチンを見回した。可愛い。
「料理、できるの?」
「まあ、人ほどにはね」
実際、それなりに自信はある。
「へえ」
「何か作ろうか?」
「...ドーナツできる?」
そういえばコフィは何歳なんだろうか。見た目は15、6歳ぐらいなんだけどなあ、でも会長なんだっけ。私の横に並ぶと、その身長差がよくわかる。140もないんじゃなかろうか。
「昔お菓子作りしてたからね、作れるよ。材料あるかなあ」
下の棚を漁る。薄力粉とベーキングパウダーは奥の方にあった。だけどベーキングパウダーよりもイーストを使った方がもちもちしておいしいので今回は使わない。
「ドーナツ好きなの?」
「まあ、パパとママ達よりも」
コフィのパパママ泣いちゃうよ。
「...そっかあ。美味しいよね」
「ドーナツは世界で一番美味しい食べ物だから当然」
「じゃあ作るからあっちで待ってて」
子供なんだよな、行動が。でもおかしいな、私より仕事できてたぞ。
まあ、料理するんだから、そんなこと考えていられない。
キッチンの棚の奥底に眠っているボウルやらミキサーやらヘラ、大さじスプーンをテキパキと見つけ出しカウンターに並べる。
クッキングタイムだ。
温めたバターに卵黄、グラニュー糖、牛乳を加えて混ぜる。白っぽくなったらふるった薄力粉とイーストを加えてよく混ぜ、まるくしてラップでつつむ。ここでイースト菌によって生地が発酵して膨らむまで30分ぐらいパン用の発酵器に入れて30℃ぐらいで温める。温かいところの方が発酵が早くすすむからだ。
そして取り出したら何個かに分けてベンチタイムだ。乾燥しないようにラップをかぶせ、濡れたふきんを置く。生地はくっつかないように離しておく。
生地は初めの段階ではピンと張っていて無理してドーナツの形にしようとするとグルテンが切れちゃうのだ。グルテンはドーナツのもちもちのもとなので、切れちゃうともちもちではなくなってしまう。だからベンチタイムをとって生地をなじませるのだ。
15分ぐらいたったら生地をドーナツの大きさに分ける。まるくこねたら真ん中に指をさしこんで回転させながら穴をつくる。もう、ほぼドーナツの形だ。そして再び発酵器にいれて発酵させる。出したらすこしだけ乾燥させる。
最後に150℃ぐらいの油で揚げる。片面ずつ2分半ぐらいペーパーで油をふき取りながら揚げるのだ。あんまりあげすぎるともちもち感が分かりにくくなってしまうから重要だ。
お砂糖をまぶしたら、おいしいもちもちドーナツの完成。10個ぐらいつくったので、お砂糖以外にもチョコやイチゴチョコをかける。さすがにチョコはフードプリンターでつくったものだ。
久しぶりにお菓子を作ったかもしれない。前に作ったのはまだ親がいるときだった。
「できたよ」
コフィは料理中はクインの案内で船内を探検していたみたいだが、いい匂いにつられてキッチンに来てた。
「!?おいしそ」
リビングに行くと机にティーポッドとカップが用意されていた。湯気が立ち昇っている。お皿とミセスードーナツの紙ナプキンもある。
「紅茶用意してくれたんだ、ありがとう」
「...どういたしまして」
照れてんのかな。
テーブルの真ん中にドーナツがのった大皿を置いた。
「はい、熱いうちに召し上がれ」
「いただきます....ん~!」
コフィはあっという間にぺろりと一個平らげた。
「なかなかやるじゃない、おいしかった」
満足いただけたようで何よりです。
「そう、ありがとう」
やっぱ人間の娯楽とは食にあるんだよな。こればかりは人類が竪穴住居に暮らしていたころから、スペースコロニーや宇宙船で生活するようになっても不変だ。
「そいえばさ、コフィは何でこの船に乗ってたの?」
「ギク...ドーナツおいしかった。また食べたいなあ」
「うん、いつでも作ってあげる。で、何で?」
「...」
コフィは口ごもる。
「ドーナツ、おいしかったんだよね?」
必殺のカード。餌付けされてしまったコフィは窮地に陥る。
「えっと........ぇでしてきたから」
良く聞こえない。
「ごめん、もう一回」
「...いえで」
いえで...?
「家出してきたの?」
「うん...」
コフィは暗い顔をしている。事情はあまり掘り下げないほうが良さそうだ。
「で、家出してきたのはいいけど...。どうしてこの船に乗ってきたの?」
「...」
結局、コフィは黙秘権を行使し、この船に乗った理由を聞き出すことはできなかった。
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