ハロウィンはコスプレ大会ではない
@akahara_rin
ハロウィンはコスプレ大会ではない
「いやあ、そろそろハロウィンだねえ」
10月も半ば、バイト先の店長はのんびりとした口調でそう言った。
「確かにそうですけど、うちでも何かやるんですか?」
閑古鳥の鳴く、ランチタイムだというのに客の一人も入らないカフェ。こんな店にバイトが必要なのかと時々思うが、時給が変わらない以上、雇ってもらう店が暇でも私は困らない。
まあ、潰れられたら困るのだけれど。
「そりゃあやるでしょ。ビジネスチャンスだよ?」
「始めるには遅すぎませんかね」
普通、そういう催し事を企画するなら、前の月には準備をするだろうし、10月の頭には始めるだろう。
今から準備を始めるのは、いくら何でも遅すぎる。
「それに、売り上げなんて気にしてたこと、ないじゃないですか」
「お金のためのお店じゃないからね」
なら何のための店なのか。
からからと笑って、店長は磨いていたティーカップを棚にしまった。
「まあそれは良いじゃない。ほら、何かしたいこととか無い? 今なら何でも良いよ」
「いいです。私、ハロウィンあんまり好きじゃないので」
友達の少ない私にとって、全てのイベントは煩わしい面倒ごとだ。
特にハロウィン当日は、ばかみたいに人が集まる所為で喧しいし、道にゴミが溢れていて不快で仕方ない。
「そうなの? 楽しいのに」
「コスプレ趣味なんて無いですし」
「いやいや、傍目から見たらコスプレだけどね。あれはあくまでも、仮装だよ」
「一緒でしょう?」
「本当は違うんだよ。まあ、最近は誰も気にしていないけど」
少し悲しげに、店長はそう言った。
しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っている。
「まあそれはさておき。なら、ハロウィン当日はお休みにするかい?」
「もうシフト入れたじゃないですか」
「別に休んでも良いよ? どうせお客さんはそんなに来ないし」
稼ぎ時の飲食店としては致命的な発言であるが……まあどうだって良いか。
「普通に出ますよ。暇なので」
「そっか。うん、よろしくね」
◆
そして瞬く間に時は流れ、ハロウィン当日である。
当日だというのに、やはり店はガラガラだ。
「これじゃあ、お菓子余っちゃうねえ」
サービスとして用意した、ハロウィン仕様の飴玉とクッキー。
無駄に張り切った店長が用意したそれらは、味も見た目も素晴らしい出来である。あるのだが、そもそも人がやって来ないので、意味は特になかった。
「というか、碌に宣伝もしてないんだから、人が増えるわけないじゃないですか」
あまり人通りが多い場所に構えられた店ではないし、行った宣伝といえば、店の前の看板にサービスの内容を書いただけだ。
正直なところ、本気で客を増やせると思っていたのか甚だ疑問である。
「でも、これとか良い出来だよ?」
「良い出来なことを知ってるのは私くらい、という話をしてますね」
「こんなに美味しいのに?」
「私と店長以外誰も食べたことないじゃないですか」
おふざけ半分でそんなやり取りをしつつ、私は勤務時間と授業時間を浪費していく。
そう。今年のハロウィンは木曜日である。
学生である私も、本来なら学校でお勉強をしていなければならない。
「にしても、暇だねえ」
当然、店長だってそれは知っている。
それでも何も言わず、サボりを見逃し、時間潰しに付き合ってくれるのだから、ありがたい話だ。
「……そうですね」
「18時まで、あと1時間くらいか」
ちらちらと、時計を見ながら店長は私に目配せをした。
「早めに帰れって話ですか?」
「うん、絶対混むからね」
「……」
「大丈夫だよ。君の学校、この辺から遠いし。今のタイミングなら誰とも鉢合わせないさ」
「……そういうのじゃないです」
別に、そんな幼稚な理由で渋ったわけではない。
まあ確かに、会いたくないのは事実だが。
「最後までいたら、迷惑ですか?」
「迷惑じゃないけどね。そろそろ帰らないと、本当に帰れなくなるかもしれない」
「……? いくら混んでも、流石に帰れないことはないと思いますけど」
「いやいや君ね。それはハロウィンを舐めすぎだよ」
そして半ば無理やり、私は帰ることになった。
◆
「こ、これヤバいかも」
確かに、私はハロウィンを舐めていたようだ。
17時、夕方の終わりかける時刻には、既にハロウィンが始まっている。
そこかしこを闊歩するのは、白髪のサングラスと妙な前髪ロン毛の学ラン。
猫も杓子も廻る呪いにご執心なようで。
スタイル以外は誰も彼も似たような格好をしている。
テンプレートなゾンビやお化けの仮装は、最早逆に珍しいと言える有様だ。
辟易としながら人混みを進んでいく。
人の壁は思っていたよりも邪魔で分厚い。
一つの信号を進む毎に、10分近く掛かっているような気さえする。
そんな時。
「ぁ」
視線の先に、見覚えのある顔ぶれが見えた。
慌てて建物の影に隠れたが、よく考えれば別に必要なかっただろう。
この人混みで、私一人を見分けるのは難しいだろうから。
しかし、その時の私は、そんなことにも気付けないほど動揺していた。
「店長……嘘吐き」
見えたのは、私のクラスメイトたちだった。
クラスのSNSグループにも参加していない私は知らなかったが、どうやら彼らもこのコスプレ大会に参加する予定だったらしい。
動悸がする。
見つかりたくないのは、サボりを咎められるのが嫌だから、というだけではない。
フラッシュバックする嫌な記憶を振り払うように、私はしゃがみ込んで自分の鞄に顔を押し付ける。
「すぅ……はぁ」
深く息をして、心臓を落ち着ける。
それから鞄からスマホを取り出そうとして。
「あ、あれ?」
無い。スマホが。
ポケットを漁って、鞄をひっくり返しても。
あの万能の板切れは影も形も見当たらなかった。
落とした場所の心当たりは、ある。
というか、そこしかない。
だって、最後にスマホに触ったのは、店長のお店だったから。
「……」
別に、帰れないわけではないけれど。
スマホが手元にないという精神的な負担に耐えれそうもなかった私は、お店に戻ることにした。
◆
「あれ」
お店の電気は、既に消えていた。
あれから一時間も経っていない。
営業終了時間はまだのはずだ。
「店長?」
扉に手を掛けると、どうやら鍵が掛かっているようだ。
鞄から合鍵を取り出し、私は店の鍵を開いた。
「こんばんはー」
いつも通り、しかし挨拶だけは時間に合わせてお店に入る。
やはり店内は真っ暗だが、外から入る灯りの先に、私のスマホが見えた。
「あった!」
回収し、電源を付けてみる。
充電は54パーセント。
家に帰るだけなら、これだけあれば充分だ。
お店を閉めていたのは不思議だったが、長居する理由もない。
店を出て、私は改めてお店の鍵を閉めた。
そして、再び帰路を歩み始めたのだが。
「なんか、人が少ない?」
同じ道を歩んでいるはずなのに、先程より明らかに人が少ない。
おまけに、本当に掃いて捨てるほどいた白髪とロン毛が一人残らず消えている。
その代わりにいるのは、テンプレートな仮装であり、流行りではなかったお化けやゾンビにスケルトン達。
些か以上に不思議ではあったが、気にする意味もあまりないだろう。
そう思い、駅に向かおうとして。
「あの、すみません」
背後から声を掛けられた。
少し驚きながら振り返ると、そこにいたのはスケルトンの仮装をしている人だった。
「何です、か?」
私の言葉が不自然に途切れたのは、単純に驚いたからだ。
何せ、そのスケルトンの仮装は異常にクオリティが高かった。
全身タイツに骨がプリントされているわけではないようで、肋骨の隙間から、背後の景色が透けて見えたのだ。
「き、」
「き?」
「きゃあああああ!?!?!?」
叫びながら、私は全力疾走で逃げ出した。
◆
一先ず、私はどこかの路地裏に避難した。
「何だったんだろう……」
あの異常なクオリティのスケルトンは。
普通、スケルトンのコスプレは全身タイツが相場だと思っていた。
だが、タイツでは背後は透けない。
もしかしてあれか。薄くて曲がる液晶画面があって、それをタイツに貼り付けているのかもしれない。
すごい技術パワーだ。ノーベル賞待ったなし。
「んなわけないでしょ……」
よしんば可能だったとして、どれだけの金額が必要なのかという話だ。
ちら、と私は路地裏から外の通りを確認する。
車の一台も走っていない道路を練り歩くのは、先ほど見かけた、のとは違う(多分)スケルトンや、ゾンビにお化けにかぼちゃ頭にetc。
どいつもこいつも異常にコスプレのレベルが高い。
スケルトンはみんな液晶搭載モデルのようだし、ゾンビは謎の液体を滴らせている。お化けは何か浮いてるし、かぼちゃ頭は一番普通に見えるが、くり抜かれた目ん玉がおどろおどろしく光っている。
これがもし現代科学の結晶だというのなら、この文明は一度リセットされるべきだろう。
「う〜、何なのぉ?」
誰かに助けを求めようと、私は先程回収したスマホの電源を付けた。
そして、店長に助けを求めるため電話を掛けようとして。
「嘘、圏外!?」
コンクリートジャングル、もといハロウィンの中心には、何故か電波が届いていなかった。
何かのバグかと思い再起動してみても、やはり電波は帰って来ない。
「何で何で何で……」
何度再起動してみても、電波は入って来ない。
徒に電池が消費されていくだけだった。
助けは、呼べそうにない。
「うぅ……助けて店長ぉ……」
届くはずもないのに。
私は半べそになりながら、知っている中で一番頼れる大人に呼びかけた。
「あれ、何やってるの!?」
その声には、聞き覚えがあった。
パッと見上げれば、そこにはお面を外した姿の店長がいた。
「て、店長!」
「うぉっと。こらこら、危ないでしょ」
恥も外聞もなく、私は店長に飛びついた。
未だ状況は少しも分かっていなかったが、この人がいれば大丈夫という確信があったのだ。
「もう、帰ったんじゃなかったの?」
「あ、あの、お店にスマホ忘れて、取りに戻ったら真っ暗で……」
「あー、もういいよ。分かった分かった。怖かったでしょ。もう大丈夫だよ」
ぽんぽんと、店長は私の頭を撫でた。
普段ならセクハラですか、とでも憎たらしく返すかもしれない。だが今の私には、とてもそんな余裕はなかった。
「て、店長、あの仮装の人たち……」
「うーん……気になるだろうけど、今は内緒。それより、お店に戻ってから何か食べた?」
「え? い、いや」
食べていない、と言おうとした時、私のお腹がぐぅと鳴った。
安心感からか、それともどんな状況でも身体は正直ということなのか。
どちらかは分からないが、くすくすと笑う店長と熱くなった私の顔からして、空耳ではなかったことは確かなようだ。
「うん、何も食べてないなら良いんだ。ほら、これ食べて」
そうして渡されたのは、ハロウィンのサービスとして店長が用意していた飴玉だった。
言われるがままに口に運び、ころころと舐める。
優しいお砂糖の味だ。美味しい。
「もう何個か持っておきなさい」
「え、何で」
「いいから。舐め終わったら、すぐに次を口に入れるんだよ」
私に沢山の飴玉を持たせて、店長は外していたお面を再び被る。
そして、私の手を取った。
「ほら、帰るよ」
◆
店長に手を引かれ、私はハロウィンの中を歩いていく。
時折、お化けやゾンビに声を掛けられて、私は店長に言われるがまま飴玉を渡した。
いわゆる、「トリック《trick》 オア《or》 トリート《treat》」というやつなのだろう。
店長と共に歩いていると、私にも周りを観察する余裕が出てきた。
ゾンビやお化けはそれぞれ格好や表情が違う。
かぼちゃ頭は、くり抜かれた意匠がそれぞれ異なるようだ。
スケルトンは一番分かりにくいが、背の高さや骨の太さが違うことが分かった。
どれも同じに見えていたが、きちんと個性があるらしい。だから何というわけでもないのだが、それが何だか可笑しかった。
そして、三つばかりの飴玉を舐めきり、店長に渡されたのは飴玉が尽きた頃、ようやくお店に着いた。
「何か、やけに遠くありませんでした?」
「ちょこちょこ声を掛けられていたからじゃない?」
そう言われれば、そんな気もする。
ハロウィンにお菓子を渡すなんて、生まれて初めてだった。まともにハロウィンに参加したのは、確か小学校の頃が最後だ。
あの頃は、渡すのではなく貰う側だった。
そんなふうに昔に思いを馳せていると、店長が店の鍵をガチャリと開いた。
「ほら、おいで」
お店の扉をくぐる。
くぐった瞬間、私の耳に飛び込んできたのは喧騒だった。
ハロウィンに相応しい、喧しい人間の音。
そこでようやく、先程までの場所が静まり返っていたことに気付けた。
「あの、店長」
戻って来れたことだし、あの仮装とは思えないリアリティの怪物たちについて、聞こうとする。
「さて、無事に帰って来れたことだし、今日はもう帰りなさい」
「え、ちょ」
「ほらほら、もう19時だ。子供はお家に帰りなさい」
「ちょっと!?」
ぐいぐいと背を押され、私はお店を放り出されたのだった。
◆
翌日。11月1日。
昨日のことを問いただすため、私は朝からお店にやって来ていた。
学校? 細かいことは良いんだよ。
何事もなかったかのように営業している店の扉を、私は力強く押し開けた。
「店長!」
「おや、おはよう。どうしたの? 今日、シフトは入っていなかったと思うけど」
いけしゃあしゃあと、店長はそう言った。
相変わらず他にお客さんが居ないことを確認して、私は店長に突っかかる。
「おはようございます! 昨日のことなんですけど!」
「あぁ、夜遅かったけど、無事に帰れたかい? お母さんに怒られなかった?」
「帰れましたし、怒られませんでしたけど、そっちじゃなくて」
「他に何かあったっけ?」
そう言ってとぼける店長に苛立って、私はずかずかと店長に詰め寄り。
「もがっ!?」
口に放り込まれた飴玉の所為で、無理やり止められた。
急なことに、喉に詰まらせないことが精一杯の私に、店長は言う。
「昨日は、何もなかった。
本物のスケルトンやゾンビ、
ゴーストもジャックも居なかったんだ。
良いね?」
それは優しいけれど、どこか威圧的な言葉だった。
しかし、私は諦めきれずに店長を睨む。
すると店長は困ったように笑った。
「本当に、何もなかったよ」
「嘘吐き!」
「嘘なんて吐いてないよ。君が夢でも見てたんじゃない?」
夢。
そう言われれば、そうなのかもしれない。それくらい、あの光景は、あの世界は現実味がなかった。
それでも、口に詰められた飴玉は、昨日と同じ優しいお砂糖の味を主張していた。
◆
「まあ、そうだな。また来年、君がこのお店にいたら教えてあげる」
「約束しましたからね! クビにするとか無しですよ!」
「はいはい。君こそ、辞めたくなったらいつでも言って良いからね」
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