指先の想い出

家部 春

指先の想い出

 伯爵家の三男、エリヤス・フォン・キルシュはうんざりしていた。実家から「卒業するまでに誰かいい人を連れて来い」と催促さいそくされているからだ。


 エリヤスは王立学園卒業後、実家の長男の家来になる。もしくは、女性しか後継者のいない貴族の家に婿入りするしかない。実家からは学園の生徒の間だけは自由にして良いと言われていた。最終学年の今、卒業までに自分で恋人なりを連れて行かない限り、適当な家格の適当な女性と結婚させられるだろう。


 だが、エリヤスは結婚に希望が持てなかった。女性は見栄っ張りで、人の表面しか見ていない、それがエリヤスの女性一般に対する感想だ。


 エリヤスは美しい。その容姿に惹かれて交際を申し込まれることはとても多い。


 濃紺の宵闇色よいやみいろの髪にきめ細かくすべすべとした象牙色の肌。丸いおでこはかわいらしく、整えなくても綺麗に生えた眉は柔らかなアーチ形だ。髪と同じ夜空色のまつ毛にに彩られた瞳は淡いブルーで星のように輝いている。控えめな鼻梁だがすっきりと整っていて上品に見える。小さめの薄い口はいつもつやがあり、唇の左側下にあるほくろがセクシーさを添えている。男子学生がほとんど体を鍛えている中、エリヤスは運動はあまり得意ではないのでほっそりとしている。身長は平均より少し高い178センチメートル。腰は高く、足が長い。エリヤスは中性的な容姿で、人に威圧感を与えることは無い。ボーイフレンドとして連れて歩くにはちょうどいいのだろうとエリヤス自身は自嘲気味じちょうぎみだ。


 一般的に王立学園に通っている貴族の令嬢は、幼少期から婚約者が決まっていることが多い。女生徒に毎週のように告白され、デートに連れまわされるが、エリヤスがその恋に本気になると「幼い頃からの婚約者がいる」だの「嫡男の方が良い」だの言われる。最終学年になると、そのデートの申し込みも下級生から「先輩が卒業するまで遊んでください」と言うものに変わった。あと、婿養子を探している令嬢にとっては、成績は下の中、剣術は下の下でしかないエリヤスは初めから眼中にないのだろう。


 だから、エリヤスは自分の容姿が好きではなかった。自分でも鏡を見るたびに人形の様だなと他人事のように感じる美貌びぼうだが、その美貌で何かを成せるほどエリヤスは頭も良くなかったし、悪い人間でもなかった。


 そして物心がつく前から、エリヤスには不思議な感覚が備わっていた。指の感覚がとても鋭いのだ。だから、握手をしただけで、その人の緊張度や大まかな体調などを知ることができたし、大体の嘘が見分けることができた。


 貴族女性はほとんど男性との接触をしない。エリヤスの想いが募ってお互いの手を握るまで関係が進まないと、その感覚が働かない。そして、真実を問うと裏切られる。いくらモテていても女性不信と言っていいほど、エリヤスは傷ついていた。


 ※ ※ ※


 そんなある日の昼休み、中庭でいつも一緒にいる三人の男子生徒達とふざけながら歩いていると、ベンチに座っていた女子生徒にぶつかり、その女子生徒のお弁当をひっくり返してしまった。


「あっ!すまない。大丈夫だったか?」


 咄嗟とっさに拾い集めた弁当箱を渡す時、女子生徒は目をまん丸にして、エリヤスの親指を見つめている。そして顔を食い入る様に見られる。よくある事だ。きっとエリヤスの顔に見とれているのだろう。エリヤスもその女子生徒の顔を見る。多分、同級生なのだが地味で大人しそうなので、今までかかわったことも無く名前も知らない。


「すまん。弁当をダメにしてしまったな。何か買ってくるか?」


「いえ。大丈夫です。ほとんど食べ終わっていましたから」


 女子生徒は落ちた弁当を片付けながら、首を横に振って言った。さりげなく見ているがエリヤスの指を気にしている様子だ。


 エリヤスはそっとコンプレックスの親指を隠した。全てが美しいと思われるエリヤスだが、ただ一つ皆に残念がられるのが手、特に指なのだ。何故か、剣術も得意ではないのに手はごつごつと大きく厚い。まるで農夫の様だ。そして親指は特に長さが短く、爪が縦より横に長いので更に指先が丸く見える。今までもエスコートする際に手を差し出すとギョッとされることが多かった。


「そうか。名前を教えてくれないか?お詫びがしたいんだ。私はエリヤス・フォン・キルシュだ」


 女子生徒はエリヤスの瞳を見つめ頬を染めながら言った。


「エリヤス……様。私はマリー。マリー・フォン・ブラバンです。お詫びなど、必要ありません。お気遣いいただきありがとうございます」


「そうか?でも、悪いから。明日も中庭にいる?」


「はい……」


「じゃあまた、明日、昼休みここで会おう」


 マリーの返事を聞く前に、軽く会釈をして友人達のもとに戻った。断られるのが怖かったからだ。思えばエリヤスから約束を取り付けた女性はマリーだけだ。


 三人の友人達はニヤニヤと笑いながら、エリヤスを揶揄からかう。


「エリヤスは派手な女たちに裏切られたから、趣味が変わったのか?マリー嬢は誠実そうだからな!ああ、マリー嬢は男爵家の一人娘で婿を探していたはずだ。マリー嬢が優秀だから、お前が婿に行っても領の事はマリー嬢に任せて、遊べるぞ!」


「何を言っているんだ。ブラバン領は貧乏領地だぞ!マリー嬢は返済不要の奨学金があったからなんとか学園に通えたけど、エリヤスが遊んで暮らせるような金は無いぞ。きっとメイドや執事を雇う金も無いから、マリー嬢が働くなら、エリヤスが家事をしなければいけないんじゃないか?」


「なんだ?エリヤスが洗濯やら掃除やらして厨房に入るのか?それは先鋭的せんえいてきだな。見てみたい気もするぞ!」


 友人達は悪びれず、口々にいい加減な事を言っている。だが、エリヤスにはそれより何か大事な事をマリーに言い忘れたような気がしてならなかった。必死に思い出そうとするが、マリーとは初めてまともに話したはずだ。その前の接点などは無いに等しい。その日からエリヤスはマリーの事が気になって仕方がなくなった。


 翌日、昼休みになるとエリヤスは友人たちが集まるのを待てずに急いで中庭に行った。まだ来ていないマリーを木に持たれながら待つ。バタバタと騒がしい友人たちがマリーを連れてきてくれる。そして三人はニヤニヤ顔で木陰から二人を観察することに決めたようだ。


「あ、あの、マリー嬢。昨日は弁当を落として悪かった。これは、ウチの料理長のクッキーだ。良かったら食べてくれ!」


 エリヤスは綺麗に包まれたクッキーの箱を押し付けるようにして渡すと同時に教室に向かって走り出した。返事を聞く前に走り出したエリヤスを追いかけ、三人の友人達はそれぞれマリーに手を振ったりウインクしたり「またねー」と声をかけ去って行った。


 マリーは綺麗な箱を胸に抱き、頬を染め、嬉しそうにクスクスと笑いながら見送っている。


 次の日からエリヤスは奇行に走っていた。朝早く登校し校門の近くで待っていてマリーの顔を確認すると挨拶もせず教室に戻ったり、用も無いのにマリーのクラスに行ってマリーを見つめたり、マリーが図書館に行けば図書館に、職員室に行けば職員室に出没した。昼休みは大体中庭にいるマリーを二階の廊下からずっと眺めて、帰りはマリーが利用する辻馬車の停留所まで後ろから歩いて見守り、乗り込んだのを確認してから伯爵家の馬車に改めて乗って帰宅するなど、完全にストーカーと化していた。


 その異常な状態を、大体の生徒は気付いていた。だが、今までの可哀想な恋愛遍歴を知る者は、貧乏でも爵位がある令嬢を結婚相手に選んで、見極めているのだろうと放っておいた。もうすぐ卒業なのだ。皆、将来の準備の為、ただ美しいだけの令息には興味を無くしていた。


 エリヤス本人はストーキング行為に夢中で回りからどう思われているかは考えられない状態だった。マリーにおいては、まさか地味で目立たない貧乏男爵家の自分がストーカー行為をされるなど微塵みじんにも思っていなかった。だからエリヤスに会うたび「ごきげんよう。エリヤス様」と微笑み、エリヤスの手元を見つめてそっと俯くだけだった。


 ※ ※ ※


 卒業間近の昼休み。例のごとくエリヤスと友人三人は、中庭で読書をするマリーを二階の廊下から見ていた。


「なあ、エリヤス。この間から、お前は明らかに不審者だ。何であんな地味で目立たない貧乏な令嬢に惹かれているかは俺達には全く分からないが、才女で、気立ても良いようだ。婚約者もいないらしい。気になるんだったら、声をかけてみれば良いじゃないか。卒業したら領に帰ってしまうぞ。そしたら、なかなか声をかける事も出来ないんだ。もう、顔も名前も知っているんだから、告白するだけだ。簡単じゃないか!」


「いや、マリー嬢は恋愛だけじゃない様な……。懐かしいと言うか、匂いを嗅いで、触りたいというか……」


「それ以上は言うな!やっぱり変態じゃないか!!」


「いや、何か理屈じゃないんだよな。でも、マリー嬢に嫌われたら生きていけない……」


 エリヤスにはこの気持ちが何なのかも分からない。ただ女性として好きだとか、それだけでは言い表せない様な大きな気持ちだと感じている。


 もうすぐ卒業だ。友が言うように、マリーが領地に帰ると接点が無くなってしまう。だが、もし告白をマリーが受け入れてくれなかったら思うと行動に移せない。


「女なんか、選り取り見取りだと思ったお前が、すぐ落とせそうな女性を前にしり込みしてるなんていい気味だぜ」


「気軽な三男坊は良いよな。自由に相手を選べて。長男は家の為に結婚し、次男はスペア。俺たちは卒業後は領地に縛られる」


「そうさ。俺たちのエリヤスは自由だ。当たって砕けたって、その顔だ。社交界に出れば、面食いのお姉さんに見初められるさ」


「お前はそんなに臆病者だったのか?マリー嬢は誠実そうだから、お前を弄ぶ様なことはしないさ」


「ほら、ウチの妹が贔屓ひいきにしている菓子店のチョコレートだ。告白する時に渡すと良いらしい」


「これは園芸部の温室から拝借してきたバラだ。ちゃんと棘もとったぞ」


「俺達、お前が心配でさ、皆で考えて準備したんだ。尊い友情に感謝しろよ!」


 エリヤスは手のひらに載せられた可愛い箱に入ったチョコレートと綺麗なピンクのバラを見て驚いている。三人はエリヤスを背中から押し、中庭に進ませる。中庭にはポツンと小柄なマリーがベンチに座って読書を続けていた。三人がマリーを呼ぶ。顔を上げたマリーにドキリとする。近付くにつれ、彼女を隅々まで見てしまう。


 すっかり顔なじみになったマリーが言う。


「ごきげんよう。エリヤス様」


 落ち着いていて、少しハスキーな声。侍女やメイドもいないのだろう。グレーの髪の毛は丁寧に梳かれているが、素っ気なく三つ編みにし、両サイドにおろしている。全身の全ての造りが小さく、小動物を思わせる。色あせているが丁寧にアイロンがかけられ、大切に着ていることが分かる制服。細く、小さい手なのに家事をしているのか、所々指先にアカギレが見られ荒れている。その手を見てエリヤスは涙を流していた。


「エリヤス……様?どうされました?」


 マリーが心配げにハンカチを渡してくる。ふんわりとミントの香りのするハンカチの匂いを嗅ぎ、ますます涙が止まらない。


「エリヤス様、お座りになって」


 エリヤスはマリーに手を引かれ、ベンチに座る。


 ああ、この声、この手を俺は知っている!


 エリヤスは、自分やマリーが貴族だと言うことを忘れ、マリーの手を取りそっと撫でる。手先の荒れた感じ。かさついた、細くて薄く小さい手。夏でも冷たい指先。エリヤスは目をつむり、マリーの顔を撫でる。マリーは無抵抗だ。


 小さい頭蓋骨。丸い後頭部。小さな丸い耳。痩せてはいるが柔らかい頬の肉。顎は細く尖っている。首も細く、なで肩に続く……。エリヤスは目を瞑ったまま夢中になって顔中を撫で、近寄り、匂いを嗅ぐ。


 物陰で見ていた友人三人は、あまりにも突飛なエリヤスの行動に度肝を抜かれ固まっていた。エリヤスの行動は貴族が、ましてや昼間に学園の中庭で堂々とするものでもない。受け入れているマリーもおかしい。あまりにも驚きすぎて声が出ないのかも知れない。止めに入るべきかお互いに見合っていると、エリヤスがマリーの手を取り名前を呼ぶ。


「マリ?真理まりだろう?」


 思わず名前が口をついて出てきた。マリーは驚愕の表情でエリヤスを見つめる。マリーの目にも涙が見る見る間にあふれてくる。そして、エリヤスの手を取り、愛おし気に頬にあて、キスをする。


「エリ、ヤス、シ、さん……やすしさん!」


 エリヤスは完全に思い出した。自分が盲目の鍼灸師、江里 康えり やすしと言うことを。そしてマリーは妻の真理まりだと言う事も。


 ※ ※ ※


 やすしは生まれつき盲目だった。盲学校に通い、鍼灸・あん摩マッサージ師の国家資格を取得した。真理は地元の商業高校を出て、康が就職した大きな鍼灸院の事務をしていた。康は鍼灸院では職員に「エリヤス」と呼ばれていた。もう一人名前が「やすし」がいたからだ。


 二人は恋に落ちた。社内恋愛禁止だったため何年か秘密にしていたが同棲を機に、二人で鍼灸院を辞めた。平屋の借家を借り、自宅で「江里鍼灸・あん摩指圧マッサージ院」を開いた。


 開院してからも一~二年は貧乏だった。


 真理は少しでも鍼灸院が綺麗に見えるようにと庭ににハーブを育て始めた。色々な事に使えるからと、せっせと百均で買ったハーブの種を植える。あっと言う間に小さい庭はミントに侵食された。真理と笑いながら一緒に庭のミントを抜く。家じゅうがミントの少し青臭くさわやかな香りで満たされた。それからも真理と一緒にハーブの種類を増やしながら慎ましやかな生活を楽しんだ。


 盲目でも、使い慣れた家なら自由に動ける。真理と料理も洗濯も掃除も一緒にする。感覚の鋭い康は、洗濯物を干すのが得意だった。几帳面に干され畳まれた洗濯物は、真理からいつも称賛が贈られた。


 江里鍼灸・あん摩指圧マッサージ院は少しづつ認知されていった。軽自動車を買い、真理が運転し、出張マッサージも請け負った。固定客もついてきた。隣町から「先生のマムシ指が、良いところをほぐしてくれる」と評判を聞いて来てくれる患者さんも出てきた。


 生活が安定してきても、二人はまだ入籍していなかった。


 康の短い指を働き者の手だといつも褒めてくれる真理は、今日も康の手を取り頬ずりをしながら言った。


「康さんの目が見えていたら、私なんか選ばないよ。康さんはすごく素敵だもの」


 それは真理の嘘だと分かっている。康の顔について両親や兄弟など周りの人からそんなことを言われたことはない。自分で触ってみても分かる。ラジオや本で言うイケメンの定義とは大きく異なっているからだ。低く大きい鼻。ごつごつした顔の輪郭。小さい目。大きく厚い唇。だが、真理の言葉は否定しない。


 康は真理の顔を優しく撫で、華奢な体を抱きしめながらこう答える。


「真理。顔なんて、一枚の皮。骨格だって数ミリ違うだけだよ。俺にはこの俺の中にすっぽり入ってしまう真理が好きなんだよ」


「こんな鶏がらみたいで貧相な体だし、手だってガサガサだし」


「小さな胸は大好きさ。手は軟膏を塗ってあげるよ。俺はちょっとした傷も分かるからね」


 真理は顔を火照らせ軟膏を康に渡す。手の中の細く薄く小さな指に軟膏を塗る。真理の手も働き者の手だ。夏でもひんやりした真理の手を頬に当て、自分の手を添える。愛おしいと心から思った。


 生活が更に安定して、必要なら従業員を雇えるくらいになった時、康は真理にプロポーズをした。


 同棲し、開業してからすでに五年も経っていた。康の両親は涙を流して喜び、真理の両親には「長すぎる春になるかと心配していた」と苦言を呈されたが、なんとか結婚を許された。


 入籍だけで済まそうと思っていたが、真理の母親から写真だけでもと言われ、フォトスタジオで真理は白無垢と白のウェディングドレスを着て写真を撮った。康は添え物程度だったが、喜ぶ真理を感じて義母の提案を受けて良かったと心から思った。


 それからは、子どもが二人産まれた。長男は土木科のある高校を出て町役場に入った。長女は専門学校で鍼灸・あん摩マッサージ師の国家資格を取得し、実家を手伝った。長女の卒業を機に、中古の美容室だった家を買い、リフォームして「江里鍼灸・あん摩指圧マッサージ院」を続けた。


 少しだけ広くなった庭でハーブを育てるのが夫婦の趣味だ。長男は近くに家を建て、子どもも三人いて、一番上はもう高校生だ。長女は同居し「江里鍼灸・あん摩指圧マッサージ院」の副院長として続けてくれている。専門学校の同級生と結婚し、子どもは中学生の女の子一人。院長である婿の名字に鍼灸院の名前を変えても良いと言っているが、婿は「お義父さんの名前の方が通じるから、そのままでいい」と言ってくれる。少し気の強い長女を優しくフォローしてくれる良い婿だ。康は常連さんの指名の時だけ鍼灸やマッサージをしている。


 その日は隣町の常連さんから指名があり、真理と一緒に出張し、帰ってきている時だった。トラックが中央線を越え、軽自動車に正面から追突したのだ。二人は交通事故で亡くなった。亡くなるまで少し意識があったのか、二人の手はしっかりと握られていた。


 一瞬だった。白昼夢を見たのだろうか。でもしっかりエリヤスの中に記憶として残る自分とは別の七十余年の盲目の男の幸せな記憶があり、目の前のマリーが「真理」だと理解している。そしてマリーもエリヤスを「江里康」だと理解していた。


 二人は視線を絡ませ、お互いの手を取ると、少しも離れていたくないときつく抱き合った。


 ※ ※ ※


「いやー、あの時白昼堂々抱き合うだなんてビックリしたよ!」


「そうだよな。エリヤスだけならともかく、マリーまでキスする勢いだったよな?」


「俺たちの隠ぺい工作が無ければ、卒業前に退学処分になってたかもしれないぜ」


 三人は久しぶりに、エリヤスとマリーに会いにブラバン領にやってきていた。もう卒業から7年経つ。それぞれ結婚し、子供もいる。それでも、定期的にこのように集まり、他愛もない話をして一泊して帰るのだ。


 馬車が広がるラベンダー畑を進んでいく。マリーが領主として手腕を発揮し、今はもう誰もブラバン領の事を貧乏領地とは言わなくなった。


 領主邸としてはいささか小ぢんまりしすぎているが、居心地のいい屋敷に着く。馬車を出迎えてくれたのはエリヤスとマリーだ。この家には、通いの庭師やメイドが数名いるだけだ。


「「いらっしゃい」」


 二人の笑顔がこの上なくまぶしい。


 三人は告白をそそのかした自分たちはいい仕事をしたと、自画自賛する。何といっても、この後のエリヤスとマリーが作った「ハーブを使った食事」と「温泉」とエリヤスが行う「マッサージ」はどんなに金を積んでも、他の所では体験できない至高の癒しなのだ。ただ、いそいそと出かける夫達の様子をいぶかしむ妻たちが浮気を疑っているので、妻を連れてきていいか聞こうと三人で相談していたところだ。


 ※ ※ ※


 エリヤスの友人が妻たちを連れてきた後、ブラバン領は観光地として大きく飛躍した。結婚後は領主邸でのんびりと専業主夫をしていたエリヤスだったが、今は、この国にない「鍼灸・あん摩指圧マッサージ」を広める講師をしている。


 慣れない事に疲れたエリヤスはソファに深く座り込んでいる。マリーは夫の隣に座り、そのごつごつとした厚い手を握り丸く短い働き者の親指にキスをする。


「貴方の手が大好きだわ」


「手、だけかい?」


 意地悪そうに微笑むエリヤスを軽くにらむ。


「私がエリヤスの事が全部大好きなのは知っているでしょ?前世でも、今世でも、貴方はどちらの世界でも素敵だった。どちらでも貴方の妻になれるなんて奇跡だわ。今世またエリヤスに出会えるなら神様も、もっとこんなに貧相じゃなくてゴージャスな美人にしてくれたら良かったのに」


 マリーは転生させた神に文句を言う。


「俺は盲目の時に気付いたんだ。人の美醜なんて所詮、皮一枚、数ミリの骨の大きさや長さなんだって。俺には、指先の想い出が何よりも大切なんだ」


 エリヤスはマリーのほっそりした指先にキスを落としながら言った。マリーは問う。


「指先の想い出って?」


「真理は僕が醜いのに前世とても愛してくれただろう?そしていつも励まして支えてくれた」


「そんな!康さんは素敵だったわ!」


「俺の指先はとても敏感で、記憶力が良い。真理とマリーは身長も体重も顔の形もほとんど一緒なのも分かる。だが、俺の前世は、盲目な上に、低く大きい鼻、ごつごつした顔の輪郭、小さい目、大きく厚い唇、身長も真理とあまり変わらなかったし、凄いがに股だったしね。なのに心から愛してくれた。だから、死ぬ直前に神様にお願いしたんだ。今度は美しい青年になって、真理を迎えに行きたいって。何故か記憶は無くなっていたんだけど。無事思い出せてよかったよ」


「康さんは素晴らしい人だったわ。だから些細な事で落ちこんで欲しくなかったの。貴方が美しくても、世間一般の美意識に当てはまらなくても、私は貴方を何回でも好きになるわ。私を迎えに来てくれてありがとう」


 二人はまた手に入れた。大切な前世からの伴侶を。二人は手を繋ぐ。働き者の手を繋ぐ。


【 完 】


ギャグの様な名前ですみませんm(__)m


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