第11話 旅路
「それじゃあ、答えを聞こうか」
食後、紅茶が注がれたカップの取っ手に指を掛けながら俺は本題に入った。
結果は先程の彼女達の言動で何となく見えている。
「その前に兄さんに聞きたい事があるの。聞いても良い?」
「あぁ、構わないぞ。何でも聞いてくれ」
「ありがと。あのね、私……兄さんの気持ちが知りたいの。兄さんは私達と一緒に旅をしたい? それとも一人の方が良い?」
「……何でそんな事を聞くんだ」
「いいから答えて。ねぇ、どっち?」
その言い回しは卑怯だ、俺は心の中で思った。それは答えを俺には丸投げしてるのと同じだ。
そして恐らく、俺がその問いに何と返すのかも二人には分かっている。
「それは、一緒に旅が出来るなら助かるが……」
「うん。じゃあ、私……兄さんと一緒に行く。アリシアもそれで良いよね?」
「異論は無いわ。クラインがいると依頼も楽だし、これからもガンガン働いて貰うから!」
取り分けられたリンゴパイを小さくカットしながらアリシアから出た言葉に思わず苦笑いする。
アリシアはそんな俺の様子など気にも留めずにフォークを刺したリンゴパイを口の中に頬張ると、至福の表情を浮かべた。
「……やっぱり一人で行こうかな」
「ダメ! 逃がすつもりは無いから覚悟しなさいよね!」
「そうだよ。兄さんだって美少女二人と一緒に旅をしたら両手に花だと思うよ? 逃げたらもったいないと思う」
「妹よ、自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「す、少し……。でも、三人で旅が出来るのは凄く嬉しい! 出来たらずっと一緒に居たいなぁ」
「まぁ、過度な期待は持たない事だ。俺達は冒険者だからな」
冒険者に突然の別れは付き物だ。
昨日まで酒を酌み交わしてた相手が翌日には死体となって発見される事もある。
だから俺たち冒険者は、日頃から悔いの無いように行動しなければならない。
酷なようだが、これが冒険者の現実なのだ。
「ところで話は変わるけどさ、帝都を離れてまずは何処へ向かうの?」
「そうだな……細かくは決めていないが、取り敢えずは隣国の王都《スフィリア》に向かおうと思う。二人もそれで良いか?」
「スフィリアなら前に皆で行った事あるし、クラインの転移で行けるわね。じゃあ、出発は夜でも良さそう──」
「いや、転移は使わない。それと出発は今日の正午だ」
「はぁ!? まさか歩いて向かうの!?」
「馬車と旅支度は既に済ませてある。師匠に別れを告げた後に出発する」
その後、アリシアから「無駄な労力を使うなんてバカじゃないの?」と呆れられたが、俺は頑として譲らなかった。
転移なんて味気ないし、やはり旅をするなら自分の目と耳で色んな物を見聞きしたい。
緊急の場合を除き、俺はこの旅で出来る限り転移魔法を使わないようにしようと心の片隅にいれていた。
そしてノエルと二人で高台にある師匠の墓を訪れた。持参した酒瓶を逆さにして中に入った酒を師匠の墓に浴びせるように掛け、俺達はそれに向かって深々と一礼し、高台を後にする。
俺もノエルも、別れの言葉は言わなかった。
「さぁ、出発だ」
御者席に座り、手綱を握ると後ろの荷車の縁に寄り掛かる二人に声を掛けた。
手綱には馬の疲労軽減と操車の魔法があらかじめ付与されている。
魔力を流し込む事で手綱から馬に命令が伝わる仕組みだ。
北のローデルム王国の王都・スフィリアまでは馬車で二十日ほど。
食料はそれなりに買い込んで荷台に積んであるが、そこまで日持ちしない為、所々で小さな村や街に立ち寄る必要がある。
「まぁ、最悪の場合は現地調達と言う手もある。気楽に行こう!」
それからひたすら馬車を転がし、日が暮れた所でその日の操車は止めにした。
寝床は荷台に布団を敷いて川の字。
少し狭いが、地べたに寝るよりかは幾分かマシだろう。
だが、野宿の時は見張りが必要だ。
だから基本的に荷台で寝るのは二人だけとなる。
見張りは決まった時間で順に交代する事にした。まず最初は旅をしたいと言い出した俺が見張りをする事になった。
パチパチと火が跳ねる音が辺りに響く。
時間はあれから数時間が経過したと言う所。
荷台では二人が可愛らしい寝息を立てている。
「師匠も昔、この夜空を眺めてたのかな」
俺達と出会うずっと前の若い頃、冒険者として活動しながら世界各地を渡り歩いていたと師匠は、自分が見聞きした伝承を幼い俺へと語ってくれた。
砂漠の中に咲く氷の花、洞窟の奥に眠るドラゴン、飲めば不老不死になると言われる聖杯。
そのどれもが当時、子供だった俺の心を高鳴らせた。
「……少し冷えて来たな。敵の気配も無いし、少しだけ酒でも飲むか」
二人を起こさないように荷台から酒瓶を取り出し、夜空を見上げながら俺は瓶に口を付けた。
魔賢~大賢者の師匠を越えた弟子、仲間と共に世界を巡る~ もくもく @kinmokumoku
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