第6話 ナイトキャンセラー

「ノエル、皆に防御結界をお願い!」

「う、うん!」


 街道に轟くアリシアとノエルの声。

 相対する白い鎧兜を纏ったナイトキャンセラーが二人に大剣を構える。


「フレアサイクロン!」


 アリシアがそう告げた瞬間、敵の足元に出現した金色の魔法陣から炎の渦が逆巻き、ナイトキャンセラーを炎の檻へと閉じ込める。


「今の内に皆の救助をッ!」

「り、了解!」


 アリシアの指示にノエルが馬車の陰に隠れている商人達の元に駆け寄る。

 周囲の状況が思ったよりも見えている。

 なかなか良い状況判断である。


 だが、ナイトキャンセラーの大剣は魔力を吸収する能力を有している。

 ナイトキャンセラーの別名は、魔法殺し。

 魔法使いに取っては天敵と言うべき相手だ。


 なんでそんな馬鹿みたいな能力の大剣を持つ魔物がAランクの依頼に存在するのかと言うと、その理由は単純明快。


 ナイトキャンセラーはナイトと言う言葉が付いているにも関わらず、その剣の技量は騎士団のベテラン兵士程度しか無い。


 ぶっちゃけ、剣士や槍などの武器で戦うならばCランク冒険者でも倒せる。

 まぁ、魔法使いがナイトキャンセラーと戦う場合はSランク相当にまで難易度が跳ね上がるのだが。


 次の瞬間、ナイトキャンセラーが雄叫びを挙げて自身を閉じ込める檻をその大剣で薙ぎ払う。

 そしてゆっくりとナイトキャンセラーが一歩ずつ、アリシアへと近付く。


「なっ……フレアサイクロンを斬り捨てるとか、どんだけふざけてるのよ!」


 怒りを露にしつつも、アリシアは俺に視線を送ってきた。

 ここで助けるのは簡単だが、それでは今までと同じ。

 俺は彼女の視線を無視し、わざとらしく大きな欠伸をした。


「この薄情者ぉぉぉぉ!!」


 再びナイトキャンセラーへと視線を戻したアリシアが大声で叫ぶ。

 ふむ、まだ余力はあるようだ。

 これならもう暫くは様子見でも問題ないだろう。


 ノエルの方に視線を向けると、彼女は手際よく怪我人達に治癒魔法をかけていた。

 そして治療が終わった人達に向け、急いでイアナ村へと待避するようにと指示を出している。

 どうやらノエルの方は俺の杞憂だったようだ。


「おい、いつまで魔物と遊んでるつもりなんだ?」


 見るに見かね、思わずアリシアに声を掛ける。すると返ってきたのは、シンプルに「うっさい!」だった。


「そんな大技ばかり連発してても勝てないぞ」


 ナイトキャンセラーの大剣は魔力を吸収する度に威力が上昇して行く。

 始めてコイツと戦ったのは、俺が十六歳の時。師匠に無理やり冒険者登録させられ、依頼に連れて行かれた時だった。


 師匠に魔法や戦い方を教わっていたとは言え、当時の俺は魔法を覚えて一年にも満たない新米冒険者。

 武器の心得はなく、中級魔法を出すのが精一杯のヒヨッコだった。


 繰り出す魔法は全て大剣に吸収され、疲労困憊。師匠もまったく助けてくれず、一人で逃げる事も叶わない。

 まさに四面楚歌、この時の俺は死を覚悟した。


 だが、その時に放たれた師匠の言葉で俺は窮地を脱する事が出来た。

 その言葉とは──。


「正面からしか攻撃しないヤツって、本当にバカだよなぁ」

「はぁ!? なに、喧嘩売ってるの!?」

「くそ、これで通じないのか……。いいか、よく聞け! 魔力を吸収出来るのは、その大剣だけだ! これでもう、流石に理解したな!?」

「だったら最初からそう言いなさいよ!」


 呼吸を整え、アリシアが光魔法の『ライトエッジ』を発動させた。

 更に風魔法の『ウィンドステップ』を発動し、ナイトキャンセラーとの距離を一気に詰める。


 そして高速で背後に回った彼女は、そのままライトエッジで横に薙ぐように一閃。

 直後、ナイトキャンセラーの首が胴と離れて地面へと落ちる。

 更にその数秒後、胴体も地面へと崩れ落ちるように倒れた。


「私、勝った……の?」


 呆気に取られるアリシア。

 最後に思わずアドバイスをしてしまったが、一応は及第点と言った所だろう。

 俺は魔力の使いすぎで動けなくなったアリシアをお姫様抱っこし、ノエルと残った怪我人を引き連れ、イアナ村へと向かった。



 村の入口では先に待避していた商人達と一部の村人が俺達を出迎えてくれた。


「街道に出没していた魔物は彼女達が倒した。もう何も心配しなくていい」


 その晩、村では魔物が討伐された事を祝う宴が商人と村人達の合同で行われた。

 村では飲めや騒げやの大宴会。

 ノエルは助けられた商人達から何度も感謝されていた。


「兄さん、私達……どうだった?」


 ようやく商人達から解放されたのか、隣にやってきたノエルは少し疲れた様子を見せていた。

 きっと気疲れしたんだろう。

 ノエルは俺に身体を預けるように寄り掛かると、静かに口を開いた。


「あぁ、良かったと思うぞ」

「本当に?」

「本当だって! 二人とも状況を正確に把握してたし、自分の出来ることをしてた。これならもう、俺が居なくても立派に冒険者としてやっていけるなって思ったよ」

「兄さん、居なくなっちゃうの……?」


 俺は微笑みながら不安そうな顔をするノエルの頭に手を乗せ、優しく撫でた。


「そんな訳ないだろ。もしもの話だよ」


 そう言うとノエルは安堵した表情を浮かべ、俺に寄り掛かったまま、静かに目を閉じた。

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