第4話 悪夢

「貴方は……」

「ペアベアは片方が重傷を負うと、もう片方の個体が別の仲間を呼び寄せる咆哮を放つ。仮にも冒険者なら魔物の勉強は欠かさない事だ」

「そ、そうなの!?」


 魔法使いが驚愕の声を挙げる。

 他の三人は既に戦意を失ってしまったらしく、その場で呆けた顔をしていた。

 この状況で戦意を失っている時点で彼らの冒険者としての成長は見込めなさそうだ。


「俺はギルド職員じゃないから強くは言わないけど、小遣い稼ぎも程ほどにしないと本当に死ぬぞ」


 四人に先輩冒険者としてアドバイスをしていると、痺れを切らしたのか、二体のペアベア達が俺に襲い掛かって来た。

 先程の魔法でペアベア達の標的が俺へと移ったようだ。


「俺の方の依頼が片付いたら帝都まで送り届けてやる。だからそれまでは大人しくしてろよ?」


 でも、まずはペアベアを倒すのが先決だ。

 俺は両手をそれぞれの個体へと向け、


「……ライトエッジ」


 次の瞬間、掌から現れた光の刃がペアベア達の頭に突き刺さる。俺がそのまま手を下げるとペアベア達の体が面白いように真っ二つになった。


 それを見た新人冒険者達は口をあんぐりと開け、思考を停止させていた。

 女魔法使い、ただ一人を除いては。


「近接魔法で二体同時に頭と喉を潰して仲間を呼ばれるのを防ぐ、か……人間業じゃないわね」

「人を化け物みたいに言うなよ。それより今からナイトメアスネークを討伐しに行く。悪いけど、付いて来て貰うぞ」

「ナ、ナイトメアスネークゥゥゥ!?」


 剣士のうるさい位の大声が森の中にこだました。






「悪夢だ、これは絶対に夢だ……」

「日が暮れるまでに帝都に早く戻りたいんだから、驚くのは街に戻ってからにしろ」

「Aランクの魔物が一撃とか絶対に嘘だ……」


 放心状態の剣士を引き連れてどうにか帝都に戻ると彼らと別れ、俺はギルドで依頼達成の報告をした。


「はい、確かに。それでは報酬の金貨二枚となります! そう言えばクラインさん、先ほど妹さんがギルドを訪ねて来ましたよ」

「ノエルが……?」

「えぇ。アイゼンさんの件もあってか、少し心配そうな様子でしたよ」


 真っ直ぐ家に帰ると、扉を開けた瞬間にノエルが抱き付いて来た。

 瞳には涙を浮かべている。

 そろそろ平気だと思ったが、まだ立ち直れていないらしい。


「兄さん!」

「ノエル……ただいま、ギルドに俺を探しに来たんだって?」

「ごめんなさい。もし兄さんに何かあったらと思ったら居ても立ってもいられなくて……」

「大丈夫。俺の強さはノエルだって知ってるだろ?」


 静かに頷くノエルにホッと安堵する。

 どうやら落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 だけど、これで完璧にノエルの不安が消えた訳じゃない。


 俺も冒険者として活動しなきゃだし、ずっとノエルの側にいるのは難しい。

 彼女には気心の知れた友人が必要だ。


「なぁ、ノエルに会わせたい人がいるんだ。試しに会ってみないか?」




 ◆



「それで私を探しにギルドまで来たの?」

「先日、ヨハムの森で命を助けたんだ。少しくらい協力してくれても良いだろ?」

「兄さん、こちらの人は……?」


 ノエルを連れてギルドへ赴くと、幸運にも先日の女魔法使いの姿を発見。

 金髪の長いポニーテールに空色の瞳。

 良かった、あちこち探す手間が省けた。

 俺は躊躇わずに彼女に声を掛けた。


「あぁ、彼女は……悪い、名前ってなんだっけ?」

「アリシアよっ!」

「そう、新人冒険者のアリシアだ。そう言えばアリシア、今日は仲間と一緒じゃないのか?」

「……追放された」


 話を聞くと表だってアリシアの追放を提案したのは、あの剣士らしい。

 薬草採取を邪魔された事を根に持った剣士が『協調性がなく、パーティ内の和を乱す悪である』と槍使いと盗賊に力説し、二人を丸め込んだようだ。


「追放……アリシアが……?」


 パーティ内で最も早く敵の存在に気付いていた彼女をパーティから追い出すなんて正気の沙汰じゃない。

 そもそも敵の気配察知は盗賊の仕事だ。

 追放するなら盗賊の男にすべきだろう。


「まぁ、逆に良かったんじゃないか? 新人冒険者だけでパーティを組んでても危険度は高いし、これを機にベテラン冒険者の居るパーティに入れて貰って少しずつでも成長していけばいい」


 パーティ内に経験豊富なベテランが居ればイザと言う時の生存率は高まる。

 これから成長して行けば彼女ならきっと良い冒険者になる、そんな事を頭の片隅で考えていると──。


「じゃあ、アンタとパーティを組む」


 アリシアが俺を指差す。

 人を指差すなんて何て非常識なんだと思いつつ、俺は彼女の顔を見た。


 そして気付く、俺がアリシアに『ノエルの友達になってやってくれ』と頼んでいた筈が、いつの間にか『俺がアリシアとパーティを組まなければならない流れ』になっている事に。


「それとこれとは話が……大体、アリシアが俺と行動を共にしてたら意味ないだろ!?」

「だったらその子もパーティに入れちゃえば? アンタが守ってあげれば良いじゃない!」

「そんな簡単に……」


 魔力量だけで言えば、ノエルはBランク魔法使い並の力を持っている。

 だがしかし、ノエルには戦闘の経験がない。

 全体的に見れば現状、その実力はアリシアにも劣る。


「ねぇ、兄さん……私も冒険者、やってみたいかも」


 そんな俺の気苦労など知らず、真っ直ぐに見つめてくるノエルに俺は絶句するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る