第3話 ヨハムの森
《大賢者》アイゼンが死んだと言う情報はあっと言う間に帝都に広まった。
俺達が思っていたよりもアイゼン・ロスモールと言う名前は民衆に広く知れ渡っていたらしい。
道行く人々の口から師匠の名前が出た時は、思わず目頭が熱くなった。
「師匠って本当に凄い人だったんだな」
師匠は敷地内の家から少し離れた眺めの良い高台に埋葬した。師匠はあの高台で酒を飲むのが本当に好きだったから。
「……ここに来るのも久しぶりだな」
ギルドの建物を眺め、そんな言葉が出る。
最近は師匠と修行漬けの毎日だったし、師匠が亡くなってから暫くは塞ぎ込んで家に引きこもるノエルの面倒を見るので精一杯だった。
だから、ここに来るのは十五日振りになる。
「クラインさん!」
「久しぶり。何か良さげな依頼ってある?」
「はい、ありますけど……それより、もう大丈夫なんですか?」
俺達と師匠の関係を知るものは多くない。
知っているのはギルドマスターや担当のリッカさん、それと師匠のかつての仲間達だけだ。
「いつまでも塞ぎ込んでると師匠に怒られるだろうからな。それに何だか身体を動かしたい気分なんだ」
「……わかりました。では、久しぶりの依頼と言うことで近場の少し軽めの依頼にしておきますね」
紹介されたのはAランクのナイトメアスネークの討伐だった。軽めでAランクの依頼だと言う衝撃の事実に俺は思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
「出現場所はヨハムの森です。あそこは薬草採取の依頼で新人冒険者が良く森に入るので、なるべく早めに処理をお願いします!」
「了解」
ヨハムの森は帝都から半日も歩けば辿り着ける距離にあり、彼女の言う通り、新人冒険者達に大変人気のある場所である。
もし彼らがナイトメアスネークと遭遇すれば、その先どうなるかは想像に難くない。
「エリアサーチ!」
ヨハムの森に到着して直ぐに俺はサーチの魔法を発動させた。範囲はヨハムの森、全域。
その結果、俺は複数の危険な気配を察知した。
「それに微弱な気配が四つ、か……。これは新人冒険者だな」
ギルドが新人冒険者の行動を制限している為、今現在、薬草や一部の魔物の素材の値段が高騰していると聞く。
裏ではそれなりの額で取引されているらしく、恐らくは小遣い稼ぎでこの森を訪れたのだろう。
彼らにも生活があるだろうから強くは言えないけど、ハッキリ言わせて貰えば自殺行為である。
早く止めてやらないと取り返しのつかない事態にもなりかねない。
「彼らの近くに危険な気配もあるし、少し急ぐか」
彼らが居るのは森の中央から右に少し移動した所。俺は風魔法で自身の速度をブーストさせ、ヨハムの森を駆けた。
一方、その頃。
その新人冒険者達は薬草採取に夢中になっていた。
パーティの構成は剣士、槍使い、盗賊、そして魔法使い。
「よっしゃ、思った通りだ! 本当にギルド様々だぜ!」
薬草を手当たり次第に摘み取りながら剣士の少年が喜びの声を挙げる。
ギルドがヨハムの森での新人冒険者達からの依頼の受注を全て断っている為、ヨハムの森は薬草が大量に存在していた。
小遣いを稼ぐ為にやって来た彼らに取っては、さぞや薬草が宝の山に見えている事だろう。
「ねぇ、もうそろそろ充分じゃない?」
「はぁ!? 何言ってんだよ、取れるだけ取るに決まってんだろ!」
女魔法使いの言葉を剣士の少年は一蹴した。
槍使いと盗賊に視線を送る魔法使いだが、二人も剣士と同じ考えのようだった。
仕方なく魔法使いは説得を諦め、周囲の警戒に専念する事にした。
森の中は木々に遮られて視界が悪い。
本来は索敵は盗賊の役目だが、その彼は剣士と一緒に薬草に夢中になっている。
アテにするのは危険だろう。
「ねぇ、何か聞こえない?」
次の瞬間、彼女の耳に地面に響くような大きな音が聞こえた。
本能的に危険を感じて仲間に同意を求めるが、薬草に夢中で彼らには彼女の声が届いていない様子だった。
音の正体は巨大な二体の熊の魔物だった。
その正体に気付いた時には既に前後を塞がれ、彼らは完全に逃げ場を失っていた。
「ペアベアが二体!? おい、ペアベアが出るなんて聞いてないぞ!?」
ペアベアは巨体に似合わず、高い知能を有している魔物である。
必ず二体以上で行動し、確実に獲物を追い込む。魔物のランクはB、間違っても新人冒険者が倒せる相手ではない。
「ぜ……全員、戦闘用意ッ!」
剣士の言葉に残りの三人が戦闘体勢に入る。
魔法使いが皆にバフを掛け、剣士と槍使いが前後のペアベアに武器を向ける。
盗賊は状況を見て臨機応変に対応するスタイルのようだ。
「アリシア、炎魔法で奴らを牽制しろ!」
剣士が背を向けたまま、魔法使いに指示を出す。だが、ここは森の中。
下手をすれば炎が木々に燃え移り、大惨事になりかねない。
「そ、そんな事できる訳ないでしょ!?」
「リーダー命令だ! 早くしろっ!」
「ぐっ……」
ペアベア達は少しずつ彼らとの距離を縮め、迫って来ている。冷静な判断力を失いつつあった彼女はもはやリーダーである剣士を信じるしか選択肢は残されていなかった。
「ファイアボール!」
彼女の杖から放たれた火球が剣士と向き合っているペアベアに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
だがしかし、その魔法はペアベアに当たる直前に何者かの水魔法によって相殺された。
「やれやれ、無知って言うのは本当に怖いな」
ペアベアと新人冒険者達を一瞥したクラインは、ため息混じりに口を開いた。
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