第2話 最期の戦い
それから暫くの間、師匠との修行は苛烈を極めた。そして師匠の命の灯火が尽きる寸前、俺は彼の持つ全ての魔法や技術を習得した。
「よく弱音も吐かずに苦しい修行に耐えてくれた。俺も最期に全てを伝えられる事が出来て嬉しく思う」
「でも、明日にはもう師匠は……」
「あぁ、死ぬだろうな」
そう言った彼は晴々とした表情を浮かべていた。そこに恐怖や焦りと言った感情は見受けられない。
「……死ぬのが怖くないんですか?」
「そうだな、不思議と怖くない。だがそれはきっと、自分の何かを後世に遺す事が出来たからかも知れん」
人は自分が生きた証を遺す。
それが自分の子供だったり、技術的な事だったり、名誉や称号や伝記だったり。
それを願う心こそが人間の本質だと彼は言う。
「なぁ、最期の我儘を聞いてくれるか?」
「……我儘、ですか」
「あぁ、俺は黙って死を待つ人間にはなりたくない。それに最後は弟子は師匠を越えるもんだ。だからクライン、俺と戦え!」
そして戦いの中で俺を殺してくれ、そう言ってアイゼンは苦笑いを浮かべた。
「師匠……」
「ノエルには俺の事は適当に誤魔化しといてくれ。じゃあ、始めるぞ!」
こうして《大賢者》と呼ばれる男、アイゼン・ロスモールと彼の弟子、クラインの戦いの火蓋が切って落とされた。
戦いは目まぐるしく変化した。
様子見として軽めの撃ち合いから始まり、体術と魔法を駆使しての接近戦。
それでも決着はつかず、互いの魔力と体力が著しく消耗するばかり。
そして膠着状態のまま、戦いは終局へ。
「悪いが、俺もそろそろ限界が近い。最後は分かりやすく大技の撃ち合いで締めようじゃねぇか!」
どこにそんな魔力を隠していたのかと思う程、アイゼンの身体から膨大な魔力の流れを感じる。
もし彼の攻撃を受ければ、こちらも無事では済むまい。
そんな彼の決意に報いるべく、クラインもありったけの力を絞り出すように体内で魔力を練り上げる。
「インフェルノ・フレア!」
「バーストレイン!」
そして互いの最大火力がぶつかり合う。
炎が水を蒸発させ、水が炎を鎮火する。形勢は完全に互角だった。
そして炎と水とぶつかった事により、その場に大量の水蒸気が発生する。
水蒸気は霧のように二人の視界を遮り、互いの姿を隠す。
「ほら、どうした!? 魔法の威力が落ちてるぞ!」
アイゼンに取っては勝っても負けてもこの戦いが最後。
互いに後悔の残らない戦いをしたかった。
だからだろうか、気付けば彼は苛立ちを含んだ声でクラインに向かって叫んでいた。
「師匠、俺の勝ちです」
だが次の瞬間、アイゼンの背後からクラインの声が聞こえた。
そして喉元に突き付けられる光の刃。
その瞬間、アイゼンは己の敗北を悟った。
「部分転移なんて危険な技術、俺は教えてないんだがな」
「えぇ、俺も教わってません。でも、師匠に勝つ為にはこれくらいはしないとですから」
それを聞いたアイゼンは魔法を解き、嬉しそうにその場に胡座をかいた。
俺もそんな師匠の姿を確認し、左手で放っていた『バーストレイン』と右手の『ライトエッジ』を解除してその場に腰を降ろす。
「部分転移、いつから練習してた?」
部分転移とは身体の一部のみを別空間に転移させる高等技術である。
転移している部分と本体の空間座標を常に把握し続けなければならない為、少しでも油断すれば、転移した身体の一部が一瞬で消滅する事もあると聞く。
「すみません、思いつきです」
「はぁ!? お前、何でそんなリスキーな事をしてるんだよ!」
「師匠もさっき言ってたじゃないですか。『弟子は師匠を越えるものだ』って!」
「お前なぁ……いや、もう良い。もうじき暗くなるし、そろそろ俺を殺してくれ」
「え、嫌ですけど……?」
恩人である師匠を殺すなんて冗談じゃない。
例え残り僅かな命だとしても最後まで生きていて欲しい、俺の願いは最初からそれだけだ。
「いやいや、約束しただろ!?」
「俺、返事してませんよ。それに師匠、いつも言ってますよね? 生殺与奪は勝者の特権だ、って!」
「まぁ、確かにそれは言ってるが……」
「それに逝く前にノエルにちゃんと師匠の口から話して下さい。じゃないと、ノエルが可哀想です!」
「この妹バカがっ! まったく、死に行く奴に好き勝手な事を抜かしやがって……」
「ちなみに今日の晩御飯は師匠の好きなフレンチボアの肉を使ったシチューだそうです」
「あぁ、もうわかったよ! 話せば良いんだろ、話せば!」
立ち上がり、師匠は俺の頭を力いっぱい叩いた。あまりの痛みにその場で転げ回りながら悶絶する俺。
そんな俺を見て指を差し、大笑いする師匠。
もはやそこに先程までのシリアスな空気は存在しなかった。
「ほら、帰ってメシにするぞ。今日は言葉通り、死ぬまで酒を飲み続けてやるから覚悟しろよ!?」
翌朝、目が覚めると師匠の身体は冷たくなっていた。
傍らにはエールのビンとグラス。どうやら本当に死ぬ直前まで飲んでいたらしい。
「ねぇ、本当にアイゼンさんは死んじゃったの……?」
俺と師匠から少し離れた所でノエルが消え入りそうな声で口を開く。その表情は暗く、切なげだった。
「あぁ、幸せそうな顔をしてる」
「そんな……ああ、あぁぁぁぁっ!!」
泣き崩れるノエルを俺はそっと抱き寄せ、安らかに眠っている師匠の死を悼んだ。
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