魔賢~大賢者の師匠を越えた弟子、仲間と共に世界を巡る~
もくもく
第1話 力を求めし者
力が欲しかった。
誰にも屈しない、最強の力が。
だけど、そんな力なんて俺には無くて。
地べたを這いずり回って生きる俺にあるのは、死と隣り合わせの日常。
市場の露店で売られているパンを盗み、それでも腹が満たされずに飢えに抗う日々だけだった。
「はぁ、はぁ」
アスルム帝国の帝都、ルコタール。
俺はパンと赤い果実を店から盗み、今日も必死に店主から逃げていた。
店からある程度の距離を逃げ切る事が出来れば店主達も追い掛けては来ない。そうなれば俺の勝ちだ。
「よし、あそこの角を曲がれば──」
俺と店主達との距離はだいぶ離れているし、これなら余裕で逃げ切れる。
だがしかし、この日は運が悪かった。
目の前の角を大きく曲がった瞬間、大きな壁にぶつかったかのように俺の身体は大きく吹き飛ばされた。
「く、くそ……なんだよ……」
起き上がり、急いで地面に落ちているパンと果実を拾って前方を確認する。
するとそこには呆けた顔を浮かべている白いローブを着込んだ男の姿があった。
「おい、クソガキッ! そこを動くんじゃねぇぞ!?」
「やべっ……」
振り向くと鬼の形相で店主達が迫ってくる。
こちらに走って来る店主達から逃げるべく、ちらりと男を一瞥した後、俺は慌てて駆け出した。
帝都の南西にある貧民街。
ここは親を亡くしたり捨てられた身寄りの無い子供や働きたくても働けない大人達が身を寄せあって生きる、いわゆる『帝都のゴミ溜め』と呼ばれる場所。
俺はここで妹のノエルと一緒に暮らしている。
「ただいま、ノエル。具合はどうだ?」
「おかえり、お兄ちゃん。うん、今日は調子が良いみたい」
ボロボロのベッドで身体を起こしたノエルが力なく笑う。
ノエルは重い病を患っており、自身の身体すら満足に動かす事が出来ない。
だけどこうして時折、体調が良い時は自分でベッドから身体を起こしたりする事が出来る日もある。
「市場で仕事の手伝いをしたらパンを貰ったんだ。しかも今日はノエルの好きなリンゴもあるぞ!」
「うん、ありがと。でも、私はお腹空いてないからお兄ちゃんが食べて」
最近、ノエルの食が以前にも増して細い。
パンを食べる時も何とか飲み込んでいるみたいだし、色々と心配だ。
「ダメだ、無理やりにでも食べないと元気になれないぞ!」
ノエルがベッドで寝たきりの状態になってから、三年。もう何度、俺はこの言葉を言った事だろう。
もはや俺もノエルも、こんな言葉には何の意味も無い事は知っている。
だけどそれでも、ノエルを不安にさせる訳にもいかない。
俺は精一杯の笑顔を彼女に向けた。
「リンゴを細かく切ってやるから少しだけ待ってろ。それならノエルも食べられるだろ?」
「うん、わかった。ありがとね、お兄ちゃん」
だが、そんなギリギリの生活がいつまでも続くはずがない。
日に日に衰弱していくノエル。
一ヶ月が経つ頃にはベッドから起き上がる事は完全に出来なくなり、半年が経つ頃には息も絶え絶えになっていた。
「お兄……ちゃん……ごめん……ね……」
「謝るなよ! 待ってろ、今すぐ医者を──」
「もう……いいよ。私、お兄ちゃん……の荷物……に……もう、なり……たく……ない……」
「荷物なんかじゃないって!」
手を優しく握ると、ノエルは俺に優しく微笑んだ。
「私の事、は……忘れて、自由に……生きて……」
◆
それから五年が経過した。
二十歳になった俺は冒険者として生きる傍ら、とある男の弟子として修行に明け暮れる日々を送っている。
「魔法はイメージだと言ってるだろう! 何度言わせるつもりだ!」
「はい、すみません!」
「魔法の発動が遅いッ!」
「はいっ!」
師匠と初めて会ったのは五年以上も前。
市場の露店でパンを盗んで逃げていた時に不運にもぶつかった白いローブを着込んだ男──それが彼だった。
「よし、少しだけ休憩する。クライン、ノエルから水を貰って来い」
「わかりました。師匠は酒で良いんですよね?」
「あぁ、よく分かってるじゃないか」
その場に座り込む師匠に深々と一礼し、俺はノエルの所へと急いだ。
「ノエル、リンゴ水と酒を頼む」
「もう、兄さんってば……今用意するから少しだけ待っててね」
ノエルが綺麗で絹糸のように流れるような長い灰色の髪を揺らし、家の奥へと消えていく。
きっと地下の貯蔵庫へと向かったのだろう。
「……あと十日、か」
あの時、偶然にも俺達の家の前にいた師匠によってノエル──いや、俺達は救われた。だが、その為の代償は大きかった。
回復魔法でも治らないノエルの病を治す為に師匠が使ったのは、禁忌とされる『命動魔法』だ。
命動魔法はその名の通り、命を動かす。
自らの命を削る事で対象者の体内の細胞を上書きし、どんな病も無かった事にする。
魔法を発動させた瞬間に使用者は命のカウントダウンが始まり、その数字がゼロになった時、その者の命は尽きる。
先程の十日と言うのは、師匠の残りの命の期限だった。
「はい、お待たせ。そう言えば兄さん、明日って予定は何も入ってないよね? 久しぶりに買い物でも行かない?」
「悪いけど明日も師匠の修行だ。買い物はまた今度な」
ちなみにノエルは師匠が十日後に死ぬことを知らない。知っているのは本人と俺、それと師匠がかつて行動を共にしていた一部の冒険者達だけだ。
「また修行? まぁ、アイゼンさんとの約束なら仕方ないけど……」
「悪いな……って、そろそろ戻らないと師匠に殺されちまう! また後でな!」
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