第9話 リデンプションゴブリン戦

 申請を許可するとどこからともなくお怒りの声が鳴り響く。

 これから怒られるのか……夜空に浮かぶ月と異様な惑星、そして変な光を灯す街灯が、俺に影を与えてくれる。キレイだぜ。


「入れた! よくもミュートにしてくれたわね! 言いたいことが山ほどあるわ!」


 その声主はビルの隙間から登場。

 入れたってのは外部からしゃ断されたチュートリアルだってことか。

 境界線らしいものは見当たらないが、他のPCプレイヤーキャラを見るのはこれが初めて。スタートダッシュを決めたとはいえ、テンプルヴァイスの販売台数を考えるなら、立川でスタートを決めたやつは多いだろう。


 なんや黒髪ロン毛のヒューマンが騒いでいるが……女子は赤色のスーツなのか。

 それ以外は大剣? みたいなのを持ってるな。

 あんなのチュートリアルの宝箱に入ってなかったぞ。

 パーティー申請に乗っかって目の前にあった邪魔な申請画面は消えたが、左目の片隅にパーティー状況、体力と魔力値か? みたいなのが出てる。

 魔力値があるってことはヒューマン以外なのか? 

 分からねーが、画面自体はうっとうしくない。


「いつまで無視してんのよ! あれが動き出す前に準備しないといけないのに。ほら、早くこっち来て」


 これ以上怒らせると命を狙われそうで怖い。

 ここは従っておこう。


「いやー、どうも初めまして。すいませんね、耳の調子が悪かったもので」

「それは無いわね。リアルでそんな症状が出てたらテンプルヴァイスからシャットアウトされてるわよ」


 ぐ、ぐうの音も出ない。オメガさんの機能を考えれば当然。

 優秀すぎる機械があってはいいわけもできねーってか。


「いきなり知らん人に話かけられたら警戒するだろ……」

「それはごもっとも。私も直ぐ警戒するもの。自分で決めたことが無ければここにも来なかったわ」

「有名な配信者さん、でしたっけ。あー、見たことがあるような、ないような」

「はぁ。別にいいわ……オメガ、大事にしてあげてね」

「へ? なんか言いました?」

「なんでもない。まったく、裏チュートリアルが発見されるのなんてずっと後だと思ってたのに。初見クリア、目指すんでしょ」

「お、おう」


 会話の雰囲気からもっと怒られるかと思ったが……思ってたより怖くない人かもしれない。

 いや分からないぞ。

 そうか! 俺があのデカゴブを倒す寸前で奪い取り、配信のネタにするつもりだな! 

 やはり警戒しておこう。

 しかしなんで裏チュートリアルや俺の位置のことを知ってるんだ? 

 このチュートリアル自体こなしてきたわけじゃなさそうだし。

 そういえば壁際のデカゴブがまだ動かないな。


「あいつ、俺に向けて斧投げつけてきたんだよな」

「違うわ。あれは投げられたんじゃない。単純に設置されたあいつの武器よ」


 設置っすか。それで死にかけたんだが? 

 壁からあいつが投げたんじゃないのね。

 

「ほら構えて! 私だってどんな行動してくるのか知らないのよ」


 思いっきり知ってる風だったのに。

 やはりいいところを奪うつもりだな。そうはさせん。


【緊急救援発信、待機時間終了。勝利条件、制限時間内にリデンプションゴブリンの討伐】


 緊急救援発信だと!? ま、まさかこの発信機を切るなってそういうことかよ! くっそやられたわ、この女! 

 色々ばれてたの、これのせいじゃねーか! 

 しっかしどうすんだ。

 あいつ壁に引っ付いたまま……いない? 

 

「上よ!」

「うおお!? でかい影が落ちて来るってこんな感覚かよ!」


 デカゴブがこっちが立ってた場所まで飛んできやがった。

 俺たちは道路の中央付近へ逃れたが、奴は直ぐ振り返りこちらを見る。

 周囲のものをガンガン破壊していきやがる。

 ホコリが舞い散り視界が揺らぐ。

 ……チュートリアルで用意するボスの規模を考えろよ運営! 


 てか、あんな大きさのやつを格闘でどうしろってんだ。

 人類じゃ太刀打ちできねーわ。諦めようぜ。

 そもそもなんで初期武器に拳銃が無いんだ? 

 こいつに聞いてみるか。


「あのー。なんで銃とかないんですかね」

「民間人が使えると思う?」

「いや、日本以外だってサーバーあるんだよな?」

「そうね。銃が可能なエリアには、銃も初期としては使えたりするのよ。その代わりまともには当たらないわ。サブレッサーが無ければ一発いっぱつ打つたびに数匹に囲まれる。それに電力が無いから実弾を生産できない。そのため実弾がゲーム内金額で高すぎて、使ってられないわね。弾が無ければただの重い鈍器だわ」


 ……どんな設定? いや待てよ。音か。

 って、しゃべってる余裕ねえ! あいつ、あの斧持ちやがった。


「格闘を選んだの? 珍しい。こんなリアルなゲームだと、一番いちばん不人気だと思ったんだけどなぁ」

「刃物とか振るったこと無いし。頭使いながら戦うのにいいと思ったんだよ……です」

「敬語じゃなくて構わないわ。苦手なのよね、私も。自己紹介がまだだった……わ! リリよ!」

「そいつは助かる。俺はダッシュ。てか、パーティーメニューに一応いちおう書いてあるな!」


 斧を地面に向けて振り下ろすデカゴブ。爆風と共に地面に亀裂が走る。

 地面に突き刺さってますけどね、斧。

 あの動きはさっきのこん棒ゴブに似てるか。


 左右に分かれて回避する結果となったが、俺はクラブセポ寄り。あっちはドポール寄りだ。

 あの女の人……リリは、でかい剣かついでる。そいつを軽々と持って動き、斧が抜けずに引っ張ってるデカゴブの足に……一回転いっかいてんして大剣を叩きつけたぁ!? 


「はぁー! 昇清斬しょうせいざん!」 


 ……格闘技かなんかやってる人ですかね。

 自分にはまねできそうにないです。

 いや、スキルか。ヒューマンをただの人として考えてるから俺の動きが固いのか? 

 キャラメイクじゃ説明が……待てよ。


「そうかこの体。転生者だったな。それなら飛び道具も出せるだろ。いくぜ、カ、メ、ハ……」

「ちょ、なんで立ち止まってるわけ!? チャンスなんだから前にでて攻撃しなさいよ!」


 ……はい。

 やってる間にデカゴブの斧が抜けました。大きくバックステップを踏み、エスカレーターがバラバラに吹き飛ぶ。

 あーあ、道路もなにもかも滅茶苦茶じゃねえか。


「ねぇダッシュ君。もしかしてパクリマのこと、何も知らなかったり……しないわよね?」

「ええとだな……かかってこいクソデカゴブ!」

「ごまかさないでよ!? 嘘でしょ。これだけの話題作調べない人、いる!?」

「調べたらつまらなくなるだろ。そういうのは全部後だ、後!」

「調べたらつまらなくなる、か。いいわね。そういうのは好きよ。私もそうしたいけどね」

「ん? どういう意味?」

「なんでもないわ。それじゃ一つひとつだけ助言。格闘は他の武器より攻撃を受けやすいわ。だからカウンターの行動が鍵……」

「それならもう取得したよ。ジャストフローにジョルトカウンターだろ」

「う……そよね?」

「あんた、嘘って言葉が好きなんだな……っと次の攻撃来るぞ!」


 今度は走って突っ込んできやがった。

 斧の攻撃が当たらなくていらいらしてんのか? 

 アーサーゴブリンと違って動作が多彩だな。

 だが、大体読めたぜ。

 スレスレで回避してカウンターをお見舞いしてやる! 

 タックルで巻き込むわけじゃないな。斧を斜めに振り抜くつもりか。狙いは間違いなく俺! 

 よし、このタイミングで回避……『EXスキル、雪影せつえいを取得しました』

「新しいEXスキル? おっしゃ、なんや分からんが、このままカウンターををを!? んじゃ、こりゃあ!」


 デカゴブの攻撃をギリギリで回避したら、デカゴブが俺の影を踏んだ途端に頭から大がかりにスッ転びやがった。

 カウンターはできなくなったがチャンスだろ、これ! 

 この隙を逃すはずもなく、リリも大技の構えだ。


「本当なんなのよ、あんた!」

「乗るしかねー、このビッグウェーブに! でかかろうがアゴ先狙いだコラァ! ケツアゴにしてやる!」


 デカゴブに乗り上がりアゴ先めがけて連打、連打、そしてフィニッシュはジャンピングカカト落とし、決める……ぜ!? ジャンプ高! なんかスキル……『EXスキル、シザーズヒールを獲得しました。必須EXスキルキー獲得条件達成により、ユニークスキル、雪影シザーズを獲得しました』


 ……ユニークぅ!? 

 その言葉に驚きながら、俺のカカト攻撃が鋭く振り下ろされ、デカゴブに斬首の刑を与えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る