第1話 テンプルヴァイス到着! 

■立川R高校■


「本日の授業はこれまで。宿題忘れるなよ」


 そんなお約束ワードを聞き流し、ホームルームも終わり。

 高校二年にもなれば進む道を決めろだの言われるが、俺の興味があるジャンルは決まってる。


【オンラインゲーム】一択いったくだ。


 今日、俺の家には待ちに待ったあるものが届く。

 日本の最新鋭技術の結晶、六条寺グループが開発した【フルダイブ型TRTrue Reality機器、テンプルヴァイス】。

 しかも、それが特注品で唯一無二ゆいいつむにのレアモノだってんだからテンションが上がる。

 このテンプルヴァイスには俺がやる予定のゲーム、パッセンジャークリエイティブリマスターオンライン。なにやら長くて覚えづらいが、略して【パクリマ】もインストールされている。

 サービス開始は明日の午後。

 日本優遇? いや違う。海外とはサーバーが別だからヨーイドンだ。

 競売システムはワールドリンクされてるって話。世界中の人とサーバー間取引を可能にするため、競売のみを専用サーバーにしてあるらしい。これもセキュリティ対策のうちなんだとか。

 しかもそこには仮想通貨の仕組みを入れた、大規模NFT(偽造不可な鑑定、所有証明書付きデジタルデータのこと)仕様で取引可能って話だ。

 手に入れたアイテムが仮想通貨で取引される、数少ないゲーム性をワールドワイドで行うってんだから、そりゃ本体も売れるわな。

 タイムゾーンが違う場合価格とかどう変わるんだろ。気になるけどまだ分からねー。

 てか、いきなり競売システムにアクセスできんのか? 

 ゲームの内容に関しちゃよく調べてない。

 あんまり調べると最初のワクワクが無くなるからな。


「おーいダッシュ」

「んー、なんだアキト」


 こいつはクラスメイトで同じゲーム好きの鈴木明人スズキアキト

 中学校からの幼馴染おさななじみ。腐れ縁ってやつだ。


「いよいよだな、パクリマ」

「ああ。ダッシュで帰りてー」

「自分の名前使って親父ギャグかよ……」

「俺の名前翔也しょうやなんだけど。ダッシュって呼び名つけたのお前だろ?」

「そうだっけ? いいじゃんダッシュ。俺にもあだ名考えてくれよ。いっつもキャラネーム迷う」

「ダッシュだって使われることある名前だからなぁダッシュ。とかだわ、最近のキャラネーム」

「なんだそのアニメタイトル困った挙句マル付けました的なやつ」


 MMOエムエムオーRPGアールピージーってのは同じサーバーで同じ名前は付けられない。

 パクリマより前に、テンプルヴァイス自体が同じニックネームを付けられないらしい。

 まぁダッシュってそこまで殺到する名前じゃねーから初日なら付けれるとは思うけど。


「俺んところ、テンプルヴァイス届くの明日の朝なんだよなぁ」

「テンプルヴァイスの設定ってどのくらい時間かかるんだろ」

「最新テクの結晶体だろ? 短時間じゃ終わらないんじゃね? AIエーアイが補助してくれるだろうけどさ」

VRブイアールのころとは規模が違うってか。結局VRブイアール機器じゃフルダイブ型は難しかったみたいだしな」

TRティーアール開発したのって日本人でも有数のオタクたちらしいじゃん。やっぱオタクって神だわ」

「俺らもオタクっちゃオタクだろ。統計とったら日本人なんてジャンル問わなきゃ半数以上オタクだわ」

「まぁな。サッカー、野球、ゲームにアニメ、将棋や囲碁、ボードゲームなんてのもあるか」

「だからジャンル問わねーって。政治とか経済とかのビジネス話だってオタク文化だろ? 女子で言えば美容だってオタクって言われるほどやりこむ奴いるって聞くし」

「ダッシュはそっちに興味持って欲しくねーな。お前、興味持つと怖いほど記憶するからなぁ」


 そりゃ俺に言われても困る。

 興味を持ったものに対する異常的な記憶力。

 例えば歴史の授業で興味のあった戦国時代だけ完璧に覚え、そのときの点数は満点だった。

 逆に全く興味を持たなかった古典は赤点すれすれだった。

 そんなギャップありまくりの記憶力もあってか、高校受験はさして困らなかったけど。


「んじゃ、俺はテンプルヴァイスそろそろ届いてるからお先」

「ダッシュぅー、置いてかないでくれよぉー」

「お前んとこだって直ぐに届くんだろ」

「ふっ。カネの力を舐めるなよ……ってだから明日っつったろ!」

「まぁパクリマ自体はヨーイドンなわけじゃん。ここまで我慢したんだから起動くらいはいいだろ」

「そうだけどよぉ……」


 と、アキトと話してたら他のクラスから知り合いが教室に入って来るのが見えた。


「おーい。よかったぁ、教室にまだ残ってた」


 俺らが帰ろうとしたところで来たのは隣のクラスの麻木夕日あさぎゆうひ。こいつはヒナタって呼ばれてる。性別は男だ。


「おーっすヒナタ。お前もテンプルヴァイス、もう買ったんだろ?」

「うん。うちは父さんが。今夜届くって」

「出遅れたの俺だけかよ! カネの力が負けただと……」

「買えただけマシじゃないかな。国内生産数の倍以上予約注文入っててパンク寸前らしいよ」

「あの値段設定で? 国産なだけに相当な数用意したって聞いたぞ? あぁでもライセンス取得が絡むからそっから買えるやつ選択するってだけか」

「ライセンスが必要でもそれだけ人気なんだろうね。いよいよ明日……長かったなぁ」

「ああ、開始前にグルチャすっか?」

「ううん、キャラメイクでお互い忙しいよね? もう開始位置とか決めた?」

「開始位置? なんだそりゃ」

「えーー!? 翔君て事前情報なにも調べないの?」

「ああ。その方が面白いだろ?」

「ダッシュの場合は面倒臭がりなだけだけどな」

「翔君なら直ぐ記憶しちゃうから、それくらいがちょうどいいのかもね」

「まぁ俺ら三人同じ場所から無理に始めなくても合流とかできるだろ? チュートリアルとか終わったら連絡いれるわ。そんじゃな」


 当然ながら俺はダッシュで帰ろうとしたわけで、それを見て笑うアキトには前に約束した回復薬の代わりに毒薬を渡してやろうと考えながら帰路についた。


 ■東京都立川、自宅■


 家に帰ると母親である工藤ナギサ、通称ナギサちゃんが宅配業者の受け入れをやっててくれたようで、業者がちょうど出ていくところだった。

 軽く礼を告げて設置場所を代わりに指定するため自分の部屋へ急ぎ足で向かう。


「ああ、ちょっとダッシュぅ。待ちなさいよぉ!」

「だからダッシュって呼ぶなっつってるだろ。全部あとだ、あと!」


 テンプルヴァイス。

 全長二メートル越えのばかでかいフルダイブ機器。

 流線形の卵。黒紫色基調のボディ。

 そしてこいつには……【Ωオメガ】の刻印がボディー部正面にツヤ消しの黒で刻まれている。


「改めて見てもかっけぇ……」


 早速電源プラグをねじこむ。

 ……高鳴る鼓動に胸を躍らせスイッチを入れると、流線形のボディがシュパァと気圧放出のような音をたてながらガルウィング式(地面に対し垂直型に開くドア。ベンツなど高級車の代名詞が広く採用している)に開きやがった! くそ、そそりやりやがる。

 分かってたけどメカニックすら神じゃねえか。

 直ぐに中へ突入すると、まるで体力回復する装置を横にしたような感じがした。

 液体で満たされてはいないけどな。

 このフルダイブ型TRってのは中枢神経である脳と脊髄せきずい、そして末梢神経である脳神経(嗅神経、視神経、動眼神経、滑車神経、三叉神経、外典神経、眼内神経、内耳神経、舌咽神経、迷走神経、副神経、舌下神経)全てに影響を与えるらしい。

 感覚が切断されている部分を補うためのプロトコルまであり、肢体不自由な人たち、いわゆる身体に障がいを持つ人でも、実際に走ることができるような感覚を強く与えることができ、リハビリ器具としても多大な評価を受けているんだとか。

 ライセンスがあるのは人命に直結する可能性があり、無ければプレイ不可能なのは納得のいく話だ。

 事件事故があった場合もライセンス規約に従う必要がある。にもかかわらずバカ売れってんだよな。

 さて、まずは一緒いっしょに届いたライセンスカード挿入っと。

  

 内側の電源も入れて……なんか豪勢だなこれ。本革に近いけど特殊加工か? さすが特注品。

 レザー調のシートは保温制度も抜群みたいで、最初だけほんのり冷たかったが、直ぐに暖かくなった。


「胸の鼓動がやべー。ついに俺はフルダイブ機器の世界へ……」


 今日はまだパクリマスオンラインをプレイできない。

 それでもドキドキすんのは、この機械を日本が造ったことに対する最大の賛辞さんじかもしれない。


Welcomeウェルカム toトゥ yourユア future フューチャーpartnerパートナー 】(ようこそ。あなたの未来のパートナーへ)


 起動されると同時に脳内へ立体型の文字が迫って来た。

 そして俺は、幾何学模様の部屋で……寝ている姿勢とは違い、立っていた。

 手先や体を動かしてみるとどうだ。

 現実で動いているのと同様に体が違和感なく動かせることに気付く。

 決定的なのは感覚。横たわってるから足の裏に体重が掛かっていなかったのに、どう考えても重力込みで掛かってる。

 ……どうやってんだ。分からなすぎて頭がバグりそうだ。

 

「なんじゃこりゃ。VRと比較にならんほど現実的だぞ。全ては人体の伝達物質……神経やホルモンにあるってか。操作キー不要、温痛覚、冷痛覚における各受容器の反応、フィードバックによる反射。あらゆる動作を感知してるってのはまじか。トゥルーとはよく言ったもんだわ……」


 起動しただけで圧巻だった。

 感動してたら風景が徐々に変わり……目の前に広がったのは、見たことがある場所。

■テンプルヴァイス、ステーションオブ東京■


 東京駅だ。

 あえてそうなるように設定されてたんだろう。

 これが国産ゲームである。首都を東京に構える日本が作った機器である。

 そう世界に訴えかけるように。

 その東京駅に六つの立体的な巨大花……藤の花か? がゆっくりと落ちて来る。


 六条寺が動かなければ実現することが無かった世界。

 ……目の前の東京駅は本物のように思えた。

 そして、歩く人々のざわつきや足音、全てが真実のようだった。

 しばらく見とれていると、紫色の機械模型的な球体が出て来た。

 中心が光りながら少し分離して……しゃべり出した!? 


『ようこそテンプルヴァイスの世界へ。ご覧いただいた東京駅はいかがでしたか? この起動プロセスは後ほど変更可能です。今後は自分の好きなシチュエーションを起動メニューへカスタマイズできます』

「滑らかなAIエーアイボイス。こいつもトゥルーだ」

『申し遅れました。私はオメガ。テンプルヴァイスの全てをサポートさせていただきます』

「オメガ……?」

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