第六話 住所が浮遊で無職

 西暦3574年の時代には、電脳化処置というは極一般的であった。と言うよりも、特殊な自然愛好家ナチュラリストでもなければまず処置するし、しなければ高度な社会や文明から外れてしまうのでほぼ必須であった。


 社会構造の上部、所謂上級国民と言える第二知性デザノイドは後天的に処置をするが、リョウスケのような第四知性レプリカントは試験管で育てられている段階で電脳化処置が行われる。


 黎明期には外科手術で開頭して直接脳内に電脳チップを埋め込んでいた電脳化処置も、ナノマシン技術の進歩で体内生成が可能になり、注射一本で済むようになった。リョウスケは自我を持ち始めていた頃には既に処置済みだったので、前世では特にその情報に関して何も思わなかったが、今生で初めて意識のある時に処置をするとなってその恩恵に預かった。


 そう、転生したお陰で身体自体は第一知性ヒューマンなのだ。スイッチひとつで使えるビームセイバー程度ならともかく、ドローンやサブナックなど、フェシカが今後持ち込む様々な技術を余すこと無く使うのならば電脳化処置は必須と言える為、その手術に望むことになったのだ。


 と言っても、前述したようにもう開頭手術をするような古い技術ではない。注射一本ぷすっと首筋に差して、脳波を低下させるために一度仮眠を取れば、後は体内に注入されたナノマシンが一緒に運び込まれた液剤からチップの部品を生成して勝手に組み上げ脳に定着させる。


 目覚めれば処置が終わっているという寸法だ。その注射も例のスキルでフェシカが作り出していた。


「で、これどうしたんだ?」

「造りました。メイドさんが夜なべして」

「俺、寝てたの三時間ぐらいだろ」


 その電脳化処置を終えて、廃墟で目覚めたリョウスケが最初に見たのは、巨大な影であった。


「フェシカも今や有機生命体です。そしてメイド。ならば管理するお家がないと困りますからね。無職になってしまいます」

「家………家か? コレが?」


 仰向けで寝てたので、まず目に入るのは澄み渡る青空であるはずなのだが、巨大な黒い影に塞がれていたのである。その浮いている巨影を指して、フェシカは家だと言い張っているのだ。


「はい。移動型のお家です」


 彼女は胸を張って大真面目に頷く。


「鉄で出来てるな」

「マスター。木造の家など防御力が足りません。マスターを護るのに紙装甲など有りえません」

「砲塔が付いているな。やたらと一杯」

「マスター。強盗や不審者に対する備えは必要です。一撃で粉砕するために艦首砲はマストです」

「艦橋があるな?」

「マスター。いつ何時襲われるかわからないのですから指揮所は必要です。ちなみに第三艦橋は切り離せますよ」

「ブースターも付いているな」

「マスター。移動型のお家なのですから当然機動力は必要です。文明人なのですから、最低でも第一宇宙速度ぐらいは出ませんと」


 そうか、とリョウスケは深く頷いた後、満を持して突っ込む。


「いやコレ戦艦だろ」

「移動型のお家です」

「それで押し通そうとしてもどう見ても」

「移動型のお家です」

「いやコレ、アークレイ社の強襲型揚陸艦宇宙戦艦………」

「移動型のお家です」


 しかし愛機フェシカは頑として家だと主張した。


「…………ちなみに名前は?」

「ガルガンティアです」

「やっぱ強襲型揚陸艦ガルガンティアじゃんか!」


 そして名前を聞いてリョウスケが突っ込むが、フェシカは譲らない。


「いえ、お家です。中身を改装していますので家庭菜園も出来ますし、小さいながら牧場もありますよ」

「自給率は?」

「栽培や牧畜が軌道に乗れば全乗組員300人を老朽化で壊れるまで無補給で賄えるぐらいには」

「移民船かよ!」


 自給自足も可能というある意味では家らしいのだが、その物々しさと継戦能力は軍事要塞のそれであった。


「いいのかぁ? コレ」

「良いのではないでしょうか? 少なくとも、造っている最中に駄女神リフィールからのダメ出しは無かったですし」

「えー…………」

「ともあれ、フェシカは職場を得ました。これで胸を張ってメイドと名乗れます」

「そうか…………――――ん? じゃぁ、その場合俺はどうなんのさ」

「マスターはマスターなのでそのままで良いのではないのでしょうか?」


 そのまま? と首を傾げるリョウスケに、フェシカは唇に手をやって考える。


「言うならば――――」


 職は無い。住むべき家はあるが移動式でお空に浮いている。


「住所浮遊無職ですね」


 どこか誇らし気な愛機の言葉に、リョウスケは何故か妙な危機感を覚えた。

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愛機と共に、どこまでも! ~住所浮遊無職と追放型令嬢を添えて~ 86式中年 @86sikicyuunen

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