第四話 第七知性は愛の夢を見るか?
酷く懐かしい感覚があった。
ふわふわとまるで浮かんでいるような、そんな地に足がつかない不安定な感覚。だが、同時にそれが心地良い。ロールアウトされる前の、生理食塩水と培養液の混合液に浸された試験管の中。まだ外の世界を知らず、それでも知識だけは脳にインプットされていくだけの────あの無味乾燥なれど、穏やかな日々。
暗闇の視界の中、誰かの声が聞こえてくる。
『やはりTシリーズは傑作だよ。特に1000番以下は、元となった英雄の才覚が顕著に現れている。特に融人機への適性が異常だ。流石に
『でも不安定だわ。半分以上はまともにロールアウトも出来ていないじゃない。だから欠陥の烙印を押されて封印していたのに』
『だが残りの半数は戦場に出て、凄まじい戦果を挙げている』
『それで残りの凍結個体も覚醒させるの?』
『上からの指示さ。僕にはどうにも出来ない』
『現金なものね。戦況はそんなに悪いとは思えないけれど』
『さてね。お偉方は戦争を終わらせたいのか、それとも────』
『そこから先は、口にしないほうが良いわよ』
『そうだね。僕も謀殺されたくはない。ともあれ、一研究員の僕らに拒否権はない』
『────そうね。願わくば、彼等が設計寿命を迎える前に戦争が終わることを願って…………』
それは、
何故、それを今思い出したかは分からない。
きっと、この浮遊感がそうさせたのだろうな、と結論付けた頃に背中に感触を覚えた。まるで大地に横たわっているかのような感覚。
夢の終わりが、近いと感じた。
●
「――――ん」
そしてリョウスケは目を覚ました。
覚醒の感覚は倦怠感を伴わず、すっきりとしたものだった。視界に広がるのは、見慣れた星空ではなく淡い青と斑の白でデコレーションされた空。知識ではなく、体感で初めて見る青空というものをしばらく感慨深げに見つめた後、彼は身を起こした。
「お目覚めですか。マスター」
「ああ、フェシカ――――誰だ?」
それを待っていたかのように横合いから声を掛けられて、視線を巡らせリョウスケは首を傾げた。その先にいたのは見慣れぬ少女だったからだ。
長い銀髪を二つおさげにしたその少女は、何処か浮世離れしていた。感情を宿さないような赤い瞳に、透き通るような白い肌。有機物でありながら、妙に機械的な雰囲気があった。何よりも異様なのは、その衣服だ。
メイド服である。
重ねて言うが、メイド服である。リョウスケは預かり知らぬところであるが、世にいうヴィクトリアスタイル。そんな少女から、フェシカの口調が漏れた。
「マスターのフェシカでございますれば」
少女はそう言うが、リョウスケは首を傾げるばかりである。確かにフェシカの口調。そしていつの間にか勝手に設定されていた女性型音声であるが、フェシカはA.Iだ。それも融人機搭載型の。こんな肉体など持っていない。
「いや、俺の知ってるフェシカは…………」
「もちろんありますよ。――――このように」
彼女が両手を広げると、その背後の空間が湾曲してそれが現れた。
一対の鋼翼を持った巨人だ。手があり、足があり、しかし藍色の超強化樹脂装甲板を貼り付けられたその機械仕掛けの巨人を見たのならば、人はそれをロボットと呼ぶだろう。
融人機、と呼ばれるリョウスケとフェシカがいた世界では極普通の作業用ロボットである。彼の前に出現したこれは、戦闘用のものだが。
Type-3549────サブナック。
全長15mサイズの融人機としては中型でありながら、その拡張性と冗長性から現地改修に適しており、様々な戦場で様々なバリエーションを生み出された量産型の傑作機。特徴としては前述した拡張性に加え、機体設計が簡素なことから酷く継戦能力が高いことか。
安価ながら
戦地で愛用する兵士をして、『コイツを完全に壊すなら主機を落とした上で攻撃するか、さもなければ戦艦の飽和攻撃でも持ってこないと無理』と言わしめたほどである。パーツの寄せ集めで復帰してしまうことからゾンビとかフランケンシュタインとか敵勢力から呼ばれている。
いつかは特注機、と夢見る兵士でもまずはこれに乗り、これに愛着を持ち、やがてこれで無くては駄目になるほど信頼性が高い名機である。
リョウスケが帝国上層部から特注機を押し付けられるまで戦場で最も長く乗り継いだ機体でもある。因みに、政治の都合で特注機を取り上げられた結果、最期に乗っていたのもこれだ。
「あー…………そっか、転生ってやつか。あれ、夢じゃなかったんだな」
「ご理解いただけましたか?そして思い出しましたか?リフィール神とのやり取りを」
陽光に照らされるサブナックのツインアイを眺め、ようやっと現実感を得たリョウスケはフェシカを見る。
「まぁ…………それが魔法ってやつか?」
「いえ、スキルですね。あの女神から『
「何だそれ」
「簡単に申し上げますと、ファンタジー世界にSFの世界観をぶち込める素敵スキルです。色々と制限はありますが、元々
得意げなフェシカに、リョウスケは『
「そもそも魔法がある世界相手に、俺達がいた世界の兵装は通用するのか?」
「フェシカもそう思い、リフィール神に確認を取りましたが…………レーザーライフルってあるじゃないですか」
「あるな。歩兵に取っちゃ標準的な携行火器だな」
「アレ一発で、全身魔法金属鎧の騎士団を端から端までブチ抜けるようです」
「マジで?」
「マジです」
「えぇ…………いくらなんでも防御力低すぎじゃね…………?」
携行出来る
「そういう訳でして、この世界の相手に後れを取ることはそうそう無いですし、フェシカがいる以上マスターの安全は万全です」
「お、おぅ。何かやる気だな…………と言うか、お前のその姿は何なんだ?」
今更ながらに突っ込むリョウスケに、フェシカは胸を張った。
「リフィール神が転生させる時に何になりたいかと聞いてきたので、元の姿でと要望を出したら『それは駄目!世界滅茶苦茶にする気!?』とか宣いました」
「そうだな。お前の本体、
書いて名の通り、恒星一個をダイソン球で覆い、そのもののエネルギーを利用して稼働する電動脳がフェシカの本体だ。尤も、世界を隔てたせいか、あるいは転生して肉体を得たせいかパスが切れたままだそうだが。
「はい。なので、ではマスターの側に侍って不自然でないものをと願いました」
「ふむ?」
「そうしたらメイドになりました」
「んん?」
「種族もメイドです。因みにマスターは人間で、ちゃんと若返ってますよ」
「うぉっ、マジだ!」
例のスキルで出したのか、手鏡を渡されて覗いてみるとリョウスケは仰天した。壮年だった自分の顔が生まれた時と同じような少年になっていたからだ。神だとかファンタジーだとかSF世界の人間にとっては懐疑的な要素であったが、実際に身に降りかかると信じざるを得なかったようだ。
「メイドってアレだろ?大昔の家政婦のことだろ?」
「そうですね」
「そんなもん家事アンドロイドにやらせとけばいいだろ」
「マスター。ここは異世界で、その上マスターの感覚で言えば二十世紀は昔の世界観です。――――あらゆるものがほぼ人力がデフォですよ?」
「――――ふ、不便だな…………」
カルチャーギャップに絶句するリョウスケに対し、フェシカは微笑む。
「ご安心くださいマスター。『幻想侵食:偽』は、設計図さえ理解していれば魔力次第で何でも作り出せます。例えば――――このように」
そう言って右手を翳す彼女の手がやおら光ったと思うと、次の瞬間には鉄の棒が握られていた。
「護身用です。お使いください」
「ビームセイバー?…………って、コレ、カラタ社の第三世代かよ。しかも骨董品過ぎて滅茶滅茶値段張る
40cm程度の鉄の棒をリョウスケは受け取って、スイッチオンしながら軽く振ると三尺超の光刃が出現した。
「お好きでしょう?マスター、いつもカタログ見てはため息ついてましたものね」
「助かる。一応俺も言語は理解できるらしいが、原生生物とか話が通じない奴ら相手に素手は困るからな」
護身用としては些か趣味に走っているが、不足はない。事前に聞いている文明レベルならば、むしろこれでも過剰なぐらいだと思った。
「アイテムストレージに入れるといいですよ」
「…………どうやって?」
フェシカの助言にリョウスケは首を傾げる。アイテムストレージ。要は倉庫の事だろうが、
「こう――――ふん!と念じて」
「?んんん?」
「あ、駄目だこのマスター。SFの住人過ぎて魔法的な考え方がまるで出来ない」
「お前は何で出来るんだよ」
ついには匙を投げた相棒にジト目を向けると、元
「
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