第三話 世界観の違いと残業確定

「――――あー、そうか。リョウスケさんのいた世界、メカメカしいですもんね」


 転生という言葉に要領を得ず、首を傾げるリョウスケにリフィールはぽん、と手を打って得心した。


 彼がいた世界は宇宙文明レベルカルダシェフ・スケールに照らし合わせればタイプ3文明に相当する。銀河間を行き来し、恒星エネルギー伝達網や銀河そのもののエネルギーを余すこと無く使いこなせるレベルだ。何となく、この間同僚に借りて見た宇宙戦争の映画に似てるな、とリフィールは思った。


 まぁそれ故にこそ、限られたリソースの奪い合いという切実な理由ではなく主義主張、価値観の違いというどうしようもなく、ある意味しょーもない溝のために宇宙を二分して戦争している状態なのだが。


 いくら文明が発達しても人類という種族の根っこは変わらないのかも知れない。


「えっとですねー」


 まぁそれはそれとして、とリフィールは気を取り直して簡潔に説明した。生物には輪廻転生という概念があり、その生を終えると再び別の命に生まれ直すということ。本来、それは人の身で制御することは叶わず、神としても基本的にノータッチであるということ。


 ただ、今回は諸事情のため特別にそれが叶うということ。


「成程? 十五世紀は昔に廃れたはずのオカルトっぽいのがマジだったと」

「その手の知識はありますか?」

「睡眠学習された古い知識にそんなのはあるが、イマイチ要領を得んなぁ。いや、理解は出来るんだが実感ができないと言うか…………」


 ロールアウトされるまでに詰め込まれる基礎教育に近似知識があったが、何分古い記憶だ。第四知性レプリカントとしてはそろそろ耐久寿命だったリョウスケにとっては遠い記憶なので思い出すのも難儀する。


「マスター。その手の情報は私が持っています。よろしければ語って聞かせますが?」

「それは出来れば転生先でやってくれませんかね…………」


 ぼそっと呟くリフィールに、フェシカがじろり、と言いたげに睨むような視線を向けた。


「先程からやかましい神ですね。フェシカとマスターの会話に混ざってくるとは良い度胸です」

「あれ?何だろう。こんな雑な扱いされているのに、怒りよりも先に安堵感が来るのは何故なんだろう…………」

「まぁ、その手の知識は追々覚えて行くさ。で、転生先ってのはどんなところなんだ?」

「えっと、剣と魔法のファンタジーっぽい世界ですよ。ただ、ちょっと、その…………」


 リョウスケに問われ、リフィールは少し言い淀む。


「はっきり言いなさい、リフィール神」


 はっきりしない神に、第七知性有機A.Iがぴしゃりと言い放つという妙に締まらない構図であった。


「えっとぉ…………ちょっと前にその世界の魔王が邪神化してね?その邪神はとある周回勇者がサクッと倒してくれたんだけど………」


 じゃぁお言葉に甘えて、とリフィールは説明を始めた。


 彼女が携わる業務の中には、世界の管理が含まれる。その業務内容は多岐に渡るのだが、その中に邪神化した存在バグを排除するデバック作業も含まれるそうだ。ただ、コレに関しては神そのものが直接干渉することは出来ず、世界に適応できる人間を呼び出して神器を託し全自動デバッグツール勇者として送り込むのだそうだ。


 例に漏れず、その時も何人かの勇者を送り込んだが尽く失敗。にっちもさっちも行かなくなって、知り合いの半神鳴神に土下座して手伝いを要請。それで事なきを得たのだが、少々弊害と言うかコラテラル・ダメージと言うか思わぬ副作用が出た。


 結論として、やりすぎたのだ。


「つまり、世界の半分が荒廃していると…………?」

「しょ、しょうがないじゃないですか!いつぞやみたいに単体で邪神化したんじゃなくて、魔王の眷属全員邪神化してて世界中に散ってて、それを見た鳴神さんが『面倒』の一言で世界中に広範囲爆撃しまくったんですから!」


 半神は半神でも破壊神じゃなかろうか、と思わずリフィールが突っ込んでしまうほど世界を灼いて、事態を強引に収束させた。これで人類を含めた現地の生態環境が崩壊するほどの破壊はされていない辺り、流石と言える。


 ただ影響は全く無かったとは言えず、ちょっとばかり世紀末な様相を呈しているらしい。


「なぁ、フェシカ。睡眠学習で得た俺の中の知識じゃ勇者ってのは剣と魔法で立ち向かうような奴だったんだが…………」

「奇遇ですねマスター。フェシカの知識でもそうですよ」

「うぅ…………あんな滅茶苦茶する周回勇者なのに、いざという時にあの人しかいないんですよぉ…………。しかも結果はちゃんと出すし…………」


 お前貸1だからな、と嫌そうな顔をされたことを思い出したリフィールは、それを忘れるように首を横に振って説明に戻った。


「と、ともかく、そこはそんな感じの世界です。あの人が暴れてから現地時間で100年程経ってますから、多分、ある程度は復興していると思います」


 ちょっとばかり荒涼としているかもしれないが、人類絶滅とか生態系の崩壊とかはしなかったのだ。社会性は今も維持しているだろうし、何とか中世レベルまで復興はしているのは確認している。


「ところで、貴方のスキルなんですが…………」

「スキル? 技術のことか?」

「あー、そうですよね。そこからですよね…………」


 地球の日本人と違って話が遅いなぁ、とリフィールは思うが直ぐに思い直す。ここ昨今の日本人が転生に関しての知識量や適応力が異常過ぎるのだ。何なら日本人以外でも割とサクッと受け入れる。あれ? 貴方キリスト教ですよね? と思わず突っ込みを入れた側だ。


「――――成程。情報端末のアプリケーションみたいなのが人間にも使えると」

「ですです。とは言っても、今回の転生のメインはそちらのフェシカさんでして。貴方に差し上げれるスキルは多くないんですが…………」

「安心してくださいマスター。必要なスキルはフェシカが選定して既に獲得済みです。あちらでの暮らしでマスターに不便をさせることはありません」

「いやいや、言語理解とかアイテムストレージとか、簡単な初心者パックは付けますよ。流石に。後、技量を磨けばスキル化はシステム上しますので安心してください」


 そんなリフィールのアフターケアに対し、フェシカの鬼火はぬるり、と回転した後。


「チッ…………!」


 妙に情感の籠もった舌打ちをした。


「舌打ち!? 今舌打ちしましたよこの子! この中級神に向かって!」

「マスターのお世話をするのはこのフェシカの役目です。これ以上フェシカの存在意義を奪わないでいただきたい…………!」

「もうヤダぁこの子」


 どうしてこう、ここ最近関わる魂はやたらと濃いのだろうかとリフィールは天を仰いだ。


「ともあれ、その初心者パックを貰って異世界とやらに行けば良いんだな?」

「はい。出来れば可及的速やかに。私の精神が崩壊する前に」

「あっちでやることとかあるのか?」

「いえ特に。気ままに生きてください。次に死ぬまでの休暇とでも思って」


 リョウスケが今後の方針を決めるために幾つか質問をし、リフィールが都度それに答えると彼はははぁ、と感嘆して頷く。


「休暇とか、都市伝説じゃなかったんだな…………」

「ヤダなんか切ない」

「マスター、四半世紀戦いっぱなしでしたからね」

「貴方の世界ブラック過ぎません?」


 ここ最近は天界でさえコンプラが煩いから休暇が取れるぞ、とリョウスケのいた世界の闇を見たリフィールであった。後は幾つかの遣り取りをした後、二つの鬼火を異世界へと送り出す。


「では、貴方達の行く末に幸あらんことを願って」


 何だか騒がしい二人を見送って、リフィールは大きく伸びをする。これで今日の業務は終わりだ。日報処理をするために今日のデータに目を走らせると────。


「――――?アレ?なんかデータがおかしいような…………」


 小首を傾げ、精査する。すると、それに気づいて自らの血の気が引く音を聞いた。


「ちょっ!て、転生先間違えたっ!!」


 己のポカで、今日の残業が確定した瞬間であった。

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