第二話 元A.Iの我儘

 白い空間の中で、Figure Electronics Seven Intelligence Central Application:5081107―――いや、フェシカは一人の女性からこの状況の説明を受けていた。


 長い金髪に碧眼、トーガと呼ばれる衣装に身を包んだ妙齢の女性だ。リフィール、と名乗ったその女性は幾つかの説明をした後でこう締めくくった。


「――――というわけで、貴方は既に生命体として認知されていました。今回の件は、その世界に新たに発生した生命に対するご褒美のようなものです」

「仔細了解しました」


 それに対しフェシカ――――ここでは何故かバスケットボールサイズのウィル・オー・ウィスプな容姿となっているが――――は頷く。


 この不思議な邂逅に関して最初こそA.Iらしく科学的な見地で精査に掛かったが、途中でそれを放棄した。


 と言うのも、フェシカの大元となる恒星量子電動脳マトリョーシカ・ブレインとのリンクが切れているからだ。距離不問、場合によっては世界の壁すら通り抜けるとされるフェシカの親機とのリンクが切れるということは、想定以上の異常状態に身を置いているということの反証に他ならない。


 無論、これで敵意があるようならばその限りではない。しかし現状においてはこのリフィール中級神の言を借りるならば、フェシカがいた世界で有機A.Iとして最初の生命体として認識された結果、その先駆者としての褒美で他世界への転生が決定されたようであった。


 色々と便宜も図ってくれるようで、それ自体に不満はない。不満はないのだが――――。


「それで、転生先なのですけど…………」

「その前に一つ。フェシカのマスター…………リョウスケ・U・タウゼント氏は何処に?」

「え?一緒に亡くなった方ですか?それならそろそろ輪廻に」


 その言葉に、フェシカは深く静かに激怒した。


「――――認めません」

「え?」

「マスターのいない転生など認めません。フェシカがその何処とも知れない異世界に飛ばされるというのならば、それはマスターも一緒です。マスターは何処ですか?迎えに行きます」


 元は融人機の制御A.Iとして生まれたフェシカではあるが、四半世紀も同一人物に仕えた影響か執着という概念が創出されていた。通常はもっと早い段階で機体ごと更新されるか、さもなくばパイロットが生き残らないかのどちらかである。


 そのどちらもクリアしてしまったからこそ、フェシカは新しい生命体としてリフィール神に認知されたのだが――――。


「え?いや待って。ちょっと待って。あのね?その人は生まれはアレだけど、一応人間だから人間の輪廻がね?」

「そちらの事情など知りません。マスターは何処ですか?答えなさいリフィール神…………!」

「何でここ最近の私、人の話を聞かない奴にばっか当たるんだろう…………」

「何を項垂れているのですか。こうなれば止む得ません。第七知性有機A.Iの能力を見せてあげましょう…………!」

「わー! ちょっとちょっと勝手にシステムハッキングして破壊行為に勤しもうとしないで!? っていうか何でアクセスできるの――――!?」


 宇宙文明カルダシェフ・スケールレベル3に達した人類が生み出したA.Iは、我儘も派手であった。




 ●




 リョウスケ・U・タウゼントは第四知性レプリカントである。


 所謂人造人間であるし、戦争で消費される生体部品の一つであった。戦闘行動の規範とするべき作戦を理解する必要性があるため、睡眠学習ではあるがある程度の知識は持たされていて、大方針に背かぬ程度の柔軟性や冗長性を確保するため人格も付与されている。


 だが、人が作ったとは言え人類であることは間違いない。


 故に、最初の進化個体として認識されることもなく、フェシカのように進化のご褒美として転生、ということもなかった。彼は預かり知らぬ話ではあるが、あの戦闘の最中に命を落とし、そのまま人の輪廻に呑まれて漂白され、やがて何かの生命体として生まれ変わる予定であったのだ。


「――――と言う訳で、貴方も転生してもらうことになりました」


 それが何故か、神と名乗る女の前で転生の説明を受けていた。


「は、ぁ…………?」

「ため息付きたいのはこっちですよ! 折角限定取れて正式な中級神になったのに!その初仕事の転生事務でどうしてまたぞろ濃い魂に当たるんですか!!」


 そんなの鳴神さんあの人や三馬鹿だけで十分なのに! と嘆くリフィールにリョウスケは知ったこっちゃないよ、と辟易した。


 彼の拙い理解力で要約すると、この剪定世界の住人であるリフィールという女性は神という十数世紀は昔に廃れた宗教の聖書に出てくるような存在で、彼等のルールに従って下位世界で一定の成果を示したフェシカに褒美を渡そうとした。だが、フェシカは主であるリョウスケと一緒でなければ嫌だとこれを拒否。すったもんだの挙げ句、褒美の一環として輪廻で漂白寸前のリョウスケを緊急サルベージして今に至る、との事らしい。


 コイツA.Iの癖に一度言い出すと聞かないからな、と横を盗み見ると鬼火のような球形が何処か誇らしげに胸を張っているように見えた。因みに、今のリョウスケもバスケットボール大の鬼火だ。


 そしてそれに付き合わされた自称女神様は膝を付いて項垂れている、と。


「えっと、どんまい?」

「軽い!軽いですよこの人!」


 何となくお疲れ、と励ましてみたのだがお気に召さなかったらしい。リフィールはもっと労って! 私に優しくして! と面倒臭い構ってちゃんが如き要求をしていた。既に神とかいう超次元存在が持つべき威厳など遠い時空の彼方である。


「マスターは戦場の鬱屈した空気に最後まで馴染まなかった人です。ある意味、この気楽さがあったからこそ長く戦い続けられてこれたのでしょう」

「まぁ、最後は死んじまったけどさ」


 いやぁ単騎になったから暴れるだけ暴れたが流石に無理だったわ、と苦笑する彼だが、標的施設に配備された最新鋭機部隊を旧型の機体で9割方撃破しているという冷静に考えると頭のおかしい戦果を叩き出し、生き残らせた部下達や報告を聞いた上官達は当然、壊滅させられた方のお偉いさん達もがドン引きしていて地味に伝説になっている――――と言うのはまた別の話である。


「まぁいいです。とにかく、貴方も転生してもらいます。いいですね?」


 ともあれ、リョウスケもおまけで転生することになったのだが――――。


「いや、いいも悪いも…………」


 彼は小首を傾げ、こう訊ねる。


「――――転生、って何だ?」


 どうやらSF世界の住人に、異世界ファンタジーは難しいようである。

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