第一話 あるいはこんな終わり方

 人類が工業という力を自覚した産業革命から、およそ16世紀が経過した。


 太陽系から進出し、その生存権を銀河系規模に大きく広げた人類は、しかしその性から抜け出すことはなかった。歴史が示すように、人類史とは人類同士の戦いの歴史だ。それを繰り返すように、今度は銀河系同士の衝突が起こった。最初は小さな火種だったそれも、やがて大火となって宇宙を包み込む。


 リョウスケ・U・タウゼントもその戦火に巻き込まれた―――いや、言うならば申し子であった。人類同士の戦争ではあるが、この頃になると純粋な人間が直接前線に出ることはない。融人機ドミニオンと呼ばれる戦域支配型汎用遊撃機に、人工子宮で戦闘用に調整、量産された第四知性レプリカントを搭載させて戦わせるのが主流だ。リョウスケもその第四知性の一体であった。


 正式名称はTシリーズの製造番号000アンダー649リョウスケ号である。


 時に西暦3574年。


 既に銀河戦争勃発から半世紀近くたったある日、リョウスケが率いる融人機部隊は極秘作戦に従事していた。味方主力が銀河連邦主力を引き付けている間に、敵の前線基地惑星に侵入し、中枢付近で破壊工作を行って脱出するという任務だ。極めて中途半端かつ短慮な作戦内容ではあるが、これは戦域管制を主とする戦術A.Iが立てた作戦ではなく、手柄を求めた銀河帝国高官の発案であり、結果から言うならばリョウスケの部隊は捨て駒であった。


 敵深く侵入したは良いものの、敵に捕捉され撤退を行っている現状ではあるが、彼はその先を予見していた。


(こりゃ全滅だな…………)


 小惑星をくり抜いて建築された敵前線基地内を、融人機を巧みに操作しながら逃げ惑い、約束されてしまった未来にげんなりした。


 元々が無茶な作戦だったのだ。保険もなく、成らねば玉砕せよとのお達しだ。まぁ、所詮は量産型レプリカントだ。人権などあるはずもなく、使い捨てという意味では正しい運用法ではあるのだが。


(とは言え、唯々諾々と従うのも面白くないと来た)


 潮時かね、とリョウスケは苦笑して融人機の速度を落とした。視界に僚機達が駆け抜けていく姿が見える。それに気づいたか、即座に通信が入った。


『大尉!大尉聞こえますか!?』

「あー、聞こえてるよ」

『何ゆっくりしてるんですか! 早く脱出しないと!』

「無理だ。このままだと全滅だしな」

『何を…………!』

「状況判断間違えるなよ」


 道中に入手、構築した前線基地内のマップを広げてやると、自分達が進行するシャフト、そのルートの後方に高熱原体反応。このパターンは融人機だ。敵の追撃部隊がすぐそこまで迫っている。


『――――そんな』


 その意味と、今から彼がやろうとしていることに気づいた部下が絶句する。


「ま、そういうこった。――――生きろよ、皆でな」

『待っ…………!』

「通信終了!」


 リョウスケは一方的に通信を打ち切ると、シャフト内のコンソールパネルにワイヤーケーブルを射出して直結。システムをクラッキングして隔壁を操作。自機と仲間達との間に差し込むように閉じられた隔壁は、そのまま彼にとっての―――いや、彼等にとっての背水の陣となった。


「悪いな、フェシカ。付き合わせちまって」

『構いませんマスター。――――我々は、一蓮托生なのですから』


 リョウスケがそう呟くと、機内に電子音での返答があった。


 ミラージュ社製融人機制御用A.I、Type:Figure Electronics Seven Intelligence Central Application。製造番号5081107―――頭文字を取って愛称をフェシカと名付けられたA.Iであった。


「…………」

『どうしたのですか?』

「こんな時だからかなぁ…………。お前と出会った時のことを思い出したんだよ」

『初期状態のフェシカは、フェシカではありません』


 まるでぷいっとそっぽを向くような声音に、リョウスケは喉を鳴らした。


 最初に第三世代融人機と一緒に渡された時は、もっと事務的で機械的な返答をするA.Iであった。当時最新型の第七知性有機A.Iは自己学習機能を特化的に強化された製品で、その触れ込みはリョウスケも聞かされていたが、こうもウェットに富んだA.Iになるとは思わなかったのである。


 以降、幾つかの機体を壊しながら、あるいはアップデートで乗り継ぎながらも、しかしその制御A.Iはずっとフェシカに任せている。


「いや、ほんと、それ考えたら随分感情豊かになったじゃない」

『マスターは変わりませんね。――――老けはしましたけど』

「そりゃぁ、もう四半世紀戦場にいるしなぁ…………」


 リョウスケは生まれた時、既に十代半ばの姿であった。受精卵から成長するにあたって、あらゆる教育をシリンダーの中で行い身体を促成させると、およそ三ヶ月程で実戦に出れるまでになる。そこから二十五年以上、彼は戦場で生き抜いてきた。


 彼の人生は、常に戦場の中にあった。


『もっとお喋りしたいところですけれど、追撃が来たようですよ』

「あいよ。派手に歓迎してやるとしよう」

『未練は?』

「試験管で量産されたパイロットに何を聞くんだよ」

『フェシカはありますよ』

「なら基地にデータ送っとけ。ここまで戦い抜いたお前の経験はきっと有用だろうさ」

『そこにマスターがいなければ意味がありません』

「泣かせること言ってくれるじゃない、相棒」


 苦笑を一つ、マップに視線をやるとそろそろ敵機を目視できるほどに接近していた。


 リョウスケは下唇を舐めて、操縦桿に手を伸ばし――――。


「じゃぁ、一丁、人生最期の戦いと行きますかね…………!」


 そして宇宙に、一つの煌めきが奔った。

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