愛機と共に、どこまでも! ~住所浮遊無職と追放型令嬢を添えて~

86式中年

序章 激流の後の凪

 ざざぁん、と波の音と海の風が混ざった音に支配された大海原に、不似合いな鋼鉄の塊が浮かんでいた。


 陽光に照らされたその鉄の塊は、一般的に船と呼ばれるものではあるが────詳らかにすれば少々歪であった。少なくとも、何の前提知識もない一般人がこの状況を見たのならば仰天するか絶句するであろうことは間違いないだろう。


 全長400mに迫る鋼鉄の船はぱっと見では分かりづらいが武装しており、一般人でさえ船は船でも戦艦じゃないかと突っ込むぐらいには厳つい雰囲気を醸し出していた。何より歪なのは、本来母なる海を往くべきであろうその戦艦は――――浮かんでいた。


 比喩でも揶揄でもない。着水していないのだ。文字通り中空に浮かんでいた。船なのに海ではなく、空に浮かんでいたのである。ごうんごうん、と何かよく分からない駆動音とともに。


 ペルセイア銀河帝国に本拠を置くアークレイ社が設計、開発、建造した強襲揚陸艦、ガルガンティア────というのがこの船の名称だ。


 その甲板と思わしき場所の端っこに、胡座をかいて釣り竿を握り糸を垂らすツナギ姿の男が一人いた。


「あー…………平和だねぇ…………」


 歳の頃なら十代後半だろうか。それにしては些か老け込んだセリフではある。黒髪に中肉中背。顔立ちはアジア系だがすっと通った鼻梁と堀の深さは他の人種も混ざっているようだった。とは言えその容貌からして、まだ学生と名乗っても十人中十人が納得するであろうぐらいの出で立ちであった。


「リョウスケ。どう? 調子は」


 そんな彼の────リョウスケ・U・タウゼントの背後から、少女の声が掛かった。


 彼が後ろに視線をやると、烏の濡羽色の長い髪を海風に遊ばせる少女がいた。歳の頃はリョウスケと同じぐらいだろう。学生なのか、紺のセーラー服を身に着けていた。


「ユキノか。悪か無いねぇ…………ほら」

「わ。大漁ね」


 少女────斑鳩雪乃に手元のクーラーボックスに仕舞った今日の釣果を見せてやると、目を丸くした。何しろリョウスケの釣り歴はまだ3日だ。ここ最近になって『やってみたかったことリスト』を作成して、その一つに釣りがあったからやり始めただけ。


 取り敢えず道具の類は用意してもらったが、技術的なことは独自に調べて手探りで始めた初心者なのである。にも関わらず現在爆釣中であった。


「つってもどれが食えてどれが食えないか分からんからなぁ。昨日食ったアジって魚とサバって魚がいるから、全部駄目ってこった無いだろうがさ」

「ヒラメやカレイもいるじゃない。大丈夫よ、大体食べられるわ」

「…………この平べったいの、食えるのか? シュポロン星人の作った生体兵器に似てるが、食えるのか…………そうか…………」

「これは難しいけどね。毒があるから」


 クーラーボックスの中を検品する雪乃が指さしたのは河豚であった。それもトラフグだ。昔大阪で食べたてっちり鍋は美味しかったなぁ、と雪乃が零す。


「え? それラートグーフじゃねぇのか? 水産惑星だと高級食材なんだが。昔、襲撃した敵軍銀河連邦の物資の中に冷凍品があって、上層部に黙ってこっそり皆で食ったが美味かったぞ」

「食べれないわけじゃないし、美味しいし、なんだったら地球でも高級食材だけど…………内臓に毒があって、処理するのに免許がいるのよ。私は無いから駄目ね。確か肝臓だか皮だかに毒があるらしいけど…………詳しくないし」

「そうかぁ…………ひょっとして、やばかったのかな、アレ…………」


 久しぶりに合成食じゃない天然物だと喜んで食ったんだけど、とリョウスケが残念がる。余談だが、トラフグの主な毒性分布は肝臓と卵巣だ。皮に毒があるのはクサフグやマフグになる。


「そういや、何かあったのか?」

「いつもの、よ。日本政府のおねだり」


 話を戻してみれば、雪乃が肩を竦めた。そのげんなりした表情に、リョウスケは嘆息。


 それもそうだ。。それも比較的好意的な存在なのだから、自国に取り入れたいと思うのは必定。だが、3日も開けずに連絡されて、それも変わり映えしない熱烈なラブコールでは付き合う側は食傷気味にもなろう。


「飽きないねぇ…………」

「リョウスケがあんなこと言ったからこうなったんですけど?」


 元々、リョウスケとその相棒がこの地球にやって来たことが発端であるものの、彼等としては何処の勢力に加担する気はなく、ただのんべんだらりと暮らしていくつもりだった。


 だが、ほんのちょっとした手違いと言うかすれ違いと言うか防衛本能と言うか色々とあって日本という勢力圏から少し距離を取り、その仲介に雪乃を指名した。結果、彼女に日本政府のラブコールが殺到する結果となったのだ。


 とは言えこの斑鳩雪乃という少女。そんじょそこらの夢見がちな乙女ではない。どちらかと言えば、傷だらけの鋼鉄の処女である。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ついには婚約破棄に追放まで食らった結果、彼女は人間────いや、人類への信用をドブへと捨てた。


 故に、今日の交渉も没交渉ノーコンテストである。


「それと、他国からも会談の要望が来ているけど…………どうするの?」

「パス」

「そうよねぇ…………。今、フェシカが張り切ってお断り状を作ってるわ」


 リョウスケの返答はにべもない。釣り竿の先っぽから視線を動かさないほどに興味もない。おそらくそうなるだろうと読んだ彼の相棒フェシカは既にそのタスクに取り掛かっている。


 無論、ここまで頑なな理由はある。


「人類に俺達宇宙人はちょいと早すぎる。滅亡しかけているならともかく、あの程度は自力で超えてもらわんとな」


 彼等がである。紆余曲折あったし、実際にはもっと込み入った事情があるのだが、本質的に文明レベルが違いすぎるのだ。


「そうね、安易に技術供与したら今度はお互いを殺し合うでしょうし。人類、馬鹿だから」


 その奇譚のないというか容赦のない雪乃人類の意見に、リョウスケは苦笑。


「信用してないなぁ、地球人?」

「私ができると思うの?宇宙人」


 宇宙人の少年と地球人の少女が軽口を叩き。


「流石は追放型令嬢。肝が座ってらっしゃる」

「住所浮遊無職の人に言われたくありません」


 住所浮遊無職と追放型令嬢が笑う。


「ま、眼の前でなんかあったり、本当にヤバそうならこっそり助けるさ。そうでなければ助けることもない」

「そうね。私も人類に未練はないもの。大事なものは、もう手元にあるのだし」


 両者に共通しているのは人類に興味がないことだ。


「平和だねぇ…………」


 穏やかな地球の海を眺めてリョウスケは思い出す。


 自分があの日を。

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