第六講 タカマ壊滅!?
タカマ壊滅!? 壱
「…」
草木もまだ起き出さない朝五つ(およそ午前5時)。わたしは全快の報せも兼ねて一年生の長屋前にいた。
わたしが風邪で寝込んで早三日。みんなの看病のおかげで体調はすっかり良くなった。
その間は妖怪も現れず平和だったけど、代わりに断所ん。から迷い出た侵入者が生徒を襲うという事件があった。
幸いなことに心努の生徒の誰かが駆けつけたおかげで未然に防げた。
…それが誰かはみんな察しがついている。けど、懲罰房にいたしょうこちゃんには関係のない話だ。
治ったらいの一番にしょうこちゃんに謝ろう。熱で寝込んでいる間、ずっとそう考えていた。
やっぱり、どんな理由があったって叩くのは良くない。
あの子もあんなことがあって大変だろうから、それだけでも謝って少しでも負担を軽くしなきゃ。
でも…
「流石に、言えないよねぇ…」
思い出すのはつい三日前のこと。どうやってか脱獄したしょうこちゃんがわたしの看病をしてくれたことだ。
確かに、最初は熱に浮かされてしょうこちゃんをやちよ様だと思っていた。
けど、薬を飲んで熱が下がる頃には冷静になって、しょうこちゃんがお粥を作ってきてくれた頃には完全に正気を取り戻していた。
でも、熱で弱っていたせいかつい甘えたくなって、やちよ様だと思い込んだふりをして甘え倒してしまった。
あれを素面でやってたことがバレたら示しがつかない。この秘密は墓場まで持っていこう。
それにしても、姉妹なだけあってやちよ様の真似うまかったなぁ。
そんなことを考えていると、長屋の庭の方から鉄同士がぶつかり合う硬質な音が聞こえてきた。
「おぉっ。やってるやってる…」
さっすが我が妹。常日頃から鍛錬を怠らないなんてえらいえらい。
「ごきげんよー。しょ…」
長屋に入り、庭に回り込む。そこには鍛錬に励むしょう…
「ふっ!せぁっ!!」
「あぅっ!?」
いっとうかん高い音が響き、庭に脇差ほどの長さの刀が突き刺さる。
柄の先端がわらびのように丸くなっている珍しい刀だ。
「大丈夫?」
「はいっ。やはり、しょうこ様はお強いです…」
「あとりもすごく筋がいいわ。きっとすぐ強くなれるはずよ」
「あぁっ、なんともったいなき御言葉…!!」
…はいっ?
そこにいたのはしょうこちゃんと、薄茶色の髪の女の子。
二人は鍛錬をしていたのか、流れる汗を手拭いで拭きながら互いの健闘を称え合っていた。
「じゃあ次は拳砲ね。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします、先生」
「はいっ。まずは姿勢のおさらいです。先日お話した構えは覚えていますか?」
「確かこうよね?」
しょうこちゃんが拳砲を展開して構えを取る。すると、女の子はその背に回って抱きつくような形で指導を始めた。
「流石しょうこ様。ですが、姿勢が完璧でも力んでいては柔軟に照準を合わせることができません。ゆっくり深呼吸をして、体から少しずつ力を抜いて下さい」
「こうかしら?」
「はいっ。そのまま気を落ち着けて…」
しょうこちゃんの腰に両手を回し、うっとりとした表情で身を預ける女の子。
流し目を送る潤んだ瞳は独特の熱を持ってしょうこちゃんを見つめている。
しょうこちゃんは全く気づいていないようだけど、これはどう見ても…そういうことではないでしょうか?
確かあの子は…
「あや?昨日しょうこ様と朝餉つぐっでくれだお方だぁ。名前、なんつったべや?」
「三年生の
「ほんにお似合いだべ。こら来年ばもしかすっ…筆頭様目ぇ怖っ!?」
一年生達が見ているのに気付いたのか、二人がわたし達がいる方を見た。
「ふみえ様!?ご機嫌よう。こんなに早くから如何い…」
「…る」
「はいっ?」
「わたしも鍛錬やるぅーーーっっっ!!!」
「も、もうダメぇ…!」
体力の限界が来て倒れ込むふみえ様。初めてご一緒できて嬉しかったからちょっと飛ばし過ぎたかも。
「大丈夫ですか!?」
「なんとか…。しょうこちゃんは毎日これやってるの?」
「はいっ。気持ちが引き締まってすっきりするんです」
「そ、そうなんだ…」
昔は父上達に認めてもらうための手段でしかなかったけど、こうして誰かと楽しく鍛錬できるならあの時間も無駄じゃなかったと思える。
「あとりもお疲れ様。きつくなかった?」
「いえ。しょうこ様とご一緒できるなら、疲れなどなんのそのです」
そう言って愛らしい笑みを見せるあとり。
父上達に襲われていたところを助けて以来、彼女は何かと私の傍にいる。
流石に牢に忍び込んで一緒に寝ていたのにはびっくりしたけど。
「ねぇ、しょうこちゃん」
「はいっ?」
「お話があるんだけど、ちょっといい?」
道端の大きな岩に腰掛けて息を整えていたふみえ様が私を見上げる。
その目の真剣さに気づき、ただならぬ話じゃなさそうだとあとりに目配せする。
「では、朝餉の支度をしてお待ちしています」
「ありがとう」
私の意図を汲んだあとりはぺこりと頭を下げ、一年生の長屋へと戻っていった。
世話役でもないのに手伝ってくれるなんて本当にいい子だ。
「三年生のあとりちゃんだよね?いつの間に仲良くなったの?」
「ち…賊に襲われていたのを助けてからです。恩返しがしたいと何かとよくしてもらっています」
「ふーん…。懲罰房にいたのにどうやって?」
しまった!
「そ、それは…えっと…!」
うまい言い訳を考えていると、ふみえ様は口元に指を添えてくすくすと笑い始めた。
「賊をやっつけたのが誰かなんてみんな知ってるよ」
「あぅっ…」
どうやらバレていたらしい。あやめときりこ様は脱獄したことを知っているものね。
「それで、お話というのは?」
なんとなく察しはついているけどあえて聞いてみる。
ふみえ様はゆっくりと立ち上がって私と向き合い、軽く頭を下げる。
「まずはお礼を。とても褒められたことではないけれど、あなたのおかげで最悪の事態は回避できました。誠にありがとうございます」
「当然のことをしたまでです」
そこでふみえ様の頭が更に深々と下がった。
「次に謝罪を!叩いて本当にご…」
「そこまでです!!」
言い終わるよりも早くそれを遮る。
「えっ?」
「あの件は全て私の不徳の致すところ。ふみえ様が謝るようなことは何一つありません」
「でもっ…!」
「あなたの思いを無視してしまったのですから、殴られて当然です。私の方こそ、ふみえ様の御心を軽んじてしまい大変申し訳ありませんでした!」
これまで燻っていた万感の謝意を込めて力の限り頭を下げる。そうして互いに頭を下げ合うこと暫く。
「ぷふっ…!」
その均衡を破ったのは、ふみえ様の可笑しそうな笑い声だった。
「やちよ様の言った通りだ」
「はぇっ!?」
まさかバレてた!?
「夢にやちよ様が出てきて言ってくれたの。仲直りしたいって気持ちを持って向き合えば仲直りできるって」
「そ、そうなんですか…」
良かったぁっ…!夢だと思ってくれてるみたい。
「しょうこちゃん。これからも、わたしの妹でいてくれる?」
「えぇっ。もちろんです」
努めて優しく答えると、ふみえ様はおずおずと右手を差し出してきた。私は手を伸ばし、「私」としては久しぶりの温もりをしっかりと握り締めた。
「…んっ?」
そんな感動の仲直りに水を差すように、巫力が振動するような錯覚が去来する。
拳砲の信話だ。
断りを入れて出ると、朝でも元気な声が聞こえてきた。
「はい。こちらしょうこ」
(よぉ。うちだ)
「自分の仕事は自分でやって頂戴」
(まだなんも言ってねぇよ!?)
信話の相手はあやめ。この時間ということは多分牢の配膳の話だろう。
(いや、当たらずも遠からずだな。悪いんだが、今日も頼めるか?みんなバモウには慣れてきたんだが、あいつらにはビビっちまっててよ)
妖怪より近寄りがたいって…
「分かったわ」
(飯はいつものとこにあるから持って行ってくれ。…それと、お前にばっか押し付けてすまねぇ。あいつら、お前の兄貴と親父なんだってな)
「もう違うわ」
「そうかよ…」
沈痛な声と共に信話が切れる。
今、心努の懲罰房には三人の囚人がいる。
一人はバモウ。彼(彼女?)は暴れず大人しくしているから皆も少しずつ慣れてきている。
そしてもう二人は先日私が倒して捕縛した外からの賊。かつての父上と兄上だ。
タカマには滅多に現れない外の男達。怖がるなという方が無理だろう。
「誰から?」
「あやめからです。配膳を頼まれたので行ってきます」
「待って!」
囚人に振る舞う朝餉を取りに行こうとした私をふみえ様が呼び止める。
「わたしも行く」
「危険です」
「武器は奪ってるんでしょう?それに、不穏分子がどんなものかを直接確かめるのも筆頭の仕事だから。…ダメ?」
軽く両手を合わせておねだりするふみえ様。そんな顔をされると弱い。
「…では隠れていて下さい。離れていても顔は見えるでしょう?」
「…うんっ!ありがとう!!」
筆頭の責務なら私が止める道理はない。
けど、本音を言えばふみえ様を家族に会わせたくはない。だって、
あの二人は、姉様のことを知っているんだもの…
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