深淵を這う者 陸

「えぇっ!?」


 普段のふみえ様からはまず出てこない弱気な発言に思わず面食らう。


「…こほんっ。ど、どうしたの急に?」

「わたし、妹ができたんです」

「それはめでたいわね…。どんな子なの?」


 自分でもずるい質問だって分かってる。でも、ふみえ様が私をどう思っているかという疑問の方が僅かに勝ってしまった。


「しょうこちゃんっていうついこの間入ってきた編入生の子です」

「編入生…」

「すごく強くてかっこよくて、でもとっても優しくてかわいい自慢の妹です」

「じ、じま…!」


 まっすぐにそう言われ、思わずふみえ様から顔を背けてしまう。


 だって、姉様とは似ても似つかないくらいにやけてるから。


「そんな妹を、昨日叩いてしまいました…」

「…どうして?」

「分かりません。生きてて嬉しかったはずなのに、帰ってきてくれてほっとしたはずなのに…気がつけば頬を張ってしまったんです。どうしてあんなことしちゃったんだろうって…ずっと、ずっと、頭から離れなくて…」

「…」


 悪いのは筆頭令を無視して独断専行した私。ふみえ様が気に病むことじゃない。


 でも、優しいふみえ様は私を傷つけたことを後悔しているらしい。


 胸に縋りつくふみえ様を抱き締めて頭を撫でていると、ぽつりぽつりと話し始める。


「それだけじゃありません。タカマの危機に対してわたしは何もできませんでした」

「そんなことない。あなたは頑張っているわ」


 あの会議の時だって皆の意見をまとめて新しい案として昇華させていたんだもの。そんな人が何もできないなんてあり得ない!


 でも、そんなこと姉様は知らないからそれは言えないわよね。


「わたしはけい様のように次善策をいくつも用意できないし、れみ様のように研究で情報を集めることもできない。りずちゃんみたいに強くもありません…」

「ふみえ…」

「やっぱりわたしには筆頭なんて、やちよ様の代わりなんてできなかったんです…!」


 私を強く抱き締めて胸に顔を埋めるふみえ様。


 その姿は年相応の乙女そのもので、泣きじゃくるその姿が夢で見たあの女の子と重なる。


 途端に、これまでの自分がひどく恥ずかしく思えてきた。


 何が私が死んでも変わらないだ?何がふみえ様が生きていれば心努は在り続けるだ?


 この人は公明正大な聖人なんかじゃない!


 責務に押し潰されそうになりながらも、皆のためにと頑張り続けている私達と変わらないただの女の子だ。


 私は、そんな人に私の死を押し付けようとしていたのか…!


「うぅ…!ひっぐ…!」


 ふみえ様のすすり泣く声が筆頭屋敷に響く。


 胸元に伝わる熱を感じながら、今の私がこの人に何をしてあげられるかを考える。


 私は私。姉様ならどうするかなんて分からない。


 だから、本当はやっちゃいけないことだけど…今だけはズルをする。


「聞いて。ふみえ…」


 姉様のふりをして、私自身の思いを伝える。


「あなたに私の代わりをして欲しいなんて、誰も思っていないわ」

「でも、やちよ様は優しくて聡明で…みんなにも慕われて…。だから、いつも思うんです。やちよ様ならもっとうまく、もっと良くできたんじゃないかって…」

「でも、私はここにいない。いない人間には何もできないわ。今ここにいて、筆頭として皆のために頑張れるのはあなたしかいないの」


 姉様は死んだ。私が殺した。


 だからもうどこに行っても会えない。あの優しい声も、安らかな温もりも、二度と戻ってこない。


「違います!本当ならやちよ様が筆頭となって、わたしはその補佐に回るはずでした!それが、あるべき形なんです…。だから、わたしはその日が来るまでの繋ぎで…」

「違う!!」

「ひゃあっ!?」


 しまった!!つい怒鳴っちゃった!


「…ごめんなさい。繋ぎ?そう思っているのはあなただけよ」

「…?」

「皆は富久原ふみえという人間を筆頭に選び、あなたを慕っているからこそあなたを支えてあげたいと思っているの。それは紛れもなくふみえの努力の賜物よ」

「わたしの…」


 これは心努の事情を何一つ知らない私だから言える無責任な慰めかもしれない。


 でも、心努の皆がふみえ様を繋ぎだと思っているなんてあり得ないと胸を張って言える。


 そうでなきゃ私を殴ったり脱獄の手引きなんてしないはずだから。


「それは、しょうこちゃんもでしょうか?」

「…はいっ?」

「あんなことをしたわたしを、今でも姉と慕ってくれるでしょうか?」


 はいっ!もちろんです!!…なんて、今は言えないわよね。


「ふみえはわた…翔子と仲直りしたいの?」

「…っ。はいっ!」

「それならその気持ちを持って向き合えばいいんじゃないかしら?向こうも仲直りしたいと思っているかもしれないわ」


 こ、このくらいは言ってもいい…よね?


 私がそう答えると、ふみえ様は少し体を離して私の目をまじまじと見つめる。


 そして、ふにゃりと笑ってまた抱きついてきた。


「そっかぁ。嬉しいなぁ…」


 胸に顔を埋めたり、首筋に鼻を寄せたりして思うがままに甘えてくるふみえ様。


 成すがままを受け入れることしばらく。ふみえ様の動きがどんどん緩慢になっていき、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。


「おやすみなさい」


 ふみえ様を布団に戻し、使った食器や調理の後片付けをやって筆頭屋敷を後にする。




 夕餉までには誰かが戻ってふみえ様の看病をしてくれるだろう。


「早く良くなって下さい…」


 懲罰房へと戻る最中、私は益体もないことを考える。


「姉様なら、なんて言ったのかしら?」


 考えたところで答えなんて出ない。それなら気が済むまで考えてみよう。


 無意味な思索を楽しみながら歩いていると、昨夜断所ん。を見つけた山の近くを通りかかった。


 妖止めの結界を張ってりず達が大勢の妖怪を討伐したって聞いたけど、本当に大丈夫なのかしら?


 ざらつく気持ちを抱えたまま山の頂上を見つめていた…その時だ。


「っっ!?」


 かすかに悲鳴のような声が聞こえた。声の大きさからしてそう遠くない。 


 間の悪いことに看病には不要だからと牢に武器は置いてきた。でも、今から取りに戻る時間はない!!


「聞こし召せ…。憑衣!猿田彦!!」


 風の翼を生やして大空へと飛翔する。これで視界は確保できた。


 でも、飛び上がった理由は目で探すためじゃない。私自身の巫力を風に乗せて拡散させるためだ。


 これによってより遠くにある巫力を感知することができるようになる。


「…」


 少しずつ範囲を広げながら探知する。隠れていないおかげで見つけるのにそう時間はかからなかった。


「いた!」


 巫力感知した場所に向けて全速力で急行する。


 数は三人。


 風に乗った声が私の耳に届く。


「どうか、どうかお許しを…!」

「これは…が着ていた服。ということは、ここはタカマか!?」

「やりましたね父上!タカマへの抜け道…これは高く売れる!」

「この娘は証人として連れてゆくぞ。…来いっ!!」

「いやぁっっ!!」


 っっ!!!


 声からして女が一人に男が二人。男達の声に聞き覚えがあるのが気になったけど、天途の言葉を話しているから恐らく人間だろう。


 そして話の内容からしてタカマの人間じゃない。多分断所ん。から迷い出てきた侵入者だ!


「うぉっ!?」

「なんだ!?」


 得られた情報から相手を推察しているうちに目的地へと到達。


 場所は山の麓近くの森の中。 


 着地の瞬間に吹き荒れた突風で男達が顔を覆いながら仰け反る。


 その手には刀。


 やるならここしかない!


「ふっ!!」


 相手が体勢を立て直すより早くその身に肉薄し、がら空きの鳩尾に掌底を叩き込む。


「がぁっ…!!」


 掌底が鳩尾にめり込み、男が苦悶に呻いて倒れ込む。


「父上!?うおぉーっ!!」


 一人がやられている間に体勢を立て直したもう一人が刀を構えて突っ込んでくる。


 父上と呼んでいたから多分息子だろう。


 それに対処すべく男に相対し、気づく。


「…えっ?」


 その構え、動き、踏み込みの歩法に見覚えがあることを。


 なんで野盗が雪平流を?


 浮かんだ疑問を振り払い、相手が間合いに入るより早く距離を詰める。


「はやっ…!?」


 刀は恐ろしい武器だ。けど、その恐ろしさは腕の立つ使い手が、十分な間合いを取って、存分に刀を振るうことで初めて発揮される。


「…っ!」


 相手が刀を振るうより早く、振り被った刀の柄頭(柄の先端の丸い部分)を手で抑えながら懐に潜り込み、


「せいっ!」


 両腕を上げて無防備になった腹に父親と同じく掌底を突き刺し、


「はぁっ!!」


 間髪入れずに脇腹に横蹴りを入れて近くの木まで叩き飛ばす。


「ぐぁっ!!…うぅっ」


 間髪入れずの攻撃を受けた息子の方も木にもたれて蹲る。


「大丈夫!?怪我はない!?」 


 二人を視界に納めながら呆然と座り込んでいる女の子を抱き起こす。


 心努の制服を着た薄茶色の髪の女の子は何が起きたか分からないと言った表情で私を見上げる。


 胸のりぼんは緑色。確か三年生、だったかしら?


「早く逃げなさい。それと、できれば誰か人を呼んできて」

「はっ…はいぃっ」


 日も暮れて空が茜色に染まってきたからか、妙に顔が赤く見える女の子はとろんとした目でこくこく頷くと立ち上がって走り出した。


 残るは私と男達だけ。


「さてっ…」


 二人目の男が取り落とした刀を拾って投げ捨て、未だに痛みに呻く最初の男の胸倉を掴んで立ち上がらせる。


「ぐぅっ!!」

「答えろ。お前達は何者だ?他に仲間…は…!」


 薄暗くなった森の中で戦っていたからこそ、賊の顔は全くわからなかった。


 でも、夕日に照らされ、至近距離で視認している今ならはっきりと見える。


「そんな…何故…!」

「お、お前は…!!」

「翔子…?」


 私が倒した賊は、招かれざる客は…




「父上…兄上…!!」




【★あとがき★】


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