学家へ行こう 陸

 そして今に至る。我ながらここまでの顛末がすごく長かったと思う。


「きゃーーっっ!!誰か助けてぇーーっ!!」

「HAHAHA!!叫んだって誰も来ないわ!」

「筆頭。その発言は些か悪党じみているかと」

「めっちゃフラグ立ててますって」


 れみ様と理人生達がもがく私をまな板の鯉を見るような目で見下ろす。


 私これからどうなっちゃうの!?全く予想がつかないのが却って怖い!


「寝てる間にvital dataは取れたから次は巫力ね」


 れみ様がそう言うと周りの理人生達が私の体に線で繋がった何かを取りつけ始める。


「あははっ!ひゃふぅっ!?」


 冷たくてくすぐったい感覚に身もだえしている間に取り付けが終わったようで、れみ様達は音が鳴る箱のようなものをじっと見る。


「おっほぉ!入学基準値余裕で上回ってますねぇ。すっげ…!」

「しかしデータからシュミレートした妖怪を討伐できるほどのスペックには到達していません」

「ひょっとすると、条件があるのかもしれないわ。当時の状況を再現すれば何か分かるかもしれないわね」|

「こんなこともあろうかと作って来ましたよぉ。…チェポッ」


 理人生が拳砲についてるぼたんが大きくなったようなものを押す。すると、私が寝かされている台の上から小さな鉄砲のようなものが出てきた。


「あの妖怪の糸を参考に妖学科うちで開発した粘着ネットの試作品です。こいつでネバネバにしてみたらなにかわかるかも…」

「私ネバネバになってませんよ!?」

「GO!」

「Yes Mam!!」

「やだぁーーーっっ!!」


 れみ様の号令で銃口が私に向けられる。身を捩っても枷が硬くて全く動けない。


 誰か助けて…!!


 目を閉じ、来るはずのない助けをひた祈る。すると、


「…?」


 不思議なことにお腹の辺りがじんわりと暖かくなってきた。まるで誰かに抱かれているかのような心地よさにこんな状況なのに気持ちが解れてくる。


「巫力急上昇!?何が起きてんのこれぇっ!?」

「上階より信話。ここを嗅ぎつけられたそうです」

「What!?…まさかっ!?」


 何故か分からないけど作業の手を止めて慌て始めるれみ様達。


 何があったんだろう?


 その様子をじっと見ているとお腹の熱が更に熱くなってきた。それに呼応するように拍動がわずかに増す。


 まるで何かを喜ぶように、何かを期待して待ち侘びていたかのように。


「憑弾!天之手力男神!!」


 ここにいないはずの声がする。音は全くしないはずなのに、不思議とその声ははっきりと聞こえた。


 同時に理解する。それはふみえ様の声だと。


「Nooooooooooo!!!私のLaboがぁーーっ!!」


 ふみえ様の声が聞こえた次の瞬間、巫力で形作られた巨大な拳が天井を砕いて研究所に穴を開ける。


 そして


「しょうこちゃーーーんっっ!!」


 今、最も聞きたかった愛しい人の声が天井から降り注いだ。


 声だけじゃない。ふみえ様自身も開けた穴から研究所へと降りてきた。


 ついでに苹果を含めた三頭の金比羅歯とそれに乗るきりこ様とあやめも。


「ふみえ様!!」

「うぉーーっ!!しょうこーーっ!!」


 研究所に着地していの一番に駆けつけてくれたのはあやめだった。


「すまねぇ!うちのせいでこんなことに…!!」

「気にしないで。あやめは悪くないわ」

「しょう…」

「しょうこちゃん!!」

「ごべぁっ!?」


 次はあやめを押しのけたふみえ様。きりこ様は私の枷を慣れた手つきであっという間に外して下さった。


「よかった!よかったぁっ…!!」


 涙をポロポロと流し、感極まったように私を抱き締めるふみえ様。


 私もふみえ様が助けに来てくれた嬉しさと頼もしさで胸がいっぱいになって涙ながらに抱き締め返す。


「ふみえ様ぁ…!」

「…れみ様」

「Oh!?」


 まだ抱きついたままの私の頭を撫でながら、こっそり逃げようとするれみ様に満面の笑みを向ける。


「どこへ、行くんですかぁ…?」

「えーっと、後はお若い者どぅっ!?」


 れみ様の足下でふみえ様が放った光弾が炸裂する。


「頭が高いですねぇ」

「Hey!みんなも連帯せ…いないっ!?」


 他の生徒達は皆逃げ去ったらしく残ったのはれみ様一人。


 観念したのか、れみ様は地面に膝をつきふみえ様に深々と頭を下げた。


「この度は、誠に…申し訳ありませんでした…!!」


 恥も外聞もかなぐり捨てた惚れ惚れする角度での土下座。その誠意を目の当たりにしたふみえ様の返答は…


「…」

「ひゃうっ!?」


 光弾でした。


「Why!?謝ったじゃない!」

「謝るなんて…山の猿でもできるんですよ」


 こ、怖い…!!やっぱりあのふみえ様は夢の産物なんかじゃなかったんだ!


「こっわ!?あんな筆頭見たことねぇ…」

「私も…」


 ふみえ様と付き合いの長いあやめときりこ様も同じように戦慄する。


「誠意とは謝罪と賠償。賠償なき平伏に価値なんてありません」

「Moneyが欲しいの?悪いけどそんな余裕は…」

「いいえ…」


 ふみえ様は静かに首を振って私から離れる。


 そして…


「これ下さい!」


 私が今着ている下着を指し示した。


「…っっ!?!?」


 非常事態の連続だったせいですっかり忘れていた。私が今、どんな格好をしているかを。


「やぁっっ!!み、見ないで下さい!」

「えーっ。さっきまで抱きついてきてたのに?」

「そ、それは色々あって考える余裕がなかったからで…」

「大丈夫!すっごく似合ってるよ!」

「そういう問題じゃありません!」


 余裕がなかったとはいえ、こんな格好でふみえ様に抱きついていたなんて…!!


「それは試作品。まだ量産化できる段階にはないわ」

「ではそれをあるだけ下さい。うちの生徒にも着てもらえば感想を集められると思いますよ?」

「なるほど。確かに、Dataは多いに越したことはないわ。…分かった。後で掛け合ってみる」

「ありがとうございます」


 にっこりと笑って拳砲をしまうふみえ様。あまりにもいつも通りの笑顔にさっきまでのあれこれは夢だったんじゃないかとすら思えてくる。


「さっ、帰ろっか?」


 ふみえ様が穏やかな笑みと共に私に手を差し伸べる。


 姉様に代わってこの人を守ると誓ったのに、守られてしまった己の無力を嘆く気持ちはある。


 けど、それ以上に夢でも現実でも私を助け、優しく微笑んでくれるふみえ様の優しさと勇ましさに胸が高鳴って目が離せない自分がいる。


 姉様が何を思って私に髪飾りを託したかは分からない。けど、最期の瞬間までふみえ様を想った気持ちは分かるような気がする。


「…はいっ!」


 私も…貴女に会えて良かった。




「ね、眠れない…!!」


 あれから心努に戻り、激動だった一日から日常に帰れた私。でも、いざ寝床に入っても全く眠気が来ない。


 色々あって体が起きたままになってるのかな?とにかく目が冴えて全く眠れない。


 何か変な物を食べたかな?もしかして、あのこーひー?


「少し涼んでこよう」


 寝間着から制服に着替えて外に出る。すると…


「はわっ!?しょうこちゃん!」


 何故か枕を持ったふみえ様と遭遇した。


「ふみえ様?何故こちらに?」

「うーん…。あんなことがあったばっかりだから、一人っきりにするのが心配だなーって」


 枕を胸に抱き、恥ずかしそうにはにかむふみえ様。その申し出は嬉しいけど今の私は不眠真っ最中。


 筆頭として毎日忙しく働いているふみえ様を夜の散歩に付き合わせるのは気が引ける。


「しょうこちゃんはこんな遅くにどうしたの?」

「よく眠れないので長屋の見廻りも兼ねて散歩をしようかと…」

「えぇっ!?大丈夫!?」

「はいっ。なので、ふみえ様は先に宿直室で休んでいて下さい」

「ならわたしも行く!!」


 ふみえ様はそう言って私に詰め寄る。


「えぇっ!?もう遅いですし、私の個人的な事情で迷惑をかけるわけには…」

「生徒は単独行動を避けてなるべく複数人で行動すべし!忘れたの?」


 はっきり覚えている。妖怪騒動を受けた学園長が打ち立てた方針の一つだ。


 あの騒動以降、会議でふみえ様が提言した案を元に審議が進み、いくつかの方針が打ち立てられた。


 といってもそんなに大層なものじゃない。複数人での行動や避難経路の把握、及び避難訓練の実施、警備の強化というのが主な内容。


 その影響でタカマ中を警備する警備用剛連の数も増えた。


「それは覚えてますが…」

「じゃあ問題ないよね?行こっ?」

「うぅ。はっ、はい…」


 期待に満ちた目を向けられたらどうにも弱い。私達は一旦宿直室に戻って枕を置き、一年生の長屋周辺の散歩へと繰り出した。




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