学家へ行こう 漆

「うーん!暖かくなって歩きやすくなったねぇ」

「はいっ。夜風が心地いいです」


 少しずつ暖かくなってきた夜風を浴びながら月明かりが煌く夜道を歩く。


 本当なら少しずつ眠気が近づいてくる。…ものなんだけど、今の私は心臓が高鳴って仕方ありません。


 だって…


「ふみえ様…。手を繋がなくても転びませんよぉ…」

「やーだ。またいなくなって欲しくないもーん」


 ふみえ様と手を繋いで歩いてるから。


 細くしなやかな手から伝わる温もりは実際に感じているものよりもずっと暖かく、ほんのりと香る花のような甘い香りも相まって妙に緊張してしまう。


「それに、こうやって二人きりになるのも久しぶりだしね」

「そうですね…」


 ふみえ様は筆頭としてのお勤めが、私には世話役の勤めがあってここ数日はろくに話す機会もなかった。


 だから、こうしていると私はふみえ様の妹なんだと再確認できてとても嬉しい。


「はぁ~、もうちょっと一緒の時間作れないかなぁ?そうすればやきもきすることもないのにぃ…」

「やきもき?」


 ふみえ様がとても意外そうな顔で振り返る。


「知らないの!?しょうこちゃん、下級生の子に人気あるんだよ!」

「…はいっ?」

「すっごく優しくて凛々しいし、教えるのもうまくてご飯も美味しいって評判なの!」

「誰ですかそれ!?」

「しょうこちゃんだよ!」


そこまで好かれていたなんて知らなかった。


「まぁ確かに、しょうこちゃんも来年には妹を迎える学年だし、いい人にお姉様になって欲しいっていう気持ちも分かるけどさ…。でも、もうちょっとくらい二人っきりでまったりしたいなーってお姉様思うんですよ」


 そんなかわいらしいことを言いながら、密着が手から腕へと変わる。


 来年、かぁ。


 来年も私は生きてここにいるんだろうか…?


「私も、今はふみえ様とゆっくり過ごしたいです。来年のことも、妹のことも、その後で考えても遅くはないでしょうし」

「嬉しいこと言っちゃってぇ!このこの~!」

「わっ!ちょっ!押さないで下さい!」


 腕に体重をかけてぐいぐいと密着してくるふみえ様を咄嗟に支える。


「でも、そうだねぇ。何もかも忘れて、ここじゃないどこかでゆっくりしたいって思うこともあるかなぁ」


 夜空を見上げしみじみと語るふみえ様。筆頭のお勤めはやっぱり疲れるんだろうか?


「旅行ですか?その時は是非お供します」

「…」


 夜空を見上げていたふみえ様が不意に私の目をじっと見る。その時、月が雲に隠れてふみえ様の姿が夜闇に紛れてしまう。


 それも束の間。


 すぐに愛おしそうに微笑むふみえ様が月明かりに照らし出された。


「そっか。楽しみだよ」

「私もです。行き先はどちらをお考えで?」

「うーん。そうだなぁ…」


 人差し指を立てて考え込むふみえ様。その姿もとても愛らしく思わず目を奪われてしまう。


 でも、そんな楽しいひと時も長続きはしなかった。


「っっ!!?」


 異変は頭上から聞こえた風を切るような妙な音。普段ならまず聞かないような音が恐ろしい速度で近づいてくる。


「ふみえ様!後ろに!」

「えぇっ!?うんっ」


 ふみえ様を背に隠し、柄に手をかけて上空を見上げる。


 そこにあったのは満天の星空と柔らかな光を放つ月、そして…その月に照らされた黒い影。


 それは私達の方に向かって急速に接近し、大きな羽を羽ばたかせて減速する。


「っ!!」


 それが巻き起こす突風を袖を盾にやり過ごしていると、それは私達の前に着地した。


「…っ!!お前は…!」


 両腕に生えた翼、人間とはおよそかけ離れた醜悪な姿…。


 間違いない!あの日土蜘蛛と一緒に現れた蝙蝠の妖怪だ。


「ふみえ様はうみか様に連絡を!こいつの相手は私がします!」

「うんっ!」

「首を洗ってかかって来い!私が相手だ!!」


 抜刀して構えを取る。けど、対峙した蝙蝠の妖怪からはまるで敵意を感じない。


 何を考えている…?


 どんな些細な動きも見逃すまいと気を張っていると、蝙蝠の妖怪は意外な行動に出た。


「えっ?」


 右手をお腹のあたりまで曲げ、そのまま恭しくお辞儀したのだ。


 それはこの場においてあまりにも想定外な行動で、私もふみえ様も思わず固まってしまう。


『ヅギデドギ』


 そう言うや否や、両腕の翼で舞い上がる。


「っ!待て!!」


 そんなことを言ったところで待つ馬鹿はいない。そう思ったが…


「待った!?」


 なんと上空で両腕を羽ばたかせて停止していた。その視線は私達に注がれ、何かを期待するかのようにその場に留まっている。


「ついて来い、ってことですかね?」

「絶対罠だよ!!」


 普通に考えたらそうだろう。でも、私の考えは普通じゃない方向に舵を切っていた。


「うみか様に連絡は?」

「ついたよ。今は上級生総出でみんなを避難させてる」

「ふみえ様は一年生の長屋に戻って皆を避難をさせて下さい」

「っ!?しょうこちゃんはどうするの?」

「あれを追います」


 そう答えた次の瞬間、肩がものすごい力で掴まれる。


「駄目!!殺されちゃうよ!」

「うみか様も仰っていましたが、あれは私達への敵意がまるでありませんでした。ひょっとするとあの妖怪とは別の意図で動いているのかもしれません」


 もしそうならあれを追うことで奴らに関する何かしらの情報を得られるかもしれない。


「それでも駄目!わたしと一緒に避難して!これは筆頭令です!!」

「…別の意図があると思った理由はもう一つあります。あれが、ふみえ様を庇ったからです」

「…っ!」


 上空をちらりと見る。いつまでも待ってくれるということはないだろう。


 それに、ここで問答していたらふみえ様の動きも遅れて一年生の避難もままならない。


「御免!!」

「えっ?」


 柔術の要領でふみえ様の拘束を外し、刀を納めて上空で待つ妖怪へと駆ける。


「聞こし召せ…!憑衣!猿田彦!!」


 風の神を衣に纏い、出現した風の翼を羽ばたかせ上空へと飛翔する。


「お願い待って!しょうこちゃーーーーんっっっ!!!」


 後ろからふみえ様の悲鳴にも似た悲痛な叫びが聞こえてくる。


 貴女には貴女の、私には私の役目がある。仮にこれが罠だったとしても、貴女が生きていれば心努は守られる。


『ドギ』


 私がすぐ近くに向かうと蝙蝠の妖怪はどこかへと飛び去ろうとする。でも、その速度は速いとは言えず、こっちに合わせているとしか思えない。


 そんな蝙蝠の妖怪の後を飛ぶこと幾ばくか。


 草木が生い茂る山の中腹辺りでどんどん高度を落とし始めた。


 それに倣ってこちらも高度を落とし、山の中の森に着地する。


 着地した場所のすぐ前には蝙蝠の妖怪が佇んでいて、その横には小さな崖の中にできた洞窟のようなものが。


 蝙蝠の妖怪は何も言わずそこに入っていく。


 もしかして、ここに案内したかったのかな?


「ここって…」


 当然、私には心努の土地勘はほとんどない。だからここがどこかなんてさっぱり分からない。


 でも、この洞窟には心当たりがある。


 それは妖怪が蔓延る魔境


 それは入った者の命を悉く奪う無慈悲な蟻地獄


 それは人生の終焉に続く場所


 故にそこに立ち入る者は全ての未練を断ち、そこを終焉の地と心得よ


そんな意味を込めて名前に文字の終わりの「ん」と「。」が与えられた場所。


 その名は…





断所だんじょん。」







【★あとがき★】


本作は

百合と女学園と疑似姉妹ものが好き!

異世界ファンタジーが好き!

という方には特におすすめです


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なにとぞ、よろしくお願いいたします


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