学家へ行こう 参

「りずっ!?」


 目算だけでも三十近くはいる。それぞれの刀を握る手つきや踏み込みの早さを見るに誰も彼もがそれなりの手練れ。


 いくらりずでもこれだけのか…


「…」

「さっすがりずちゃん」

「終わってるぅーーーっっ!?!?」


 はっ!?ちょっ!?えぇっ!?何!?何があったの!?


 気がつけば目の前は死屍累々。


 勇ましく切り込んできた佐武頼の生徒達がりずの足下で無惨に転がっていた。


 いや、生きてるんだけどね。


 それを成した当の本人は汗一つかかず涼しい顔で立っている。


「筆頭がいたぞぉーーっ!」

「筆頭!私と手合わせをっ!」

「是非わたしともぉぉぉっっ!!」


 あれだけ倒したのに次々と現れる佐武頼生。ここまでくると手合わせを通り越して合戦だ。


「ふふっ。みんなはしゃいじゃって…」

「…」

「りずちゃんも楽しそう」

「表情変わってませんよ!?」


 でも、佐武頼の生徒達がはしゃいでるっていうのは分かるかも。だって、皆楽しそうに笑ってるんだもん。


「これが筆頭の在り方…」


 皆の一人として環の中で手を繋ぐふみえ様とはまるで違う。


 圧倒的な強さ、人を引きつけてやまない魔性の力。


 誰よりも強く、誰よりも激しく煌く絶対的な個に皆が憧れ、越えようと研鑽を積むことが佐武頼の筆頭の在り方なのかも。


「次はうちの番どす」


 地鳴りのような足音を鳴らしながら益荒女がやって来る。


 ゆえ様だ。


 その手にはゆえ様の身長の半分はありそうな片刃の刀身を持つ刀が。


 刀というにはあまりにも大きく、鉄塊をそのまま削り出したような無骨な刀をまるで木刀のように軽々と担ぐゆえ様。


 その身から放たれる圧に怯んだのか、佐武頼の生徒達が道を譲る。


「…」

「お姉様の仇、今日こそ討たせてもらいますえ」


 ゆえ様の本気を悟ったりずの目に闘志が宿り、初めて構えを取る。


「はあああぁーーーーっっ!!!」

「…!」


 子供一人分くらいはありそうな鉄塊とりずの刀がぶつかり合い、その余波で発生した突風が佐武頼の寮地を吹き抜けた。


「くぅっ!」

「キュウー…」


 苹果が私の袖を咥えて引っ張る。逃げよう、と言ってるんだろうか?


「そうね。ここにいたら危ないものね」


 個人的にはもうちょっと見たかったけど苹果が怖がってるなら無理はさせたくない。


 鉄同士がぶつかり合う硬質な音が響く中、私は苹果の手綱を引いて佐武頼を後にした。





「阿婆羅堂は都そっくりね…」


 次に訪れたのは阿婆羅堂。さっきのお城とは打って変わって見慣れた街並みが並んでいる。


 寮地内には所狭しと建物が並び、食事処から呉服、簪、舶来品なんでもありだ。


「納品が終わったらお土産でも買おうかしら?」


 こうお店が多いとついつい目移りしてしまう。なるべくお店を見ずにまっすぐ納品を済ませよう。


 そう思いながら歩いていると後ろから声をかけられた。


「はーい。しょうこちゃん」


 振り返ると赤い法被を着た水色の髪の女の子、みつね様が手を振りながら歩いてきた。


「みつね様!ご機嫌よう」

「ご機嫌よう。会議以来ね」


 人懐っこそうな笑みを浮かべながら近づいてきたみつね様が私の肩を抱き寄せる。


「ひゃっ!」

「おつかい?えらいわねぇ。一生懸命働くのも素敵だけど、たまには息抜きしたっていいんじゃない?」

「えぇっと、あの…」

「一緒にお茶に行きましょう?いいお店を知っているの」


 どうしよう?


 おつかいはまだ残ってるし阿婆羅堂の納品も終わってない。でも、折角のお誘いを無下にするのも悪い。


「あっ、あのっ!私、まだお仕事が残ってて…」

「ういういしくてかーわいいっ。ふみえが気に入るのも納得だわ」

「はいぃっ!?」


 みつね様は私の腰に腕を回し、顎を指でクイっと持ち上げた。


 不敵に笑う金の瞳に射抜かれて自然と胸が高鳴る。


「な、何をっ!?」

「ここには心努の子もふみえもいない。ちょっとくらいはべぇっ!?」


 言いかけたみつね様の頭にぶ厚い本の背表紙が刺さる。


 それを叩きつけた張本人は赤茶色の髪の女の子、栖本かいり様。


 その横にいたけい様は不信感を募らせた瞳でみつね様をねめつけていた。


「編入生にまで手を出すなんて、とんだ節操なしね」

「ふみえはどうしたふみえはー?」

「ふみえは至上の推し。かわいい女の子とは別枠よ」

「うっわぁ…」

「最低ね」


 二人は踏み潰されて地面にへばりついた虫の死骸を見るような目でみつね様を見る。


「みつね。離してあげなさい」

「はーい」


 けい様が諌めるとみつね様はあっさり解放してくれた。


「ようこそ阿婆羅堂へ。閑戸しょうこさんよね?」

「はいっ…」

「追加納品お疲れ様」

「なんでわかったんですか!?」

「しょこちゃん。この人筆頭ぞ」


 そういえばそうだった。


 ところでかいり様、しょこちゃんって私のことですか?


「みつね。あんたの管轄だよ」


 かいり様がみつね様の背を叩く。どうでもいいけど、白、赤、緑の羽織が揃うと色鮮やかで綺麗ね。


「まぁ!けい様達よ!」

「華やかねぇ…」


 道行く阿婆羅堂の生徒達が足を止めて三人に熱い視線を送る。確かに、御三方は美形だから絵になるわよね。


「はいはいっ。じゃあ行きましょうか」

「えっ?」

「取って食べたりしないわよ。こわーい筆頭様に睨まれているんですもの」


 みつね様はくつくつと笑いながらけい様に視線を送る。


「頼んだわよ。みつね」

「お任せあれ」

「じゃあまたね。しょうこさん」

「はいっ。また…」


 けい様、かいり様と別れてみつね様について阿婆羅堂の寮地を歩く。



 なるべくお店に目移りしないようみつね様の背中をじっと見ていると不意にみつね様が話しかけてきた。


「ふみえは元気?」

「えっ?はいっ。私達が安心して暮らせるのはふみえ様の御力あってこそです」

「あははっ!ふみえも立派になったわね」


 ふみえ様の話題になった途端、無邪気に笑うみつね様。


 うみか様はふみえ様とみつね様が外でも交流がある幼馴染だと言っていた。


 ということは、この人は私が知らないふみえ様を知ってるのかな?


「あの、みつね様…」

「うん?何かしら?」


 外でのふみえ様はどんな人だったんですか?


 そう問おうとするも、奇妙なことに言葉が出てこない。


「???」


 まるで口がその言葉を発したくないかのようにうまく言葉として出てきてくれない。


「どうしたの?」

「…。いえ、なんでもありません」


 あまり待たせても良くないからなんでもなかったことにした。


 それにしても、どうしてふみえ様のことを聞けなかったのかしら?




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