学家へ行こう 弐

「あだだだだだだっっ!!?」


 ようとしたところで全身に激痛が走って目が覚めた。


「んにゃ~。しょうこさまー…」

「またか…」


 私にくっついているのはいつの間にか布団に潜り込んでいた一年生の子。


 一組の布団に三人の一年生が暖を求めて潜り込むネコのようにくっついて寝ている。


 一年生の世話役を任されて以来、誰かしらがよく布団に潜り込んでくる。


 見張りも兼ねて一年の長屋の宿直室で寝ているのに潜り込んでくるんだからわざとなんだろう。


「懐いてもらえるのは嬉しいけどね…」


 布団から半身を起こし、壁にかけてある時計を見ると暁七ツ(およそ午前4時)。


 起きるにはちょうどいい時間だ。


「んん…」


 皆が起きないよう慎重に体を起こし、運動用の作務衣に着替えて宿直室を出る。


 手に馴染み始めてきた刀と少し前に支給された拳砲を持って。



「ふっ!ふっ!…」


 まだ日も差さない暗闇の中、柔軟と走り込みで体を暖めてから筋肉の鍛錬をこなし、その後は一心不乱に刀を振る。


 雪平にいた時から今日までほぼ欠かしたことのない鍛錬。使うのはあの日ふみえ様から預かった刀。


 一度は返そうとしたけど、私が使った方がやちよ様も喜ぶと言われてしまった。


 やはりこれは姉様の刀だったようだ。


「あれが学園長が仰っていた鳥、なのかしら?」


 頭に浮かぶのはついさっきの夢。


 夢は己の記憶を映す鏡、なんて言葉を聞いたことがあるけど、あんなに怖いふみえ様は土蜘蛛との戦いでも見たことがない。


 もしかして本物のふみえ様が夢に入り込んで…そんなわけないわよね。


 それよりも気がかりなのはあの鳥。


 授かる、とはあの箱のことだろうか?あのまま起こされなかったら今頃私は…


「あの子達に助けられたわね…。よしっ」


 素振りを終えて次は拳砲。


 拳砲の持ち手を立ち上げて砲身を伸ばす。


 そして拳砲を握った右手の肘を少し曲げ、右手の指に左手を添えるように構えて鍛錬用の的に銃口を向ける。


「っっ!!」


 引き金を引くと巫力の光弾が発射され、その一発が的の端を掠める。


 間髪入れずに二発、三発と光弾を撃って全弾的に命中。


 けど、真ん中には当たらなかった。


「こっちはまだまだね…」


 やっぱり、あの時のふみえ様のようにはいかないか。


「さて、朝餉を作りますか」


 朝練を終え、後片付けを終えて長屋に戻る。


 私がタカマに来てから早一週間。


 私は今、一年生達の世話役として一年生の長屋で暮らしつつ、共に心努の勉強に勤しんでいる。


 世話役とは文字通りタカマの生活に慣れていない一年生の世話をする上級生のこと。


 どの学家にも存在する役職らしく、主な仕事はタカマでの生活指導と食事の世話、そして希望する生徒に字を教えること。


 タカマに来る生徒は身の上も様々。字を読めない生徒も珍しくない。


 そんな子達に字を教えるのが世話役の務め。


 さっき布団に潜り込んでいた子達もそう。特に過ごす時間が長いからか懐かれている。


「よう!しょうこ」


 長屋に戻って朝餉の支度をしていると意外な人物が訪ねてきた。


「ご機嫌よう。あやめ」


 タカマでの挨拶はご機嫌よう。これも最近教わった。


 挨拶をするとあやめは周囲を見渡して誰もいないのを確認し、私にそっと耳打ちした。


「なぁっ?今日時間あるか」

「えぇ。今日は休みで文字の授業もないわ」


 心努は二日学校に行って一日休むという流れを生徒を分けて導入している。


 今日は授業は休み。私はまだ勉強段階だから一年生達と同じく野良仕事には携われない。


 だから暇ならある。


「そりゃ良かった。お前に頼みてぇことがあるんだ」


 そう言うと私を長屋から連れ出し、両手を合わせて私に頭を下げてきた。


「頼む!ウチの代わりに納品やってくんねぇか」

「納品?」

「あぁ。他の学家から追加発注があってな。急遽行かなきゃならなくなったんだ。そんなめんど…名誉な仕事は普段から頑張ってるお前に相応しいって思ったわけよ」


 今めんどって言いかけた!?


「荷物は苹果に載せておく。外出申請もうちがやっとくから心配すんな」


 私が行くという前提の行動が素早すぎる。よほどやりたくない仕事なのね。


「ありがとう。手が空いたらやっておくわ」

「すまねぇ!恩に着る!」


 私が快諾するとあやめは更に深々と頭を下げる。


 仕事を押しつけられている感じはするけど、この仕事は私にとっても願ったりのものだった。


 だって、まだ他の学家に行ったことがないんだもの。




「こ、ここが佐武頼…!」


 制服に着替えて支度を整え、校街の東端の洞窟、ふみえ様曰くとんねる?という穴を越えた先にあったのは…大名の居城のような巨大な城とそれを中心に立ち並ぶ城下町でした。


 同じ土地にあるはずなのに長閑な農村のような心努とは大違い。


「違う街に来たみたいね…」


 苹果を引いて佐武頼の街を歩く。すれ違う生徒達も当たり前だけどほとんどが佐武頼生。


「ここね…」


 あやめからもらった地図を頼りにやってきた店に入り、教わった方法で野菜を納品。


 向こうも慣れていたので危なげなく終わった。


「後は理人と阿婆羅堂ね。行きましょう、り…」


 外に繋いでいた苹果を振り返って言葉が止まる。苹果のふわふわの体に無表情で抱きついているりずとその頬を撫でるなつみ様を見つけたからだ。


「りず!なつみ様!」

「…」

「ごきげんよう。しょうこちゃん」

「はいっ!ご機嫌よう!」


 会えるとは思っていなかった人達の登場に自然と頬も緩む。


「帰ってらしたんですね!」

「…」

「会えて嬉しい、ですって。りずちゃんに気に入られたみたいね」

「もしそうなら嬉しいです。…うん?なつみ様、りずの言葉が分かるんですか?」

「何を言っているの?りずちゃんはずっと喋っているわよ?」


 そんな馬鹿な。


 そう思いながら注意深くりずを観察すると


「…」


 すっごく小さく口が動いてるぅーーっ!?よーーく聞いたら何か聞こえる!


「よく聞こえますね…」

「妹を想う愛故よ。ねーっ、りずちゃん」

「…」


 なんて!?


「随分な大荷物ね。おつかい?」

「いえ、野菜の納品です。お二人は散歩か何かですか?」

「…」

「気が済むのを待っているの。そうでなきゃおちおち部屋にも帰れないもの」

「???」


 訳が分からず疑問符を浮かべた…その時だ。


「っ!?」


 寮地の至るところで殺気が膨れ上がった。


 それらは四方八方から雨霰のようにこちらへと注がれ、苹果もただ事じゃないと察したのか私の後ろに隠れた。


「武運を祈るわ。りずちゃん」

「…」


 なつみ様はそう言ってりずから離れる。りずは手を広げて私に向けてそっと押し出した。


 離れてろ、ってこと?


 苹果の手綱を引いて距離を取り、ちらりとりずを振り返った次の瞬間、


「うおおおおおおっっっ!!!」

「ひっとぉーーーっ!!」

「お覚悟ぉーーーっっ!!!」


 街の路地や屋根、果ては家屋の中から各々の刀を構えた佐武頼生達がりず目掛けて殺到した。




学家へ行こう 参

https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093088351480394

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