第四講 学家へ行こう

学家へ行こう 壱

「きゃあーーーっっ!!」


 丸い台に両手足を縄で縛られたまま寝かされ、叫んでもがくくらいしかできない私を理人の生徒達とれみ様が取り囲む。


 そんなことよりも問題なのは今の恰好。制服が脱がされて胸と股を隠すくらいの布しか身につけていない。


「やだっ!なにこの格好!?ほとんど裸じゃない!」

理人うちで作った下着の試作品よ。着け心地はどう?」

「えっと、すごく軽くて着けてる感じが全然しません」

「なるほど…」


 れみ様の横にいた生徒が帳面に何かを書き始める。


「じゃなくて!ここはどこなんですか!?なんで私…こんな…!!」

「ここはワタシのPrivate Labo。あなたは、そうねぇ…実験動物よ」

「あけすけ!」

「ワタシ達が求めているのはあなた達が交わしたという契の謎。閑戸しょうこ。あなたは選ばれた、栄光の少女なの」


 その言葉を合図にれみ様と理人の生徒達が素敵な笑みを浮かべながら私ににじり寄る。


「いやぁーーっ!!やめてぇーーっ!!」


 どうして、どうしてこんなことになったの?


 私はただ他の学家に野菜を納品しに来ただけなのに…!


 どうして私がこんなところにいるか、どうしてれみ様の実験動物にされそうになっているか。


 それを説明するには今朝見た奇妙な夢まで遡る必要が…ううん。そこまでは遡らなくていいかも。




「おはよう。翔子」

「…はぇっ?」


 寝ぼけ眼を開けると、私を見下ろす姉様の優しげな微笑があった。


 頭に当たる柔らかい感触。きっと膝枕をして下さったんだろう。


「あ、姉様!?すみません!」

「ふふっ。いいのよ」


 慌てて起き上がって謝ると姉様はいつもの調子で許してくれた。


 私が寝ていたのは雪平の離れの縁側。タカマから帰ってきた姉様としばらく暮らしていた家だ。


「翔子…」

「はいっ?」

「タカマは楽しい?」

「はいっ!ふみえ様も皆さんもすごくよくしてくれて、毎日がとても楽しいです!」

「そう。その話、聞かせてもらえないかしら?」

「はいっ!」


 姉様に所望され、タカマでの思い出を語る。まだほんの少ししかいないはずなのに話すことが尽きず、つい長話になる。


 でも、姉様は嫌な顔一つせず話を聞いてくれた。


「…翔子」


 話を聞き終えた姉様がゆっくり口を開く。


「貴女はタカマでそれほど多くの思い出を作ってきたのね」

「はいっ。まだ一月も経ってないなんて信じられません」

「楽しそうで羨ましいわ…」







 突然視界が反転し、背中に強い衝撃が走る。


「えっ?あ、姉様?」


 姉様に押し倒されたと気付くよりも早く姉様のしなやかな両手が私の首にかかり…万力の如き力が首を絞め始める。


「あっ!がぁっ…!!」


 苦しい!息が、できない…!!


「おのれおのれおのれぇーーーっっ!!よくも!よくも私を殺したなぁーーっ!!」

「あっ…まっ…!」


 私の首を絞める姉様は目を血走らせ、その顔には燃え盛る憤怒が刻み込まれている。


 腕を伸ばし、ギリギリと首を絞め上げる腕に触れるも姉様は一切力を緩めない。


 こんな姉様見たことがない。それほどまでに、私を…。


「お前がいなければ!お前が死んでいれば!!私はタカマに帰れた!ふみえ達とまた一緒に暮らしていた!!」

「ぐぅ…っ!ふぅっ…!!」

「なんでお前がそこにいる!?なんでお前が笑っている!?私の幸せを返せ!私の居場所を返せぇーーーーっっ!!!!」


 そうだ…。


 私が今いる場所は、今幸せだと感じられるこの時間は…本当は姉様のものだったんだ。


 姉様の命を奪って生き残った私がいていい場所じゃないんだ。


「…」


 私が死ねば姉様との約束は果たせなくなる。でも、他ならない姉様が私を憎み、私を殺したいと望むなら…


 それはきっと、遺された命を返す時なんだろう。


「…っ」


 両手から力が抜け、姉様の殺意と憤怒に身を任せる。


 そして私の意識は一片の光も差さない暗闇へと…


「がへぇーーーっっ!?!?」


 落ちなかった。


 意識が暗転しかけた瞬間、視界にちらついたのは姉様の頭部付近で炸裂した真っ白な閃光。


 そしてそれを拳砲で放った…


「がはっ!ごほっ!!…ふ、ふみえ様!?」


 ふみえ様だった。


「…」

「ぎゃっ!あひぃっ!?」


 一発目の勢いで私から離れた姉様に何の躊躇いもなく拳砲を撃ち込むふみえ様。


 その表情はかつてないほどの無。正直怒ってる方がましだって思うくらい怖い。


 拳砲を何発か撃ったふみえ様はそれを捨て、姉様に近づく。


「ふ、ふみえ…?」


 そして姉様の胸倉を左手で掴んで無理矢理立たせ…大きく振り被った渾身の右を姉様の頬に叩き込んだ。


「ぎええええっっ!!」


 その勢いのまま障子に激突し、障子をなぎ倒しながら寝室へと倒れ込む姉様。


 それをまるで蜚蠊ごきぶりを見るかのような目で見下しながら、かつてないほど低い声で吐き捨てる。



 こ、怖い…!!さっきの姉様より怖い!?


「しょうこちゃん!」


 さっきまでの無はどこへやら。いつもの優しくて暖かいふみえ様が私を抱き起こす。


「大丈夫!?」

「えっ、えぇ。なんとか…」

「惑わされちゃダメ!あれはやちよ様を騙る偽者だよ」

「偽者…?」

「お姉様があんなことするわけないもん。でしょ?」


 そう言いながら刀を抜くふみえ様。その切っ先はよろよろ立ち上がろうとする姉様に向けられている。


「行くよ!しょうこちゃん!」

「えっ?はっ、はいっ!」


 何が何やら分からなかったけど、姉様に化けた偽者というなら恐らく妖怪の類。


 人に仇なすなら斬るのが雪平の業。


「おおおおおっっ!!!」


 私も抜刀して一歩を踏み出し…


「わわっ!?」


 派手に転倒。周囲に水飛沫が飛び散った。


「あたたっ…。えっ!?池!?羊!?」


 起き上がった場所は小さな池の真ん中。


 いつの間にか離れもふみえ様も消えていて、周りには水を飲みに来た羊が大量に集まっていた。


 とりあえず池から出よう。


 そう思って歩き出したところで奇妙なものが目に入る。


「鳥?」


 翼の縁が黒く染まった白い鳥だ。それだけならただの鳥なんだけど、不思議なことに背中に葛籠つづらのような箱を背負っている。


 その鳥は私をじっと見つめると、羊を掻き分けて私に向かって歩み寄ってきた。


「えっと…」


 鳥は羽を器用に使って葛籠を降ろし、私の前に差し出す。


 その葛籠を見ていると、胸がとても温かなもので満たされていくような感覚に見舞われた。


 中身が分からないはずなのに、その中身がとても貴重で尊いもののようにさえ思えてくる。


「…」


 私は葛籠の蓋を両手で持ち、そっと開け…




学家へ行こう 弐

https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093088329820360

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