祝(はふり)の御子 伍

 祈祷を受けたいというなつみ様達とやって来たのはつい昨日見た耶麻神社。


「おーっ!きりことあやめの契以来かぁ?」


 神社を訪れたのは祈祷を任されたふみえ様と同行した私、りずとなつみ様、そして何故かついてきたうみか様。


 曰く妹二人が授業と野良仕事で暇なんだとか。


「…」


 私にとってはつい昨日ぶり。編入してきたのは昨日なのにもう何年も前のように感じる。


 それだけ昨日という日が濃密だったんだろう。


 神社の石段の前に金比羅歯達を留め、長い石段の頂上にある神社を見上げる。


 タカマの土着神を祀っているというこの神社は遠目から見た限りでは特に変わったところはなく、どこにでもあるような小さな社殿が鎮座している。


 何を祀っていても形は変わらないものなのかしら?


「ぜぇ…はぁっ…!!もっ、むり…!!」


 皆で石段を上がりきったところで体力の限界がきたうみか様が倒れ込む。


「…」

「くぅっ。涼しい顔しよってぇ…」

「この程度で音を上げていては佐武頼で生きていけませんよ?」

「私は卒業するまで心努生じゃーい…」


 息を切らすどころか汗一つかかず見下ろす二人となんだかんだ元気そうに軽口を交わすうみか様。


 あの調子なら心配しなくても大丈夫そうね。


「しょうこちゃん」

「はいっ?」


 振り返った私の右腕にふみえ様の両腕が回る。


「…っ!」


 押しつけられる柔らかな熱に心臓が高鳴るのを感じる。


「準備、手伝ってくれない?」

「はいっ。喜んで」

「ありがとう!社務所はこっちだよ」


 抱きつかれたまま腕を引かれてふみえ様と社務所に向かう。


「…?」


 その途上、徐に振り返った私は見た。倒れたままのうみか様となつみ様がとても生暖かい目で私達を見ている姿を。


 そしてその意味を…


「ふっふっふ~。これで逃げられないねぇ」


 私は社務所で知ることになる。


「ふ、ふみえ様…?」


 ふみえ様の案内で社務所に入った瞬間、ふみえ様は後ろ手で社務所の内鍵を閉めた。


 突然の行動に首を傾げる私にふみえ様がじりじりとにじり寄ってくる。


「大丈夫。ちょっとだけ、ちょっとだけだからぁ…」

「えっ?えぇっ?」


 真に迫った目とわきわきと動く手にただならない危機感を感じて思わず後ずさる。


 でも、狭い社務所に逃げる場所なんてあるわけがなく、あっという間に捕まってしまう。


「しょうこちゃ~ん…」

「ひっ!やっ…いやぁっ」




「きゃ~ん!やっぱり似合うーー!!」

「うぅ…」


 そして今、私はふみえ様に制服を剥がれてこの神社の巫女装束を着せられている。


「私の見立て通り!すっごくかわいいよ!」

「言わないで下さい!は、恥ずかしい…です」


 ギラギラしたふみえ様の視線から逃げようと身を捩る。


 私が着せられたのは白と赤を基調としたよくある巫女の装束。


 一緒に着替えたふみえ様も同じ装束を着ている。


 でも、


「なんでこんなに、脚が…」


 何故か私のだけ袴の丈が太ももが隠れるくらいしかない。


 これじゃほとんど裸じゃない!


「足も綺麗ですべすべだねぇ。もっと見せていこうよ!」

「嫌です!」

「よーし!準備もできたしやるよ!祈祷!」

「この恰好でですか!?無理です!破廉恥です!!」


 ふみえ様に見られているだけでも顔が燃え尽きそうなくらい恥ずかしいのに、この恰好で皆の前に出るなんて狂気の沙汰だ。


 こんな姿見られたらもうお嫁にいけない…!ふみえ様には見られてるけど!


「えー、しょうがないなぁ。…はい、袴」

「あるならそっち下さい!」


 ふみえ様の手から袴をひったくるように受け取ってできるだけ早く着替える。


 ふぅっ。ようやく落ち着いた。


「ところで、どうして巫女の装束を着るんですか?」

「心努では農業や酪農だけじゃなくて豊作とか安全を祈願する神職の授業も選択できるの。自慢じゃないけど、結構祈祷頼まれるんだよ」

「それで装束を…。んっ?それなら私が着る必要はなかったのでは?」

「…しょうこちゃんってすっごい妹!!って感じするよね」


 いっそ清々しいくらい強引に話を逸らされた。


「どうしたんですか急に?」

「戦ってた時はすっごく凛々しくてかっこよかったのに、普段はあわあわしててかわいいんだもん」

「あわあわ…」


 そんなに余裕なく慌ててたかな?慌ててたかも。


「だから普段から守ってくれてたお兄様とかお姉様とかいたのかなーって」

「はいっ。兄と弟達が何人かいます。といっても、半分しか血は繋がってませんが」

「あー…」


 今ので察してくれたらしい。


 父上だった人は所謂色を好む人で妖怪退治の遠征中に何人も妾を作っていた。


 かくいう私もそんな妾の子の一人。


 家を継ぐ可能性のある兄上や弟達とは分けて育てられたから兄弟と言われてもどこかしっくりこない。


 …姉様以外は。


「じゃあお姉様は?」

「はいっ?」

「男兄弟だけだったらもっとこう…男ー!って感じになるんじゃない?わたし一人っ子だからよく知らないけど」

「はぁ…」

「しょうこちゃんのかわいさは綺麗で頼りになるお姉様に甘やかされた賜物だと思う!」


 す、鋭い…!?


「で?どうなの?しょうこちゃんのお姉様だから、きっとすっごく綺麗で優しいんだろうなぁ…」

「えっと…」


 どうしよう?姉様のこと、話してもバレないかな?


 …よくよく考えるとここで隠す必要はないかも。


 外での私を知らないふみえ様に姉様の話をしてもそれが姉様のことだなんて分からない。


 何より、ここで隠して後でいたということが分かった方が面倒だ。


「いました」


 私としては簡潔に答えたつもりだった。


 でも、それを口にした瞬間、さっきまで子供のように目を輝かせていたふみえ様の表情から笑みが消えた。


 あれ?私、何か変なこと言ったかしら?


「その、ごめんね…」


 悲痛な面持ちで頭を下げるふみえ様。


 なんで謝るの?と思いかけたその時、ついさっき自分で言った言葉が頭の中を反響する。


 いました…いました…



「あーーーーーーっ!!!!」

「ひゃあっ!?なになに!?」


 私のばかぁーーーっっっ!!!


 なんで過去形にしちゃったの!?


 過去形ってことは今はいないってことじゃない!


 それは謝る!私だって謝る!!


「しょうこちゃん?」


 どどどどどうしよう!?姉様がもういないってことふみえ様に知られちゃった!


 もしやちよ様が私の姉様だってバレたら、この人はもう二度と笑ってくれなくなるかもしれない。


 そんなの…私も、姉様だって望まない。


「えーっとえーーっと…」


 考えろー、考えろーー私!!


 何か上手い言い訳!ふみえ様を誤魔化す値千金の妙案を!!


「しょうこちゃん」

「…はいっ?」


 なんとか妙案を捻り出そうと頭を抱えているとふみえ様が声をかけてきた。


「…。お姉様は、優しい人…だったの?」


 あまりにも予想外な質問に一瞬呆気に取られてしまう。


 優しい人だったか?そんなの決まっている…


「はいっ。とても強くて優しい、私の自慢の姉様です」




祝(はふり)の御子 陸


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087857271758

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