祝(はふり)の御子 肆

 ふみえ様が審判として私達の試合を取り仕切る。


「試合は佐武頼方式を採用。しょうこちゃんはまだ拳砲を貰ってないから使用武器は刀のみとします。いいですね?」


 りずが軽く頷く。


「勝利条件は相手の神鎧を削り切るか相手が降参を申し出ること。では両名、準備はよろしいですね?」


 ふみえ様が右手を高々と上げる。 


 私は柄に手をかけりずの一挙一動を観測する。


 もうすぐ試合が始まるというのにりずは構えることすらせず、じっと私を見つめている。


 舐めているのか、はたまたそれほどの自信があるのか…


「それでは…始めっ!!」

「っっ!!」


 相手は佐武頼筆頭。


 強さも流派も分からないからと見に回ればたちまち後手に追い込まれるだろう。


 ならば!先手必勝あるの


「みぃっっ!?!?」


 抜けない!?そんな馬鹿な!?


 土蜘蛛の血はしっかり拭ったし帰ってから手入れもした。


 その時はなんともなかった!今になって錆びつくなんてことありえ…


「なっ!?」


 原因を探るべく視線を向けたその先には…


 こじり(鞘の先端)を軽く持ち上げて抜刀できないようにしているりずの姿があった。


「いつのま…。っ!?」


 言い切る前に何かが閃く。


 そしてその何か、抜刀の瞬間がまるで見えなかったりずの刀が私の首筋に突きつけられた。


 先端付近だけが両刃になっているとても珍しい刀だ。


「なっ?えっ?はっ…?」


 凍てつくような水色の瞳がすっと細められる。


 その意図を理解した私は柄から手を離し、両手を高く掲げた。


「…参り、ました」

「勝負あり!勝者りずちゃん!!」


 拍手と歓声が心努の寮地に響く。


 私達は互いの健闘を称え合うよう一礼し、それぞれの日常に戻る。


「これが、筆頭…!!」


 私の初めての試合は、刀を抜くことすらなく終わった。




「…」


 負けた。言い訳のしようもない完璧な敗北を喫した。


 学校の縁側で一人物思いに耽る。


 周りではきりこ様が作ったというおはぎを皆で食べているけれど、今はとてもそんな気分じゃない。


 悔しくないと言えば嘘になる。


 でも、それ以上に希望を斬り拓けたと喜ぶ自分もいる。


 りずは私よりもずっとずっと長くタカマで研鑽に励んできた。もしかしたら入学する前から鍛錬を積んでいたのかもしれない。


 だったら私もそうすればいい。今のままで勝てないなら今より鍛錬を積んで強くなるしかない。


 強くならなきゃふみえ様を守るどころか抱えて逃げることだって…


「気落ち不要!」

「むごっ!?」


 いつの間にか目の前にやってきていたふみえ様が私の口に何かをねじ込む。


 あんこたっぷりの甘くてもちもちした…おはぎ!


「ほいひぃへふ」

「良かったー!私も一緒に作ったんだけど、きりこちゃんみたいにうまくできてるか不安だったの」

「っっ!?」


 ふみえ様の手作り!?もっと味わって食べなきゃ!!


「おぅ!凹んでんのかぁ?」


 ふみえ様のおはぎを一口一口噛みしめながら食べているとあやめとうみか様もやって来た。


「相手が悪すぎただけだ。りずとまともにやり合える奴なんざ佐武頼でもそういねーよ」

「四年で筆頭は伊達じゃないってわかったでしょ?」

「はいっ。あんな子までいるなんて、タカマは本当にすごい所です」

「あら?井の中の蛙にも、大海を知る能はあるみたいね」

「はっ…えっ?」


 背後から聞こえた全く聞き覚えのない声。恐る恐る振り返った先には


「はぁい。よくも私のかわいいりずちゃんをいじめてくれたわね」

「きゃああああっっ!?!?」


 所々に黒が混じった赤髪の女の子がすぐ後ろにいた。


「い、いじめる!?誤解ですっ!私は指一本触れられなかったというか、むしろ私の方がいじめられたと言いますか…」

「…」


 私が必死に弁解しているとおはぎを食べていたりずがこっちにやって来た。


 あれだけ食べたのにまだ食べるの!?


「…」

「可哀想に…。こんなに泣いて震えちゃって…」

「表情変わってないんですが!?」

「あちゃー。これは試合だねー」

「うみか様!?」

「乙女の涙の代償、高くつきましてよ」

「これより、閑戸しょうこと詣美いたみなつみの試合を開始します」

「誤解なんですぅーーっっ!!!」


 私の意志を無視してあれよあれよと進んでいく状況におろおろするしかできない私。


 このままじゃ会ったこともない人と試合することになっちゃうーーっ!!


「ふふっ、冗談よ」


 口元に指を添えてクスクスと笑う女の子。ただからかわれていたと気付いた途端に体から力が抜けて縁側に座り込む。


「よ、よかったぁ…」

「うみか様。悪ノリしすぎですよ」

「なっはっは!めんごめんごー」


 制服は佐武頼のもの。りずちゃんと呼んでいたってことはりずの知り合い?


「なつみちゃんも久しぶりー!」

「おひさー。心努に来るなんていつ以来かしら…?長閑で癒されるわぁ」


 目を閉じ、縁側に吹き込む風を気持ち良さそうに浴びる赤髪の女の子。


「この方もお知り合いですか?」

「うんっ。この子は…」


 ふみえ様が言いかけたところで女の子がそれを手で制す。


 そして見惚れるほど綺麗な姿勢で床に座り、丁寧なお辞儀を見せた。


「お初にお目にかかります。私は詣美なつみ。佐武頼の二位にして筆頭補佐に御座います」

「どうも。閑戸しょうこです」


 つられてこちらもお辞儀を返す。


 この二人が会議の時にいなかったゆえ様よりも強い人達…!


「りずちゃん。学園長先生からの伝言よ」


 なつみ様はそう言ってりずの耳元に顔を近づけてなにやら耳打ちする。それを聞くりずの表情は全く変わらないものの、聴き終えた際には力強く頷いていた。


「お話はさっき聞いてきたわ。私達がいない間に大変なことになっていたみたいね」

「そうそう!おかげでこっちはてんやわんや!」

「でも、りずちゃん達が帰ってきてくれたんなら百人力だよ!頼りにしてるよ」

「…」


 ふみえ様の言葉にりずは両手を上げて力こぶを見せるような仕草をする。


 あんな細腕のどこにあれだけの力が…


「あんなに強い子達がいたらすごく心強いわね…」


 筆頭補佐はともかく筆頭の力はさっき嫌と言うほどわかった。


 正直、あの子一人で巨大化した土蜘蛛すら倒せるんじゃないかって思うくらい強かった。


 そんな子が味方だなんてすごく安心…


「ごめんなさい。実は先約があってまたすぐ出なきゃいけないの」

「はぁっ!?タカマの危機なん…です、よ?」

「それよりも大事な先約なんて…あっ」


 何かに思い至ったうみか様が複雑そうな顔で頭を掻く。


「えぇ。そういうことです」

「はぁっ。人気者は大変ねぇ」

「威武を魅せるのも筆頭のお仕事ですから。ねっ?りずちゃん」

「…」


 よく分からないけど二人の助力は借りれないらしい。やっぱり、そううまくいかないか。


「…?」


 なんの気なしにふみえ様に視線を移すとさっきのように表情に暗い影が降りていた。


 ふみえ様、また元気がなくなってる…。りず達の力が借りられないのが不安なのかな?


「あぁ、そうそう。ねぇふみえちゃん」

「…っ!な、なぁに?」



「久しぶりに祈祷、やってもらえないかしら?」




祝(はふり)の御子 伍


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087747413250

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