祝(はふり)の御子 弐

「っっ!!」


 ふみえ様がはっと息を呑む。確かに、それは聞き捨てならないことだ。


「学園長。一つよろしいでしょうか?」

「何か?」

「それは、ふみえ様にも起きえることなんですか?」

「ご安心を。おつなぎした者以外には起きません」


 その言葉にほっと胸を撫で下ろす。


 ふみえ様に何も起きないというなら問題はない。


「それから、には気をつけなさい」

「…鳥?」

「何を授けられても決して受け取ってはなりません。いいですね?」

「はぁっ」


 話はそこで終わり、私達はすっきりしないものを抱えたまま学園長室を後にした。





「…」


 心努に戻るべく金比羅歯の背に乗って校街を練り歩いている間、ふみえ様は一言も喋らなかった。


 悲しそうに目を伏せる姿はとても物悲しく、見てる私まで気持ちが沈んでくる。


 ふみえ様は優しい御方。


 きっと自分のせいで誰かが傷つくかもしれないことに心を痛めているんだろう。


「…」


 あなたを悲しませているものが敵なら斬ればいい、自信が持てず足踏みするあなた自身なら信じて手を取ればいい。


 でも、はどうすればいい?


「止まって」


 ふみえ様が金比羅歯を止める。私もあやめに教わった方法を思い出しながら苹果を止めた。


「ちょっと来て」

「はいっ」


 気がつけばそこは昨日金比羅歯を留めた馬留めの近く。ふみえ様は最初からここに向かっていたらしい。


 そこに苹果達を留め、ふみえ様の先導に従ってやって来たのは人気のない路地裏。


 こんなところで何をするんだろう?


 そう思いながら成り行きを見守っていると、私と向き合ったふみえ様が勢いよく頭を下げた。


「本当にごめんなさい!!」

「…はいっ?」

「知らなかったとはいえ、わたしの軽率な行動があなたに重い枷を嵌めてしまいました。謝っても許されることじゃないのは分かってる。でも、もし契を交わしたことを恨んでいるのならその憎しみは全部わたしに向けて欲しい。これは全部わたしの意志でやったこと。どうか…どうか他のみんなのことはお許しを」


 頭を下げ、涙ながらに私に懇願するふみえ様。


 正直他の皆どころかふみえ様にさえ怒りも憎しみもない。


 むしろ許して欲しいのはこっちの方だ。


 姉様が愛したふみえ様を泣かせてしまったんだから。


「ふっ、ふみえ様!?どうか表を上げて下さい!私は何一つ恨んでなんていませんから!!」

「えっ?」

「契を交わしたのがあなたの意志なら、それを受け入れたのは私の意志。ふみえ様一人が責を負うことではありません」

「私のせいで契に縛られたのに?力を使い続けたら取り返しがつかないことになるんだよ?」

「そうしなければ心努もふみえ様も守れませんでした。あなたと契を交わしたことに、一片の後悔もありません」


 あの時契を交わさなければ土蜘蛛には勝てなかった。


 あれがなければ私達は巨大化したあいつに殺され、美しい心努の寮地が蹂躙されていたかもしれない。


 それを思えばすぐにどうこうならない今の方が遥かにましだ。


 それに…


「使えば取り返しのつかないことになるのなら、使わなければいいだけです」

「それはそうだけど…またあんなのが出るかもだよ?」

「そのために、今よりももっと強くなります。それで駄目ならタカマの皆を頼ります。ここにはすごい人がたくさんいますから」


 私達を本気で心配してくれた学園長やタカマを守るために難しいことを考えられる教員や筆頭の皆さん。


 タカマには私の想像が及ばないような類稀な才能や力を持った人がたくさんいる。


 そんな人達が力を貸してくれるなら百人力だ。


「もし、それができなかったら…?前だってわたし達だけでなんとかしなきゃ駄目だったでしょ?」

「その時は…」



「ふみえ様を抱えて逃げます!!」


 私としては現実的な提案をしたつもりだ。


 誰にも頼れない状況で土蜘蛛やそれを凌ぐような強敵に出くわしたらそれ以外生き延びる道はない。


 最悪の場合私が盾になればふみえ様だけは助かるだろう。


 だから、私としては真面目に言ったつもりだ。けど…


「ふっ、ふふっ…!あははははっっ!!!」


 何故か笑われてしまった。


「ちょっ、しょうこちゃん…!それ、自信満々に言うことじゃないよ…!」


 お腹を抱え、肩を震わせて笑うふみえ様。


 何が面白かったのか全然分からないけど、ふみえ様が笑ってくれたならいいかな。


「でも、そうだね…。どうしようもなかったら逃げるしかないよね」

「はいっ。それなら力を使わずに済みます」


 さっきまでの沈んだ表情はどこへやら。


 見慣れ始めてきたふみえ様が戻ってきてほっと胸を撫で下ろす。


「ねぇ、しょうこちゃん」


 朗らかに微笑んでいたふみえ様の顔つきが神妙なものになる。


 それにただならぬものを感じた私は背筋を正して言葉を待つ。


「もしわたしが…」

「…っ?」


 ふみえ様が大事な話をしているのだからよそ見は厳禁。


 それは分かっているけど、私の意識はふみえ様の背後で動いた真っ白な何かに向いた。


 それがここを通りかかった人というだけなら気にしなかっただろう。


 でも、それは真上からふみえ様のすぐ後ろに降ってきた。


 通路を使わず壁伝いに背後を取れる存在なんて人間でもそういない。


「っっ!ふみえ様っ!!」

「えっ?きゃあっ!?」


 ふみえ様の肩を掴み、後ろに下がらせる。


 そして刀の柄に手をかけ降ってきた相手を…


「…?いない?」


 睨みつけたその空間には何もなく、裏路地の通路が広がっているだけだった。


 見間違い?それはない!だって白いものが降ってくるのをこの目で…


「きゃあーーーっっ!!」


 異常事態の連続で混乱してきた頭を現実に引き戻したのは背後に下がらせたふみえ様の悲鳴だった。


「しまっ…!!」


 後悔も羞恥も飲み込み、今に対処するために振り返る。そこには…




祝(はふり)の御子 参



https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087627775349

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