第三講 祝(はふり)の御子

祝(はふり)の御子 壱

「ごめん!しょうこちゃん!!」


 あやめに学校や畑を案内してもらい、新しい部屋に移るために荷物を取りに寄合所に戻った私。


 そこにやって来たふみえ様から聞かされたのは私の荷物が山に住む猿に荒らされたというとんでもない話だった。


「気づいた時にはもう荒らされてて…」

「…っっ!!」

「しょうこちゃん!?」


 いても立ってもいられず寄合所の客間に入る。


 着物はふみえ様が直して下さったのか、自分で畳んだ時より綺麗に収まっている。


 後でお礼言わなきゃ。


「お願い!あって…!」


 畳まれた着物を乱さないよう風呂敷の中を掻き分ける。


 そしてついに、目当てのものが見つかった。


「…っ!よかったぁ…!」


 白い布で包まれた鳥の髪飾り。


 ふみえ様に渡すようにと姉様から託された形見。


「どうだった?」

「うひゃあっ!?」


 突然顔を出したふみえ様に驚き、咄嗟に髪飾りを着物の中に押し込む。


「いえっ。大丈夫でした」

「よかったぁ。何か大事なものがあったの?」

「はいっ。とても大事なものです」


 見つかったと聞いてまるで自分のことのように喜ぶふみえ様。


 この人がこんな風に笑えるのは何も知らないからだ。


 姉様がタカマを去った理由も、姉様が殺されたことも全部…。


 私は亡き姉様に代わってふみえ様とふみえ様が愛するものを守ると決めた。


 この人が笑って暮らせる時間を守り抜くと。


 それなら…



 髪飾りを渡すことは、本当にふみえ様のためになるのかな?



「…?どうかした?」

「…っ!い、いえ。なんで…」


 言いかけた言葉が喉元で止まる。それを止めたのはふみえ様の背後に浮かぶもの。


 昨日見た学園長の剛連だ。


「あっ、あの…。後ろ…」

「んー?…ひゃあぁぁっ!?!?」


 剛連に気づいたふみえ様も驚いて大きく尻もちをつく。


「おはようございます」

「おっ、おはようございます…」

「驚かせてしまってすみません。本日は二人にお聞きしたいことがあって遣いを出しました」

「聞きたいこと、ですか?」

「朝早くで申し訳ないのですが、学園長室までご足労願えますか?」




「貴女達が交わした契についてお話があります」







「なるほど。そのような経緯が…」


 学園長室に赴いて契りの経緯や方法を話す。


 それを無言で聞いていた学園長は聞き終わったところで質問をしてきた。


「そのやり方は誰に教わったのですか?」

「やちよ様です。元気になってタカマに戻ったら契を交わそうとこの方法を教えて下さいました」

「…」


 そっか。


 あんなに淀みなく契を交わせたのは姉様と約束してたからだったんだ。


 その時を待ち侘びるふみえ様のことを思うと胸が詰まって息が苦しくなる。


「雪津(せっつ)やちよさんが…」


 姉様ってそんな名前だったんだ。


「その契のやり方を誰かに教えましたか?」

「いえ。しょうこさんにしか教えていません」

「そうですか…」


 そこで学園長が言葉を切り、重苦しい沈黙が流れる。


 妖怪退治の経緯は会議の時に話したし、契を交わした力で妖怪を倒したことも話したはず。


 どうしてまた同じことを聞くんだろう?


 そんなことを考えていると学園長が口を開き、低く唸るような声で言った。


「今後、この契について詮索することも他言することも禁じます。誰に何を聞かれようと話してはなりません」

「…?何故でしょうか?」

「降って湧いた不相応な力は均衡の崩壊を招く。実際に戦った貴女なら分かるはずです」


 学園長が言わんとしていることはわかる。


 ふみえ様の巫力を分け与えられた私は普段の私が出せる以上の力を発揮して土蜘蛛を倒した。


 他の人達がやっても同じようなことが起きるなら、妖怪に怯える生徒達がこぞって契を交わすだろう。


 もしそうなれば力の均衡が崩れて今のタカマが不安定になってしまうかもしれない。


 学園長はそれを言いたいのかも。


「おつなぎしたのは貴女でしたね?」

「おつなぎ?」

「体に血の縄が入ったでしょう?」

「はいっ」

「その後、体に異常はありませんか?」


 異常…。


 土蜘蛛を倒したすぐ後にすごく体が重くなったけど、あれは自分のじゃない力を使い続けた反動だと思うから異常とは言いづらい。


 それ以外は特にない、かな?


「いえ。特には…」

「それは何より」


 そう言ったところで御簾の向こうから鈴の音が鳴り響く。


 すると、入学手続きの時と同じように何かが置かれた盆を持った剛連が入ってきた。


 剛連は私の前で止まり、盆を私へと差し出す。


 そこには翠と黒の勾玉が上下で重なり合ったような形の首飾りが置かれていた。


「それを貴女に預けます。肌身離さず持っていて下さい」

「これは…?」

「それは契りの力を使った際の負担を軽減するお守りです。完全に消えるわけではないので極力使わぬように」

「ありがとうございます」


 紐を結い、首飾りを首にかける。


 飾り物なんてあんまりつけたことがないからなんだか新鮮。


「話は以上です。繰言になりますが、その力は極力使わぬように」

「…使い続けたら、しょうこさんはどうなるんですか?」


 これまで沈黙を貫いていたふみえ様が口を開く。


 声は震えて掠れ、目は大きく見開かれている。心なしか体も震えていて見ているだけでも痛ましい。




。とだけ言っておきましょう」



祝(はふり)の御子 弐


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087627705102

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