不帰(かえらず)の少女達 肆

「せいっ!ふっ!たぁっ!!」

「ゴォッ!!ガベッ!?」


 さっきと同じように妖怪に斬撃を叩き込む。


 向こうも時間が経って冷静さを取り戻してきたのか、攻撃の合間を縫って反撃してくる。


「動きは速い、膂力もある。…でもっ!」


 練がまるで足りない!これじゃ獣と変わらない!


 伸ばされた貫き手を鎬でいなし、胴を袈裟に斬り下げる。


『ガゥッ!!』


 これも神鎧で軽減されてしまったけど、向こうの巫力も弱まってきているらしい。


 刀は妖怪の皮一枚を切り裂き、どす黒い血が噴き出した。


「あの太刀筋!やちよ様の…!」


 背後からふみえ様の声がする。


 何を言ってるか聞き取れなかったけど、いつまでもここにいるのは危険だ。


「早く逃げて下さい!」

「…」


 ふみえさんは動かずじっと私を見つめている。


 まだ立てないんだろうか?


『 ザベブザァッッ!!』


 妖怪が大きく体を仰け反らせて真上を向き、口から白い何かを吐き出す。


 咄嗟に距離を取るとついさっきまで私がいたところに真っ白な糸が落ちてきた。


「もしかして、蜘蛛…?」


 細身の体に毒々しい色合い、そしてこの糸…。


 とりあえずこいつのことは土蜘蛛って呼ぼう。


 土蜘蛛が吐いた糸は自分自身に纏わりつき、瞬く間に十五尺(約5m)はありそうな巨大な白い繭のようなものが出来上がった。


「しょうこちゃん」


 その様を警戒しながら観察していると、ふみえさんが私に手招きしているのが見えた。


 即座にその前に立ち、振り返らずに話しかける。


「なんでしょうか?」

「繭の中からすごい巫力を感じる。このままじゃ危ないかも…」


 ふみえさんの言う通り、さっきまでの土蜘蛛とは比べ物にならないほどの巫力があの繭から滲み出ている。


「ひょっとすると、あの繭くらい大きくなっているのかもしれませんね」

「えぇっ!?そんなことになったら畑が…!!」


 もし土蜘蛛が巨大化して暴れたら周りの田畑が無事じゃ済まない。


 そうなったらここまで大切に育ててきた心努の人達の努力が水の泡だ。


「応援を待っている暇はなさそうですね」

「うん。…ねぇ、しょうこちゃん」

「はいっ」

「今後の学家生活と引き換えにあれを倒せるかもしれないって言われたら…どうする?」

「…はいっ?」


 思わず肩越しに振り返る。学家生活と引き換えなんて穏やかじゃない話だ。


「どういうことでしょうか?」

「宇成の契って覚えてる?」

「はい。先程話していたものですよね?」

「うん。簡単に言うと疑似姉妹契約。思い合った先輩と後輩が擬似姉妹になってお互いを支えていくって制度なの」


 あぁそうだ。思い出した。 確か姉様もそう言っていた。


 でも…


「失礼ですが、それとあれを倒すのになんの関係が?」

「確かに、宇成の契自体はただの姉妹契約だよ。でも、やちよ様が言ってたの。互いを守護神とすることでお互いの巫力を高め分け合う契り方があるって」


 学園の制度にそんな力が!?


「自慢じゃないけど、巫力にはちょっと自信があるの。わたしの巫力としょうこちゃんの力があれば、あれを倒せるかもしれない」

「…」

「でも、そうするとわたし達は宇成の契を交わした姉妹になる。しょうこちゃんにもいつかは心に決める人が現れるかもだし、嫌なら無理しなくても…」

「それは私の台詞です」


 ふみえさんと疑似姉妹になる?学家生活の大半をこの人の傍で過ごせる?


 そんなの…こっちからお願いしたい!


 でも、それは私の都合。


 ふみえさんにだって心に決めた人がいるかもしれないし、筆頭の義務から来る契ならなおさらふみえさんのためにならない。


「あなたこそ、今日会ったばかりの人間を妹にする気ですか?」


 そんなことを言われると思っていなかったのか、ふみえさんはしばし面食らった顔で固まる。


 でも、すぐに屈託のない笑顔で頷いた。


「うんっ」

「えっ?」

「だって、今日会ったばかりのわたし達を助けてくれた人だもん。そんな子が妹だったらきっと毎日楽しいし、あなたのこと…もっともっと知りたいから!」

「…っ!!」


 生まれも育ちも違う、今日会ったばかりの優しくて暖かい人。


 なのにどうしてだろう?


 その笑みに、その内に、ひどく懐かしいものを見たような気がした。


「何をすればいいんですか?」

「えっ?」


 ふみえさんが心に決めたなら、もう考える時間すら惜しい。


 刀を納め、姉になる人に頭を下げる。


「不束者ですが、どうかよろしくお願いします。ふみえさん」

「ふみえ様」

「…?」

「タカマでは先輩を様付けで呼ぶんだよ」

「…っ!はいっ!ふみえ様!」


 ふみえさん、改めふみえ様は満足そうに微笑むと自分の刀を抜く。


 刃紋がなく、柄に手を守るための防具のようなものがついた奇妙な刀を左手に持ち、その刃で自分の右掌を浅く裂いた。


「っ!?何を…」


 驚く私の左手をじっと見るふみえ様。


「いきなりで悪いんだけど、しょうこちゃんも左手を…」

「はいっ!」


 言い終わるより早くふみえ様の刀をお借りし、左掌を浅く切る。


 皮膚が裂け、鮮血が赤い糸のように滴り落ちた。


「はやっ!?怖くないの!?」

「…ありません」


 あの日の悲しみをもう一度味わうこと以上の恐怖なんてない。


 このくらいでふみえ様や心努を守れるなら安すぎる。


「次はどうするんですか?」

「指を絡めるように手を握って」

「はいっ」


 差し出された右手に指を絡め、手を繋ぎ合って並び立つ。


「いくよ…」



 此は姉なる者 宇成の片翼にして一糸を紡ぐ者


 其は妹なる者 宇成の片枝にして二糸を結わう者


 我ら安穏を生き 大病を踏み越え 御魂の在らん限り三布を織り成す者


 契を此処に おつなぎせん



 凛とした声で淀みなく何かを読み上げるふみえ様。


 きっとこれが宇成の契なんだろう。


「しょうこちゃんがおつなぎせんって言えばちぎ…」

「おつなぎせん!」

「だから早いって!」


 言われた通りに宣言してみたけど特に何も起こらない。


「次はどうすれば…」


 言いかけた言葉が止まる。


 頬を紅潮させたふみえ様が落ち着きなさそうに体を揺らしていたからだ。


 どこか具合が…?


 心配になって声をかけようとしたところでふみえ様が何かを決心したように頷いた。


「しょうこちゃん…。ごめんね!」


 ふみえ様が繋いだ手を離し、両手を私の頬に添える。


「…?」


 何をする気だろう?


 そう思っているうちに目を閉じたふみえ様の顔がどんどん近づいてきて…


「っっ!?!?」


 唇と唇が重なり合った。



不帰(かえらず)の少女達 伍


https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087094170889

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