不帰(かえらず)の少女達 参
『ゴオオオオオッッッ!?!?』
苹果の直撃を受けて吹き飛ぶ妖怪のようなもの。
「…っっ!?」
その姿を視界に納めた瞬間、私の体が硬直する。
人の形をした異形の妖怪。
その特徴を持ったそれを私は見たことがある。
こいつらは姉様の…
「うみか様!!」
ふみえさんの言葉でハッと我に返る。
ふみえさんは苹果から降り、うみかと呼んだ眼鏡をかけた黒髪の女の子に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「全然。それより、なんで来たわけ?筆頭が出てきちゃ駄目でしょう」
「筆頭だからです…よっ!!」
ふみえさんが袴の小物入れから何かを出す。
それは輪っかのようなものと折り畳まれた持ち手がくっついた箱のようなものだった。
持ち手を展開し、その箱を触ると箱から短い筒のようなものが伸びる。
そしてふみえさんがその筒の先端を立ち上がろうとしている妖怪に向け、輪っかに引っ掛けた人差し指に力を込めた。
『ガォッ!!』
筒の先端から撃ち出された光の玉が妖怪を襲う。
これは効いたらしく、妖怪は再び地面に倒れ伏した。
あんなに小さいのは見たことがないけど、あれってもしかして…
「鉄砲?」
「そこまでよ!!」
ふみえさんが拳に納まるくらいの鉄砲を突きつけながら妖怪に布告する。
「もうすぐ警備の剛連と佐武頼の人達が来るわ!生きていたいなら今すぐ出ていきなさい!!」
朗らかで優しかったふみえさんから一転。勇ましく毅然とした姿に思わず目を奪われる。
「かっこいい…」
切迫した状況なのについそんなことを思ってしまった。
「うみか様。立てますか?」
「なんとかね…」
「じゃあ苹果に乗って下さい」
「えっ?でも、あの子はやちよしか…」
「荷物なら大丈夫です!」
「荷物かい!」
うみかさん?は覚束ない足取りで苹果に乗り込む。
苹果も状況がわかっているのか嫌がる素振りは見せなかった。
「…えっと、君誰?」
「編入生です。詳しい話は後ほど…」
加勢するべく苹果から降りようとするとふみえさんがそれを手で制した。
「しょうこちゃん!うみか様を連れて逃げて!」
「はいぃっ!?ふみえさんはどうするんですか!?」
「うみか様を引き継ぐ!筆頭が逃げたらやちよ様に怒られちゃうからね」
「ひ、筆頭!?」
筆頭。
それは学家を取りまとめる学家の代表だと姉様が言っていた。
この人が心努の筆頭…
『ジベガバ!!』
大声が田園に鳴り響く。
見るとさっきまで全く動かなかった方の妖怪がよろよろとした足取りでふみえさんに近づこうとしていた。
『プヅゴドズギデ…!』
「えっ?」
『ラダグギデグ!バモウジドガギバグ!!』
ふみえさんが危ない!
「苹果!!その人と一緒に逃げて!」
「キュルッ!」
「ちょっ!?」
うみかさんが何かを言う前に走り出す苹果。
これで私達以外誰もいなくなった。
ついでに退路も断たれてしまった。
「ふみえさんから離れろ!!」
ふみえさんに近づく妖怪との間に割って入る。
腕に羽がついてて耳が長い、蝙蝠のような妖怪は私にたじろいだのか動きを止めた。
「逃げてって言ったでしょ!?」
「ふみえさん!刀を貸して下さい!」
「えっ?でも…」
「ご安心を。ある程度は鍛えてますから」
そうは言ったものの本当にやれるかわからない。
こればかりは私の体次第だろう。
「…」
ふみえさんは腰に差した刀の一振りを抜き、まじないをかけるかのように目を閉じて柄に額を当てる。
「はいっ」
「ありがとうございます。…えっ?」
手渡された刀の柄を握り、違和感を覚えた。
握りが合いすぎている。
調整されていない他人の刀が信じられないくらい手に馴染む。
鞘を含めた重さも刃渡りも私が扱うのに適しすぎている。
そんなこと、持ち主が同じ流派を修めた同性でもない限りまずありえない。
「これって…」
『 ヅゴダ!!』
好戦的な妖怪が駿足を駆ってふみえさんに迫る。
「させないっ!!」
振り下ろされた腕がふみえさんを害するより早く前に立つ。
だが、その更に先でそれを受け止める者がいた。
『ザジリグブ!!』
「っっ!?」
蝙蝠の妖怪だ。
『バモウ!グバヂブダ!?』
仲間割れ?だとしたら好機!!
「ふみえさん!」
「あっ!当たれぇっ!!」
私の思惑に気付いたふみえさんが揉み合う二匹の妖怪目掛けて鉄砲を発射する。
『ガべっ!!』
数発は好戦的な方の妖怪に当たって体勢を崩す。
しかし、蝙蝠の妖怪は弾が着弾するよりも早く両腕の羽を広げて空へと飛び上がった。
『グッ!ドグダドズジデ…』
『バデッ!』
多分待てって言ったんだろう。
蝙蝠の妖怪は手を伸ばして制止しようとする妖怪の声を振り切り飛び去っていった。
よく分からないけど、あの妖怪は戦う気がなかったらしい。
残るは後一匹。
「…」
息を整え、柄に手をかける。
こいつはふみえ様の大切な場所を荒らした、大切な人を殺そうとした。
こいつだけは…絶対に許さない!!
"…ま!姉様!!"
こいつらは姉様の仇!人間を襲う悪鬼!!
"これを、タカマのふみえに…"
怒りを燃やせ!憎しみを研ぎ澄ませ!!こいつらは人間の敵だ!生きてちゃいけない存在なんだ!!
"ごめんね…"
妖怪を斬れ!仇を討て!それが雪平に生まれた私のし
"ふみえ…!!"
「うぷっ!?」
込み上げる熱が喉を競り上がり、焼けるような恐怖が口をついて流れ出る。
「うおぇっ!がはっ!!」
「しょうこちゃんっ!?」
視界が滲む、手足が震える、持ち慣れたはずの刀が酷く重く感じる。
「はぁっ、はぁっ…」
「どうしたの!?大丈夫!?」
霞む意識の中、ふみえさんの心配そうな声が聞こえてくる。
まただ!また動けない…!
あの日からずっとそう!
妖怪と対峙すると脳裏にこびりついたあの惨劇が蘇る。
何も出来なかった無力な自分、血溜まりに伏した姉様、託された最期の願い。
いくら鍛錬を積んでも、怒りと憎しみを募らせても、妖怪を前にしたら震えが止まらなくなる。
そのせいで父上達に疎まれて、追い出されて…!
それでも私は変われない!また、守れない…!!
『ドデッ!』
「がぁっ!」
「しょうこちゃん!!」
咄嗟に構えた腕に痛みと衝撃が走り、私の体が無様に地面に転がる。
妖怪に殴り飛ばされたんだ。
「ぐっ!うぅっ…」
受身も取れずに転がったものだから内側から裂けるような痛みに全身が支配される。
『 ズガバザボゾダ』
妖怪は痛みに悶えながら立ち上がろうとする私に鼻を鳴らす。
多分嘲笑っているんだろう。
「…っ!来ないで!!」
ふみえさんが鉄砲を突きつける。
けど、妖怪はその銃口を掴んで逸らし、ふみえさんの細い首を掴んだ。
「ふみえさんっっ!!!」
妖怪はふみえさんを片手で軽々と持ち上げ天高く掲げる。
逃れようともがいていたふみえさんの体から少しずつ力が抜け、ついに手足が垂れ下がった。
「はぁっ、かはっ…!」
『ザダバリグデダ グバヂビバゾ』
妖怪は空いた手を貫き手の形にしてふみえさんの胸に向ける。
そして…
「ギゼッ!!」
「やめろぉーーーっっ!!!」
正直、自分のどこにそんな力があったのかわからない。
気がつくと私は抜刀して立ち上がり、ふみえさんに当たらない角度で妖怪の胴を刀で突き刺していた。
『グガッ!?』
どす黒い無臭の液体が私の体と着物を濡らす。これがこいつの血なんだろう。
その拍子にふみえさんから手が離れる。
「はぁっ!!」
刀を引き抜くと同時に上体を逸らし、渾身の横蹴りを打ち込んで妖怪をふみえさんから引き離す。
そして間一髪、落ちる寸前でふみえさんを受け止めた。
「げほっ!ごほっ!!」
「ふみえさんっっ!!」
咳き込んではいるけど命に別状は無さそうだ。
「良かった…!!」
ふみえさんをそっと地面に置き、痛みに呻く妖怪へと突撃する。
「おおおおおおおおっっ!!!」
一合、二合と連撃を見舞う。
けど、斬撃は体に届かず、青白い火花のようなものが表皮から剥がれ落ちる。
巫力の鎧を纏う巫術、神鎧(じんがい)だ。
「妖怪が巫術を…!?」
神鎧のせいで決定打にはならなかったものの、胴体を貫かれた妖怪は苦しそうに私を睨みつける。
『ヂガバァッ!!』
殺意がふみえさんから私へと移り、肌を刺すような殺気が一身に注がれる。
それでも、今の私は震えない。
「動く、気持ち悪くない…」
なんで動けるようになったかわからない。でも、これだけは分かる。
「いける…!」
私は戦える!ふみえさんを守れる!!
「聞こし召せ…!
気を鎮め、己が巫力を立ち上げる。
天之手力雄。
怪力自慢の神の力を自らに下ろし、妖怪にも負けない身体能力を得る基礎の巫術。
これも鍛錬の一環で研鑽を積んできたから澱みなく発動できた。
「私はお前を許さない…!」
「首を洗ってかかってこい!!!」
不帰(かえらず)の少女達 肆
https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087454165080
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