少女流離譚-タカマ物語- 追放少女は彼方の学家で約束の乙女と逢う

こしこん

第一講 不帰(かえらず)の少女達 壱

 翔子!本日をもって貴様を勘当する!!どこへなりとも行くがいい!!



「…っ!」


 父だった男性の声が微睡む頭の中で反響する。


 つい先日のことだ。忘れるわけがない。


「まだみたいね…」


 かなり前に乗り込んだ籠は未だに揺れ、小窓から見える景色もゆったりと流れている。


 敷地までの移動手段がこれしかないとはいえ、籠に乗るなんて初めてだから少し落ち着かない。


 でも、落ち着かないのはそれだけが理由じゃない。


「本当に人じゃないのね」


 小窓から顔を出し、駕籠かきを見る。


 籠を運んでいるのは全身が粘土のような土で形作られた人形のようなもの。


 胴から上は人の形をしている。


 けど、下半身は蜘蛛のような六脚を忙しなく動かして前進している。


 昔、姉様が言ってたっけ?


 確か、式神の技術を応用して作った自律人形、『剛連ごうれん』だったかな?


「タカマにはこんなものがいっぱいあるのかしら?」


 私にタカマの話をしてくれた姉様の姿を思い出す。


 普段は穏やかであまり感情を出さない姉様だったけど、タカマの話をする時はとても無邪気に目を輝かせていた。


 もう戻らない、増えることのない思い出。


「…」


 景色が開け、見たこともない建物の群れが見えてきた。


 私の故郷とも一度だけ行った都とも全く違う。


 誰かの空想がそのまま形になったような不思議な建物が立ち並ぶ、まるで国のように広大な街。


 ここが私の目的地、姉様との約束の場所。


学家都市がっかとしタカマ…」




 剛連達はある建物の前で私を降ろしてくれた。


 そこはタカマの中心とも言える場所。


 この広大な都の主である学園長がいる学園長室だ。


「思ったより小さいわね」


 学園長室があるのは都の中心、ではなくその一角。


 それも小ぢんまりとした平屋だ。


 一番偉い人が一番大きな建物に住んでいるとは限らないらしい。


 戸の前で待っていると戸が開き、中から前掛けをかけた剛連が出てきた。


 今度は二本足だ。


 剛連は私に中に入るよう促すとゆっくり歩いて先導する。


 玄関には下駄箱もたたきもなく、剛連もそのまま中を歩いている。


 履物のままでいいってことかな?まるで異国みたいね。


 剛連に付いてやってきたのは平屋の奥にある学園長室と書かれた看板がかかった部屋。


「何方ですか?」


 障子の向こうから声がする。多分学園長だろう。


「本日より此方に編入した雪平翔子ゆきひらしょうこです」

「お入りなさい」

「失礼します。…っ!?」


 剛連が開けてくれた戸を抜けた先の景色に思わずぎょっとする。


 そこにあったのはまるでやんごとなき御方がおわす場のような御簾。


 その向こう側に人影のようなものが見える。この人が学園長?


「お初にお目にかかります」


 場の荘厳さに圧され思わず跪く。


「そのままで結構。畏まられるような者ではありません」


 学園長なのに!?


 立ち上がると御簾の向こうの人影の頭がわずかに動く。


「遠路はるばるよくお越し下さいました。私は矢紋やもんせいこ。タカマの学園長です」

「雪平翔子です」

「翔子さん。入学の指南書は読まれましたか?」

「はい。一通りですが…」


 合格通知と共に送られてきた入学の指南書には目を通し、姉様からもある程度話を聞いている。


「それは何より。年寄りの長話は不要ですね」


 そう言うと人影の手が動き、軽やかな鈴の音が鳴り響く。


 すると後ろの戸が開き、文机や何やらを持った剛連が現れた。


 剛連はそれを私の前に置くと部屋を出ていった。


 文机の上には紙と墨、それと赤、青、茶、緑の四色が入った判子のようなものと朱肉が置かれていた。


「これは?」

「入学の書類と学家印がっかいんです。名前の欄にひらがなで名前だけを書き、最後にその印を余白に押しなさい」

「はいっ」


 まずは書類に目を通す。


 内容は本校の一員として清く健全に学び、学友達と親交を深め高め合うことを誓うというようなものだった。


 言われた通りにひらがなで名前を書いて最後に判を押す。


「…?」


 判には何も書かれておらず、真っ赤な円だけが紙に張り付いていた。


 何これ?


 小首を傾げた、その時だった。


「っっ!?」


 突然赤い円が茶色に染まった。


 円はまるで生きているかのようその形を変えていき、たちまち家紋のような紋章へと姿を変えた。


 花と土、それに鍬のようなものが描かれた牧歌的な紋章に。


「これは…?」

「それは学家印。押した者の素質を見抜き、適した学家に導く印です。貴女は心努しんどに選ばれたようですね」

「心努…!」


 その名前は何度も聞いて知っている。


 農を重んじる学家『心努』。


 姉様が通っていた学家だ。


「名前の欄をご覧なさい」

「…?」


 視線を名前の欄に向ける。


 すると、さっきまでは名前しか書かれていなかったはずの場所に見慣れない家名が書かれていた。


「か、閑戸かんべ?」

「それは拵名そんめいです」

「そんめい?」

「我が門を叩く者、家名を捨てよ」


 その言葉には聞き覚えがあった。タカマの校則第一項だ。


「タカマにおいて本当の家名を名乗ることは校則で禁じられています。拵名はタカマでの仮の名。閑戸しょうこ。それがタカマでの貴女の名です」

「私の、新しい…」


 早く慣れようと頭の中で反芻していると、不意に学園長の微笑みが聞こえてきた。


「本来であればこのようなことをお話するべきではないのですが…」


 そう前置きをして口を開く。


「貴女のお姉様、雪平八千代ゆきひらやちよさんも心努にて研鑽に励まれていました。その妹である貴女がタカマの一員となったこと、心より祝福致します」


 やっぱりバレていたらしい。学園長なら把握してて当然か。


「ありがとうございます」

「入学手続きは以上です。入家手続き等はここを出て左に曲がった突き当たりの案内所にて行って下さい」

「はいっ」

「貴女がタカマの一員として悔いのない学家生活を送れるよう祈っています」

「ありがとうございました。それでは…」


 学園長に頭を下げて学園長室を後にする。





「確か左だったわね…」 


 外に出て道筋を確認しようと路地を見た私の目に飛び込んできたのは、都でも見たことがないような衣服を纏ったうら若き乙女達。


「あんなに脚を…!?」


 白い羽織を纏い、丈が膝上までしかない半股引はんだこのようなものを履いている女の子達が道行く人々に何かを売り歩いている。


 そのすぐ近くでは真っ白な異国の服を羽織り、その下に書生さんが着るような服を纏った女の子達が何やら熱心に話し込んでいる。


 それだけなら珍妙な格好の女の子達で終わる話。


 けど、一番異様なのはみんなが帯刀していることだ。


「帯刀が許されてるって本当なのね」


 タカマでは帯刀が許されていて生徒達はみんな思い思いの刀を携えていると姉様が言っていた。


「本当に変わったところだわ」


 慣れるまでに時間がかかりそうだ。


 そう思いながら案内所を目指そうと歩き始めたところで異変に気づく。


「っ?」


 何か大きな音がする。


「きゃあっ!?」

「あれって心努の!」


 近くで話し込んでいた女の子が心努と言ったのを聞き逃さなかった。


 音の方を見た私が目にしたもの。それは…


「キュルーーーッッ!!」


 私目掛けて突っ込んでくるだった。


「よ、妖怪…!?」


 どう見ても普通の動物じゃないそれを見てもいつもみたいに震えも吐き気も湧いてこない。


 その理由はすぐに分かった。


「キュルルッ!キュルルルゥ…!!」


 私のすぐ前で止まって大きな顔で頬ずりしてくるこの妖怪には敵意が全くないからだ。


「な、なに?」


 私に頬を擦り付けて甘えているのは馬くらいの大きさで全身が茶色い剛毛に覆われた面妖な妖怪。


 馬よりも足は短く、その指には奇妙なことに水かきがついている。


 大きな顔とその真上についた時折羽ばたくように動く小さな耳、口にはネズミのような立派な前歯が備わっている。


 そして驚くべきは口元につけられた手綱。誰かに飼われているという証だ。


「えっと…」


 よく分からないけどこれは私に懐いているらしい。


 とりあえず頬を撫でているとこの妖怪が走ってきた方向から同じ見た目の妖怪が駆け寄ってきた。


 違うのは服のようなものを着ていてその背にあたる部分に鞍のようなものがついてること、そしてその鞍に女の子が跨ってること。


「すみませーん!お怪我はありませんか!?」


 駆け寄ってきた女の子はいの一番に私の心配をしてくれた。


 けど、私に甘えるそれを見て驚いたように目を丸くする。


「えぇっ!?苹果が懐いてる!?」


 どうやらこれはりんごという名前らしい。


 丸くて黒い鼻がりんごに見えなくも…全然見えない。


「やちよ様にしか懐かなかったのに…。あっ!あのっ!大丈夫ですか!?」

「えっと、はいっ」


 妖怪から降りてきた女の子が駆け寄ってくる。


 年は私とそう変わらないくらい。


 腰ほどまである眩い金色の髪を首のあたりで馬の尾のように纏め、肥沃な大地のような茶色い瞳が心配そうに私を見つめている。


 彼女が纏う青と白を基調とした着物のような衣服には見覚えがある。


 指南書に描かれていた心努の制服だ。


 左腰に差した刀は二振り。二刀流か、はたまた予備の一振りか。


「もしかして、編入生?」

「どうして分かったんですか?」

「校街で私服着てる子は新入生か編入生しかいないからね。言いにくいんだけど、目立ってるよ」

「っっ!?」


 慌てて周囲を見ると確かにこっちに視線が集まっている。


「富久原様よ!」

「今日もお可愛いわぁ…」


 でも、注目はどちらかというと私じゃなくてこの人に集まっているらしい。


「えっと、心努の学生さん…ですよね?」

「うんっ。そうだよ」

「急で申し訳ないのですが、案内所の場所を教えてもらえないでしょうか?それと、差し支えなければ心努に案な…っっ!!」


 目を見てしっかり頼み込もうと視線を上げた際にそれが目に入る。


「あっ、えっ…?」

「っ?」


 彼女の前髪を彩る、羽ばたく鳥をあしらった髪飾り。


 それが何かをわかってしまった瞬間、視界が赤い靄に覆われる。


 無慈悲に流れ出る命のチ


 その中心に倒れ伏す最愛の人


 その手から託された血に塗れた鳥


 今際の際の言葉を、私は生涯忘れることはないだろう。



 これを、タカマの…



「ふみえ…」

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