不帰(かえらず)の少女達 弐
「えっ?…えぇっ!?」
「っっ!?」
突然の大声にはっと我に返る。
思った以上に呆けてしまっていたらしい。
いつの間にか近づいてきていた女の子は信じられないものを見たような目で私を見ていた。
「なんでわたしの名前知ってるの!?…外で会ったことある?」
やっぱり、この人がふみえ…!
「えっと、先ほど名前を呼んでいた方がいたので…」
「そっかぁ。びっくりしたぁ…」
咄嗟に嘘をついたけど、ふみえさんは気づいていないようだ。
この人は多分何も知らない。知っていればこんな風に笑えないはずだから。
姉様には悪いけどあれは渡せない。
ふみえさんにだけは絶対に知られちゃいけなくなった。
「私はしょうこ。ゆ…閑戸しょうこと申します」
「わたしは
「はいっ」
「案内所と心努、だったね?…あれっ?ってことは…」
「はいっ。本日より心努に入家することになりました」
そう告げるとふみえさんの瞳が少しずつ輝きで満たされていく。
大輪の笑顔とはまさにこんな顔のことを言うんだろう。
長らく人の笑顔なんて見ていないから久しく忘れていた。
人が笑うとこんなにも胸の内が暖かくなるんだって。
「やったぁっ!!新しい仲間だぁっ!」
「ちょっ!きゃあっ!」
感極まったふみえさんが両手を広げて私に抱きついてくる。
暖かい…。とってもいい匂いがする…
土とお日様の匂いが混ざり合ったような、どこか故郷に似た懐かしさがある香り。
背、ふみえさんの方がちょっと高いのね…
「あっ!ごめんごめん!つい嬉しくって」
今の状況に気付いたのかふみえさんが私を離す。
「いえっ。喜んでもらえてなによりです」
「よかったぁっ!…おっと!案内するから付いてきて!」
ふみえさんが二頭の妖怪の口元についた手綱を片手で引いて歩かせようとする。
そして、半身だけ振り返り私に空いた手を差し出してきた。
「タカマへようこそ。改めて、これからよろしくねっ」
「…はいっ。よろしくお願いします」
取ったその手はとても暖かく、見た目よりも大きく感じた。
案内所で学家証の交付や制服の発注を済ませ、ふみえさん達と向かったのはふみえさんが校街と呼んでいた場所の西端にある洞窟のような穴。
穴の横には心努と書かれた看板が掛かっており、ここが心努の入り口だと察せられる。
「ここに入るんですか?」
「怖い?」
「いえ、そういうわけでは…」
「あははっ!冗談冗談!ここを抜けたらすぐだよ」
妖怪に跨って先導するふみえさんに従って穴の中に入って行く。
…私を乗せた苹果が。
「でも、不思議だよねぇ~」
「…?」
「その子、荷物は持ってくれるんだけどやちよ様以外は絶対乗せてくれなかったの」
やちよ様。
その名前が出た瞬間、心臓が握り潰されたような圧迫感に襲われた。
顔を伏せて表情を見られないようにする。
多分、今すごい顔してると思うから。
「やちよ様?」
「わたしの一個上の先輩。今は病気で休学中なの」
「そ、そうなんですか…」
努めて冷静に返事をする。
ふみえさんが前を向いたまま話しているおかげで表情の変化には気付かれていないようだ。
「この妖怪、とっても大人しいですね。こんなの見たことありません」
多少強引に話を逸らす。これ以上姉様の話題は耐えられない。
「でしょー!こぴちゃんは心努の宝だよ」
「こぴ…?」
「
「人を襲ったりしないんですか?」
そう言うとふみえさんの笑い声が洞窟内に木霊した。
「ないないっ!野菜とか果物しか食べないから平気だよ」
言われてみれば、さっき校街にいた生徒達も街中を堂々と歩き回る金比羅歯を見ても怖がらなかった。
彼女達にとっては見慣れたかわいい隣人、くらいのものなんだろうか?
「もうすぐだよ!」
その声に前を見ると洞窟の向こうに明りが見えた。
「…!!」
洞窟を抜けた先は…広大な農村でした。
「ここが、心努…」
視界いっぱいに広がる田畑や森に出迎えられながら、金比羅歯の背の上で初めの一歩を踏む。
目を閉じて五感を研ぎ澄ませば土や草などの命の香りが匂い立つ。
囀る鳥の音、吹き抜ける心地よい風、どこからか聞こえる川のせせらぎ。
「懐かしい…」
「えっ?」
「私の故郷もこんなところだったんです」
「そっかぁ。やちよ様と同じだねっ」
思わぬやぶ蛇を踏んでしまった…。
表情を見られないよう目を逸らしていると畑の近くに建立された小さな神社が目に入った。
「あれは?」
「耶麻神社だよ」
「やま?聞き慣れない神社ですね」
「ヤマ様はタカマの土着神らしいからねぇ」
どうやらタカマでは重要な場所らしい。姉様はその話はしてくれなかったな。
「
「うなり?」
そう言えば、姉様がその名前を口にしていた気がする。それがどんなものだったかはちょっと思い出せない。
「…変だなぁ」
ふみえさんにあれこれと聞きながら心努を巡っているとふみえさんが神妙な面持ちで呟いた。
「どうかしましたか?」
「うん。さっきから誰にも会わないなーって。いつもなら誰かしら畑にいるはずなんだけど…」
言われてみれば妙だ。
今は昼を少し過ぎたくらい。
それくらいの時間なら野良仕事をしている人がいるはずだ。
けど、見える範囲の田畑には人影が全く見当たらない。
畑だけでなく点在している長屋にも人がいないなんていくらなんでもおかしい。
「お昼寝ってわけないよねー。…ごめんっ!ちょっと学校に寄っていい?」
「はいっ。構いま…」
言いかけたところで視界に動く何かが映る。
金比羅歯とその背に乗った茶髪の女の子だ。
「栗と…あやめちゃん!」
どうやらふみえさんの知り合いらしい。
金比羅歯はとてつもない速度で私達に駆け寄り、乗っていた女の子が金比羅歯の背の上で跳躍してふみえさんの前に降り立った。
「筆頭!今すぐ逃げんぞ!!」
「えっ?逃げ…」
「話は後だ!うみか様が時間稼いでくれてっから他の奴らにも声かけねぇと…!」
「待って待って!一旦落ち着いて。ねっ?」
「落ち着いてられっか!!みんながあぶねぇんだ!!」
あやめと呼ばれた女の子はひどく慌てた様子で逃げるよう促してくる。
それだけのことがここで起きているんだろうか?
「あやめさん、でいいんでしょうか?」
「あぁっ!?…んんっ?誰だお前?」
「何があったか話してもらえませんか?簡潔にで構いません」
私がそう言うとあやめさんは闖入者の出現で少し落ち着いたのかとても簡潔に話してくれた。
「おっかねぇ妖怪共が暴れてんだ!!」
「はぁっ、はぁっ…!」
あれからどれくらい経ったんだろ?
きりこはあの子達を逃がせたかな?あやめはちゃんと避難勧告できてるかな?
『ドゾデギドダ』
刀は折れ、
だというのに、目の前の妖怪にはまるで効いている気がしない。
「やっぱ無理か…。りずがいれば…って、いつの話よ」
無意味なたらればに思わずツッコミを入れる。
膝をつく私を見下ろしているのは人の形をした見たこともない妖怪。
全身に黒い毛が生え、顔には真っ赤な目のようなものがいくつも点在している。
その身のこなしと全身に浮かんだ毒々しい色合いはまるで蜘蛛のよう。
妖怪がゆっくりと私に近づく。
けど、それを別の誰かが遮る。
『パベボ!』
こいつと一緒に出てきた別の妖怪だ。
こっちは腕に翼が生えてたり耳が長かったりで蝙蝠のように見える。
『パダバギギ!』
蜘蛛の妖怪が蝙蝠の妖怪を振り払う。
さっきから気になっていたけど蝙蝠の妖怪は全く攻撃してこない。
それどころか蜘蛛の妖怪を止めるような素振りを見せている。
こいつら仲間じゃないの?
『グバゾグダ』
ついに蜘蛛の妖怪が私の前にやってくる。
怖い…!!
残ると決めた時に覚悟を決めたつもりだった。
でも、私を見下ろす【死】に体はガクガクと震え出す。
いやだ!死にたくない!!
死んだらもう皆に会えない!
一緒に野良仕事をしてご飯を食べて楽しかったことを話し合って…
そんな当たり前すらもなくなってしまう。
それに…
『…?』
帯から鞘を抜き、それを杖代わりに立ち上がる。
それに、私が死ねば次はきりこやあやめ、ふみえ達が狙われる。
死ぬのは嫌だけど、それはもっと嫌だ!!
「この先には行かせない。やちよと、約束…したんだから…!!」
やちよが帰ってくるまで私が皆と心努を守るって。
「私達の家をっ!家族をっ!お前らなんかにやらせないっっ!!」
『ギゼ』
なぁーんて叫んだって何も起きないよねぇ。
わかってるわかってる。
蜘蛛の妖怪が殺意を込めて腕を振り上げる。
どうやら私はここまでらしい。
「ごめん。やち…」
「そいやぁーーーっっ!!!」
言葉は最後まで続かなかった。
それを遮ったのは真横から蜘蛛の妖怪に体当りした苹果。
そして、それに乗る知らない青髪の女の子と何故かその子にしがみついてるふみえだった。
不帰(かえらず)の少女達 参
https://kakuyomu.jp/works/16818093087091573734/episodes/16818093087094006600
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