種は蒔かれた 陸

 戸惑いを多分に含んだ絶叫が寄合所に木霊する。


 皆が驚くのも当然よね。私だってまだ実感湧かないもの。


「ちょ待てよ!!そいつ編入してきたばっかだぞ!?」

「外での知り合いなんですか!?」

「二人の馴れ初めは!?」

「今度妹について語り合いましょう!」


 続々と押しかけてくる生徒達にもみくちゃにされる私達。


 見かねたうみか様が助け舟を出してくれた。


「どうどうっ。二人共今日はすっごい疲れてるからまた今度。ねっ?」


 疲れていると言われて気を遣ってくれたのか、さっきまでの熱は波のように引いていった。


「今度話して下さいね!」

「うんっ!」

「さっ!めでたいことも増えたし、仕切り直しといきましょう!と、いうわけで!閑戸しょうこさんの編入兼妖怪撃退兼ふみえの契を祝して…かんぱーい!!」

「かんぱーーーい!!」

「増やすな!原型なくなってんぞ!!」

「ふふっ、あははっ!」

「そこで笑う!?お前の歓迎会だぞ!」


 皆が心から笑う姿が楽しくて、とても心地よくて、私もつられて笑い出す。


 まだほとんどの人とは話せてないけど、皆とても気さくで明るい人だってことは分かる。


 姉様もふみえ様も、こんなに優しい人達に囲まれて毎日を楽しく笑って過ごしていたんだろう。


 これがふみえ様が愛する日常。


 私が命に替えても守る場所。


「どうしたしょうこ!湯呑み空いてるぞぉ〜。飲め飲め〜!」

「えっ!?あっ、あのっ!私、お酒はまだ…」

「それは林檎水。林檎を絞って作った飲み物だよ」

「…っ!美味しい!林檎を飲んでいるみたい!」

「しょうこちゃんこれも食べて!」

「これも!」

「えっ?あっ、ありがとうございます…」





「た、食べすぎた…!」


 宴も終わり、重くなったお腹を抱えて寄合所の客間の布団に寝転がる。


 急な編入だったから部屋の準備ができてないらしく、今日はここに泊まることになった。


「心努のご飯、どれも美味しかったな…」


 野菜やお米一つ取っても今まで食べてきたものとは比べ物にならないほど質が良く、ついつい食べすぎてしまった。


 自制しないと太っちゃうかも。


「あっ、忘れるところだったわ」


 お腹が落ち着いたところで起き上がり、さっきふみえ様にもらった物を手に取る。


 塗り薬のようなものが入った貝殻と先端に金比羅歯の毛がたっぷりと縫い付けられた小さな棒。


 心努で作っている歯磨き道具らしい。


 金比羅歯の毛は丈夫で水をよく弾くらしく、歯磨きだけじゃなくて掃除道具にも使われていて外でも評判がいいらしい。


「こんなにすごい所に馴染めるのかしら…?」


 貝殻に入っていた軟膏を毛の先につけて歯を磨く。


 歯を磨きながら考えるのは今後のこと。


 これだけ美味しい食べ物や自然の恵みを活かした道具を作れるような人達に私がついていけるんだろうか?


「うん。すっきり」


 歯磨きを終え、いざ布団に入ろうとしたところで戸の前に人の気配を感じた。


「…っ!?」


 立てかけておいた刀を掴み、柄に手をかける。


 まさかあいつらの仲間が…!?


「しょうこちゃん」


 戸の向こうから聞こえてきた優しい声に刀を置く。ふみえ様の声だ。


「はいっ、なんでしょうか?」

「入っていい?」


 こんな時間に何の用だろう?言い忘れてたことでもあるのかな?


「どうぞ」


 戸を開けると、白い寝間着姿のふみえ様が立っていた。制服姿も素敵だったけど飾らない寝間着姿もお美しい。


「何か御用でしょうか?」

「夜這いに来たの!」


 …はいっ?聞き間違いかな?


「あっ、あの…すみませんがもうい…」

「どーーんっっ!!」


 言い切る前にふみえ様が私に抱きつき、そのまま布団へと飛び込む。


「きゃあーーっっ!?」


 咄嗟に受身を取ってふみえ様を受け止める。そのおかげで怪我はしなかったものの、私はふみえ様に押し倒されてしまう。


「ふ、ふみえ様!?何を…?」

「一緒に寝よっ!」

「…はいっ?」

「妹ができたら一緒に寝てみたいって思ってたの。こんなに早く叶うなんて思わなかったよ!」

「えっと…」

「ほらっ、詰めて詰めて」


 私から降りて布団に潜り込むふみえ様。


 夜這いって、そういうことだったのね。そんなことならさっき言ってくれれば…


「…っ!」


 手が震えてる?もしかしてふみえ様…


「…」


 気付かれたことに気付いたのか、ふみえ様は真剣な眼差しでじっと見つめてきた。


 そうよね。あんなことがあったんだもの…。ふみえ様だって怖かったに決まってる。


「さぁ、寝ましょうか」

「うん。ありがとう…」


 布団から這い出て明りを消し、再び布団に戻る。


 自分じゃない誰かの温もりで暖まった布団はとっても心地よく、背中に抱きつくふみえ様の香りと拍動が直に伝わってくる。


「姉様…」


 姉様と寝ていたあの頃に戻ったようで全身が安らいでいく。迫り来る睡魔に身を任せているとふみえ様が耳元で囁いた。


「今日はありがとう」

「はいっ?」

「うみか様と心努を助けてくれてありがとう。心努の筆頭として心より感謝致します」

「こちらこそ、会ったばかりの流れ者を受け入れて下さりありがとうございます」

「どういたしまして。…契ったばかりなのに、助けられてばかりだね」

「…?」


 私がやったのは土蜘蛛を倒したことだけ。ばかりと言われるほど何かをした覚えはない。


「わたし一人じゃあの時発言なんてできなかった。わたしの意見なんかがお姉様達のお考えに匹敵するなんて思えなかったの」

「では何故…?」

「しょうこちゃんが信じてくれた気がしたから、かな?」

「っ!!」


 ふみえ様にも伝わってたんだ…!


「私は…」

「待って」


 あの時の気持ちを伝えようとした私にふみえ様が待ったをかける。


「勝手にそう思っただけだから、何も言わないで。違ったら怖いし…」

「いえ。言わせて下さい…」


 寝返りを打ってふみえ様に向き直る。


 会議の時はあんなに凛々しく堂々としていたふみえ様の目が不安げに潤んでいる。


 私より背が高いはずなのに、今は何故だか小さく見えた。


「ふみえ様が仰る通り、私はあなたのお考えを信じたいと思いました」

「っ!?」

「あなたのお考えなら私は心の底から信じることができる。だから、ふみえ様の話を聞きたいと思ったんです」

「しょうこちゃん…」


 現にふみえ様のお考えは私だけじゃなくて筆頭の皆様や学園長の御心も動かした。


 それほどの妙案を考えられる聡明な方の妹になったことに不安がないと言えば嘘になる。


 でも、それ以上に妹になれて良かったと思う自分もいる。


 その方が姉様の望みも叶えやすいし、こんな素敵な人なら守り甲斐がある。


「…あっ、あー!明日も早いからもう寝よっ!ねっ!?」

「えっ?はっ、はい」


 心なしか、月明かりに照らされたふみえ様の顔が赤く見える。


 色々あったから疲れてるのかな?


「おやすみ」

「はいっ。おやすみなさい」


 おやすみを言い合って目を閉じる。


 姉になった人の寝息と鼓動を感じながら、多くのことがあった今日という日を振り返る。


 明日はもっと色んなことがあるのかしら?


 まだ見ぬ明日に思いを馳せ、今日にお別れを告げた。







【★あとがき★】


本作は

百合と女学園と疑似姉妹ものが好き!

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